仕事を終えて事務所を出る頃には日付けが変わるまでもう一時間を切っていた。適当なところで切り上げようと思っていたのに、来年に向けたイベントやライブ関連のデータ入力や調整を行い始めたのがよくなかった。
外は雨で濡れていた。持ってきた傘を広げ、もう片方の手は冷え切った空気から逃がすようにコートのポケットに入れる。
そうして駅近くまで来たところで、明らかに会社帰りではない人々でなんとなく混雑していることに気が付かされる。
傘の向こうにある、ツリーを模したカラフルな電飾。今日会えて良かった、と話すカップルだろう二人の声。
――結局、今年も一緒に過ごしてあげられなかったな。
去年もクリスマスは平日で、その週末の土日を二人で過ごした。確か二十八日と二十九日だったその二日間はクリスマスと言うには遅すぎて、今考えても年末のほうが近い。あのとき彼女は俺と過ごせればどうでもいい、と言ってくれたし、今年も週末の予定を約束はしたけれど。
朝に送られてきたメリークリスマスのスタンプを思う。それから、その直後に送られてきた、『でもイブって二十五日の前夜祭だから日没後かららしいですよ、だからちょっと早いかも』という豆知識のような文字列を。この子のこういう知識ってどこから仕入れてるんだろうと思いながら返信して、それっきりだ。
彼女は今年だって変わらずに、一緒に過ごせるならいいと言ってくれるだろう。でも、と、ほんの少し思う。
デート中、オーナメントや、スノードームが売られているのを見て、瞳を輝かせていたこと。わたしクリスマスって実はあんまり興味なかったんですけど、万理さんと過ごしてからなんかすっごく好きになりました、と照れくささの欠片もなく笑っていたこと。
そういうひとつひとつを拾ってみると、俺の手は自然と携帯電話に伸びていた。通話ボタンを押して、去年までならとらなかったであろう自身の行動が新鮮に映る。既読は一分も経たずに付くのに、呼び出し音だけは妙に長いことに僅かに呆れた。寝ているのかもしれないと思った直後に慌てた様子を隠し切れない声がして、安心に心がゆるむのを自覚する。
『えっ、どうしたんですか、びっくりした……。なんですか? あ、そうじゃなくて、なにかありました?』
「なんにもないよ。ただ、クリスマスだなーって思っただけ。寝るところだった?」
『えっ? いえ、まだ起きてます。まだ眠くもないので、だいじょうぶです』
「じゃあさ、今からそっち行っていい? 明日も朝早いから、寝に行くだけみたいになっちゃうかもしれないんだけど……いつきちゃんが大丈夫なら」
壊れたように驚きの声が繰り返された。なんでとかどうしてとか、野暮な疑問ばかりが重ねられていくのは彼女らしくはあったが面白くはない。相変わらず俺から向いている気持ちをわかってくれる気配がないことに、自己の反省よりももどかしさが募る。
当日に会うことはできないつもりで、用意したプレゼントは机の上に置いたままだ。彼女が作ると言ってくれたケーキだって、俺が焼こうと思っていたチキンだって今日は用意されていない。去年二人で買って飾り付けたツリーは俺の家で出番を待っている。
だとしても、会えたら喜んでくれるだろうと思うのだ。ならたったの数時間でも会ってあげたい。彼女が俺の手を掴むことすら忘れて寝入ってしまう、それを確認して抱き寄せるまでのあたたかさがあれば、今日という日も報われるのではないかと思うのだ。
「俺が会いたいんだよ。なんにも持ってないけど、それでもいい?」
『そ……、いいです、うれしいですよ。なんにもいらないです』
「コンビニでアイスくらいなら買っていってあげられるよ」
『ばんりさんがいれば、それだけでいい……』
です、と恥ずかしそうに付け加えられるのを聞く。甘さのにじむ声音が愛しくて、ただ俺が会いたかっただけであったことを再確認した。喜んでくれたら、俺が嬉しい。多分それだけのことだった。
雪にならない水滴が傘に当たって滴り落ち、足元を濡らす。通話を切って歩を速めた。
イルミネーションと呼ぶにはささやかな駅前の光が、地面の水溜まりを反射して眩しく光る。
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