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史加
2025-12-25 15:45:40
1426文字
Public
原神(ルカキリ)
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夜もすがら、あいをうたう
ルカキリ/大切なものは独り占めしたい妖精の話
吹きすさぶ寒風が戸を叩いている。一度や二度ではなく、もうずっとだ。
立て付けの悪くなったそれが軋む音に深く穏やかな呼吸の音が重なるのを、ずいぶんちぐはぐなものだとフリンズは思う。ただ、不揃いなその音をけっして不快に感じることはない。むしろ安寧を覚えさせるそれはきっと、特別と呼んでも差しさわりのないものだろうと思う。
大きさだけは十分にある安宿のベッドの片隅で身体を起こし、フリンズは隣で無防備に眠っている男をひとり静かに眺めていた。外の物音と男の寝息、それから細くうすいフリンズの呼吸の音だけが空気をふるわせていた。
冬国の南端にあると言っても、ナド・クライは他の国と比べると気温の低い環境である。ゆえに備え付けの分厚く重たい毛布だけでは身体が冷えてしまうのではないかと心配していたが、男の寝顔を見る限り、身に染みるような寒さは感じていないようだ。そっと手を伸ばして触れた頬はあたたかく、身動ぎひとつしないのがなんだかつまらないとすら思ってしまう。少しくらいなら鼻先をつまんでやってもいいのではないかと、胸の奥で燻る悪戯心をなだめながら、フリンズはじっと男の寝顔を飽きもせずに見つめ続けていた。
青年と呼べる歳をとうに過ぎた男の寝顔など、約六、七百年にわたる生涯の中で興味を持ったことは一度もなかった。あるいは今のフリンズでも、同じくらいの年代の他の男の寝顔をまじまじと眺めていたいだなどとは思わない。このひとだからいい。そんな欲望と呼ぶべき思いが胸の奥にあって、こうして眠れない夜の時間の潰し方を定めている。
妖精は人間ほど眠りを必要としない。肉体を従えて動いている以上休息は必要だが、フリンズという妖精に関して言うと、ランプの中に入って休むほうがよっぽど効率よく力を回復させられるつくりをしている。人間を真似て眠ることは出来るけれど、自然体で過ごせる環境下にあるのなら、わざわざ人間に倣って夜に眠るよりも、休息を欲するまで好きに過ごしたい、というのが本音だ。
男と過ごす夜は長かった。長いけれど、精根尽き果てるような苛烈なものでもなかった。ひとの身体の温かさをこれでもかというくらい思い知らされてようやく訪れる静寂には、うっすらとした倦怠感こそあるものの、休息を必要とするほどの疲労感はない。だからフリンズはこうしてたびたび、ひとりで空が白み始めるまで男の安らかな寝顔を眺めている。まるでその穏やかな眠りを守る灯火にでもなった気分で、ずっと。
「
――――
」
音にはせず、唇だけをふるわせて男の名前を呼んだ。もちろん彼は目を覚まさない。無理に起こしたい訳でもないから、フリンズは音のない声で繰り返しその名を呼び、ついでと言わんばかりにいくつかの言の葉を形作る。誰にも届かず、記録されることもないそれは、何者にも譲りたくない想いであり、欲望であり、祈りであり、呪いだ。だからこの静けさにそっと溶かして、ただひとり自分だけの特別な記憶として抱えておきたかった。
「
――
、
――――
」
夜闇の満ちる部屋の中、妖精は無音の囁きを紡ぎ続ける。依代とするランプが古銭や宝石のように美しいものとして後世に残るとは思えないが、そこに自分だけにわかる歴史を残したかったから。
『お慕いしています、ファルカさん。この炎が尽きるまで、ずっと』
有限の世界で、出来うる限り長く、永く、この胸に生まれた想いを美しいままに抱えておきたかったから。
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