■ なぜすべてのAUが「共有」になるわけではないのですか?
1. はじめに
「Undertale AUから離れているなら、コミュニティ共有という考え方もあるのではないか」、
「Underswapのようなケースと同じではいけないのか」
といったご意見が届きました。
これらは一部の方のご意見ではありますが、
誤解を招きやすいテーマでもあるため、
本記事として、取り上げることにしました。
当サイトでは、日本語と英語の両方で記事を作成し、
事実を整理してお伝えすることを目的としています。
そのなかでもこの記事は、事実関係を確認したうえで、
必要な範囲に限って、私個人の考えや解釈を含めて整理します。
これは結論を押しつけるものではなく、
判断の前提となる情報を整理することを目的としています。
また、一般論の整理であり、
特定の人物や発言を指すものではありません。
本記事では、
Undertale AUにおける「共有」と表現される状態が、
どのような前提や条件のもとで使われるのかを、
順を追って見ていきます。
2. Undertale AUの『コミュニティ』とは?
ここでは、まず『コミュニティ』という言葉の意味について整理します。
ご意見を拝見した際、私自身は、
AUを管理する団体や組織のようなものが存在し、
規約や整理を行っているのだろうか、
という印象を持ちました。
しかし、調べていく中で分かってきた一般的な認識として、
Undertale AUにおける「コミュニティに提供する」という表現は、
「特定の作者の管理下に置かれず、
ファン同士の慣習や流れによって自由に扱われる状態」
を指して使われることが多いようです。
つまり、「みんなで自由に扱う状態」とは、
作者が関与しなくなったあとに、
共有・派生・発展がファンの手に委ねられていったAUを指す場合が多い、
ということになります。
そうした経緯をたどった例として、
「Underswap」が語られることの多いAUのひとつとして知られています。
3. “コミュニティに提供” の危うさ(善意でも境界を越える)
ここでは、
「コミュニティに提供する」という考え方について、
なぜ慎重に扱われる必要があるのかを、
一般論として整理します。
まず、「コミュニティに提供する」という考え方は、
「自由に使えるようにしたい」という気持ちがあってこそのもので、
決して悪意ではないと受け止めています。
むしろ 「好きだからこそ」 の願いだと思います。
ただ、その優しさと愛が、
境界を越えてしまうことがあります。
創作の場全体を広く見ても、
- 本来、まったく意図のない「象徴」として扱われてしまったり
- 誰が責任を持つのか分からなくなったり
- 商業利用や悪用が止められなくなる
といった例が見受けられました。
もちろん、これらは世界的に注目を集めた事例であり、
今回の話題とは、性質や経緯の異なるものです。
しかし、場合によっては
「共有資産にすべき」という提案が良かれと思った行動でも、
作者の意向を上書きしてしまう危険を含んでいます。
そして一番大切な点は、
創作物を「共有にする/提供する」権限は、
作者様ご本人にしかない ということです。
4. なぜ今回は「コミュニティに提供しない」という判断になったのか
ここで整理しておきたいのは、
「いちごみるくメアをコミュニティに提供するかどうか」という判断は、
私個人が判断できるものではありません。
創作物をコミュニティに提供するかどうかを決める権限は、
あくまで作者様ご本人にあります。
これは、いちごみるくメアに限らず、
すべての創作物に共通する前提です。
その前提のうえで、いちごみるくメアについては、
過去に整理された経緯や作者様の意思が明確に存在しており、
コミュニティ提供の一例として挙げられていたUnderswapとは、
成り立ちや状況が大きく異なります。
Underswapは、結果として管理者不在の状態となり、
ファンの間で扱われる形に移行した例外的な経緯をたどりました。
一方で、いちごみるくメアは、
作者様の意向が確認できる状況にあり、
その意思を尊重することが最優先される立場にあります。
そのため、
「現在あまり関与していないように見える」
「設定が少ないように感じられる」
といった理由だけでは、
「コミュニティに提供する」という選択肢は取られず、
共有資産のように扱うことはできない、
という結論になります。
これは、誰かの意見を否定するための結論でも、
「提供しない」という価値判断でもありません。
現時点では、
「コミュニティに提供できる状況ではない」
という、経緯と権限の所在を整理した結果です。
5. 創作の自由と創作の尊重(文化的視点)
創作について考えるとき、
大切にされることが多い視点が二つあると思います。
どちらも欠かせない要素だと思います。
ただ、どちらかを理由に「境界を壊していい」わけではありません。
創作活動は、誰もが安心して活動できる範囲があってこそ、
続いていくものだと考えています。
また、『Underswap』のように「共有化」されたケースでは、
一見すると自由で華やかに見える一方で、
作者様が負いきれないほど作品が広まってしまった結果として、
そうした選択に至ったという経緯がありました。
誰かの創作がそうした道を辿ることは、
必ずしも望ましい形に結びつくとは限りません。
6. まとめ
本記事では、「コミュニティに提供する」という提案について、
Undertale AUの文化的背景やUnderswapの経緯、
そして創作における権限や責任の所在という観点から整理してきました。
創作の自由を大切にしたいという気持ちも、
作者の意図を尊重したいという姿勢も、
どちらも創作文化にとって欠かせないものだと考えています。
ただし、どちらか一方を理由に境界を曖昧にしてしまうと、
結果として誰かに過度な負担が生じたり、
本来守られるべき意向が見失われてしまうことがあります。
いちごみるくメアについては、
作者様の意思が確認できる状況にあり、
その意向を尊重することが最優先される立場にあります。
そのため、現時点では「コミュニティに提供する」という選択は取られていません。
これは自由を否定するための判断ではなく、
創作を長く、穏やかに続けていくための前提を整理した結果です。
本記事が、
「何ができるか」ではなく
「どこまでが安心して創作できる範囲なのか」を考える一助となれば幸いです。
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