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12月25日 朝

輝薫

 「うぅ、」
 もぞりと寝返りを打つと、今まで温かったところにひやりとした空気が触れて身を竦めた。布団の中に体を丸めて、けれど起きないといけないことも分かっている。居心地のいい場所を見つけるとそのまま眠ってしまいそうで、無理やりに体の向きを変えたり、顔にかかった髪を払い除けたりした。
 そうしている内に次第に頭がぼんやりと覚めてきて、ゆっくりと目を開ける。何度か瞬きをしたらまた瞼が重くなってきて、もう一度唸ってからようやっとすぐそこにあるはずの眼鏡を探した。当てずっぽうで伸ばした指の先に、何か固い感触が触れる。
 「……ん」
 眼鏡じゃない。どころか、知らない物体だ。自分の家の、それも寝室なんて限られた物しか存在しない場所で、僕の覚えのない物が置いてあるはずがない。のろのろと体を起こしてまず眼鏡をかけ、その正体不明の四角い箱と向き合った。
 「……
 綺麗にラッピングされた直方体。その中身は僕の知るところではないが、今日の日付と、こんなことができる人物が一人しかいないことを考えれば、これがどういう意図でこんな場所に置かれているのかは簡単に答えが出る。と同時に、ただでさえ暑苦しい顔が得意気に笑みを浮かべる姿が頭によぎって顔を顰めた。
 ひとまずその箱も片手に持って、寝室を出る。充電が完了したスマホを開けば、案の定浮かび上がった通知がひとつ。
 『サンタさん来た?』
 ひとまず返信は保留にして、スマホを置いた。リビングはがらんとしているが、キッチンのコーヒーメーカーはセットされており、食パンも使いやすい場所に出してある。冷蔵庫にはラップをかけたサラダもあった。食器類は一度使われた後のようだ。
 『家に不法侵入者がいた形跡ならある』
 それだけ送って、顔を洗いに洗面へ向かう。次いで着替えも済ませると、置きっぱなしにしていたスマホが鳴っていた。着信相手は件の相手だ。
 「何だ。仕事中じゃないのか」
 「今ちょっと待ちなんだよ。おはよ桜庭」
 向こうはもう現場に着いているのだろう。まだ今日の活動を始めたばかりの自分より、幾分か声のトーンが高い。この男の暑苦しさは、電話越しでも十分に飛んでくる。
 「おはよう」
 「てかなお前、サンタを不法侵入者呼ばわりするなよな」
 「最近のサンタは玄関から入るのか?」
 「まぁ煙突なんて今時ないしな、そういうこともあるんじゃないか?」
 そう嘯く天道に合鍵を渡したのはたしかに自分だが、それはこんなことを許すためでは決してない。腰を落ち着ける前に、ひとまずセットされたコーヒーメーカーのスイッチを入れた。
 「勝手に朝食を作って自分で食べていくサンタなんて聞いたことがない」
 「あ、桜庭の分もあったの分かったか?もう食べた?」
 「これからだ。こんな回りくどい真似をせずに起こせばよかっただろう」
 「サンタが起こしてどうすんだよ」
 あくまで今日の彼はサンタを自称するつもりらしい。こっそりと家に上がり込み、起きる気配のない僕の枕元にそれを置く今朝の天道の様子を想像した。ついでに朝食を簡単に作り、自分も軽く腹に収めてミッション完了とばかりに部屋を出る。仕上げにあのメッセージを送って仕事に向かった彼は、さぞ満足気だったことだろう。
 「なぁ、プレゼント開けたか?」
 「まだだ」
 「そっか。いつ見るんだ?」
 少し浮ついた声は、きっと僕がこの場であの包装紙を解くことを期待している。箱を持ち上げて、傾けた。中身はやはり分からないが、それほど重くはない。
 「この電話が終わったら」
 「今開けないのかよ」
 「他の男の前で開けたら、サンタに失礼だろう」
 何やらもごもごと電話の向こうで言っているが、僕にその気がないと分かると「まぁいいや」と諦めたようだった。余程サンタ役が気に入っていると見える。
 「君のところにはサンタが来なかっただろう」
 「え?あぁそうだな。いい子にしてたつもりなんだけど」
 「何がいい子だ、まったく。手の込んだことを」
 「ははっ、ちょっとでも顔見たかったんだよ。今日会えると思ってたから」
 続けられた言葉に閉口する。たしかに、本来なら今日は二人とも夜には仕事が終わるはずで、その後夕食を一緒に食べようと決めていた。今机の上に鎮座しているこの箱も、本当なら今日の夜に僕の手に渡るものだったはずだ。それが天道の撮影スケジュールの延期と変更でご破算になり、僕の午後の予定はすっぽりと空いてしまっている。
 「どうせ明後日会うだろう」
 明後日は三人で雑誌のインタビューと撮影がある。二人で会う時間はないかもしれない。天道が今参加しているドラマの撮影が押しているのだ。当然仕事はそれだけではないし、この穴埋めは年始にまとめてするのがいいだろうと話してもいた。
 「そうだけどさ、クリスマスだぜ」
 「別にただの平日だ。僕も君も仕事がある」
 「でも桜庭も夜空けててくれただろ」
 「その件なら僕は気にしないと言った。仕事を優先させるのは当然だ」
 放った言葉は本心だ。そもそもクリスマスを祝うことに、特別な意義を感じない。二人のスケジュールを突き合わせて決めたそれが白紙になるのは望むところではなかったが、理由が仕事である以上はそちらが優先になるのは当たり前のことだ。天道だってそんなことは分かっている。何も一緒に過ごすのが十二月の二十五日でなければならないなんてことはないのだ。
 「まぁな。でも、俺はお前のことも諦めたくないぜ」
 諦められたなんて思ってない。そう言ってもこの男は聞かないのだろうし、僕が本当に気にしていないということも分かってはいるのだろう。ただ自分が決めたことに対して融通が利かないのだ。この男のそういう部分は、眩しくも鬱陶しい美点だった。
 「それでわざわざ睡眠時間を削ってどうする」
 「悪かったって、体は全然元気だから大丈夫だよ。お前の顔も見れたし」
 仕方なくため息ひとつで返すと、天道が何かに気付いたように声を漏らした。そろそろ時間だろうかと言葉を待つと、やはり「悪い、そろそろ」と言葉が切れる。その声はもう先程までの柔らかな温度を帯びてはいなかった。
 「しっかりやってこい」
 「おう!お前も」
 プツリと音声が切れる。口を閉ざしたアプリを落としてスマホを置いた。コーヒーをカップに注ぎ、口をつける。何ともなしに片手でプレゼントを遊ばせていたが、しばらくして思い立って腰を上げた。寝室の引出しの中から同じようにラッピングされた箱を取り出して、今日仕事に持っていく鞄の奥に押し込む。昨日の夜どうすべきか悩んで眺めていたが、そのまま外に出しておかなくてよかったと安堵した。
 何が顔も見れたし、だ。僕は見てない。机に置いたままだったプレゼントと目が合って、それも一緒に鞄に入れた。
 僕はサンタクロースなんて名乗るつもりはない。ただの彼の恋人だ。だから彼の家に上がり込むのに日にちを選ぶ必要はないし、姿を見られてはいけないなんて決まりもない。
 彼の目の前でこの箱を渡して、それを開ける瞬間の表情を眺めるのだ。その後は仕方ないので、僕も一緒に箱を開けてやることにする。サンタ業にうつつを抜かした天道を、ただの僕の恋人に戻してやる必要がある。
 日にちなんてきっかけに過ぎず、喜ぶ顔が見たいから、プレゼントを贈る。たったそれだけでいいはずなのに、クリスマスだからと浮き足立って、面倒な真似をしてくれたものだ。
 ここまでお膳立てしてやって、僕が喜べないものだったら承知しない。鞄の奥にしまい込んだそれにキッと視線を送る。想定外の滑り出しにはなったが、今日という日が良い日になるという少なからず浮かれた予感は、僕の胸をじわりと温めていた。