mk98LL
2025-07-19 20:25:17
6225文字
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二人の喧嘩はニャンコも喰わない

──で? 次があったらお前はどっちの味方につくのだ、小僧。
──はは、次はもう勘弁して欲しいなぁ…。
──もう私は、ゼリーの味方ってことにしといてくれる?
──いかん、顔だけでなく頭も疲れ果てとる……。


人生初!的夏です!正直これが的夏になっている自信はないのですが、的夏クラスタの皆様の優しさを信じます。『ちゃんと的夏になってるよ!』って思ったらお知らせください。自信をつけた私によりこの話と同時に考えていた別パターンの的夏が書かれます。

※作品への誹謗中傷は受け付けません。
※全ては作者の見た夢であり幻覚です。

・的夏成立済。的場邸にある頭首用の離れで半同棲してるイメージ
・名取さんは夏目にとって大切な友人、的場にとっては信頼してる腐れ縁、同業者



【二人の喧嘩はニャンコも喰わない】

 やかんが、しゅうしゅうと音を立てて湯が沸いたことを知らせたので火を止めた。インスタントコーヒーの粉の量はだいたい目分量だ。自分も、これを用意する相手もコーヒーに拘りがあるわけではない。一口飲んだ時に「あぁコーヒーだ」と思えればそれで十分だろう。
 茶菓子は幸い、客人が持ち込んだものがある。光沢のある品の良いロゴはどこかで見た覚えのある洋菓子店のものだ。さて紙袋から出てきたお菓子は……うわ、何だこのデカいマカロン。

……どうぞ」
「コーヒー、いただきます。マカロンは名取へのお土産でもありますから、好きなのを食べてください」
「はぁ」

 マカロン一つ乗った小皿とコーヒー、スティックシュガーにミルクポーション。声をかけながらソファの前のローテーブルに置く。
 季節の象徴であるような高い位置の太陽が今日も元気に仕事をしている中、黒ずくめの着物で来たくせに平然としている。疲れや苛立ちはもちろん、申し訳なさすら感じさせない平坦な声に返事を返したところで、背後から「主様」と声がかかった。
 下がっているよう言いつけたはずの式、柊だ。理由のない命令違反などするはずもない彼女たちのこと、「どうした」と要件を聞く。

……夏目が来たようです」
「え?」
「夏目です。この建物の入り口に気配があります」

 言葉が聞き取れなかったわけではない。今この場で登場するにはあまりに遠い名前だったからだ。念を押すように柊が名を繰り返すと同時、部屋のインターフォンが鳴る。部屋番号を指定して押されるそれは、間違いなくマンションのエントランスからのもの。
 画面を覗き込めば、そこには腕に丸々太った招き猫姿の大妖を抱いた、大切な年下の友人。形の良い眉がしおらしく下がり気味なのは、アポ無しで来た事への罪悪感だろうか。まったく彼らしい。

「──はい」
『あ、名取さん。突然すみません、少し相談したいことがあって……
「いらっしゃい、暑かっただろう。上がっておいで、君ならいつでも歓迎だよ」

 ──私は、ね。
 ソファでマカロンを口に運ぶ的場を尻目に、これから起こるだろう出来事を予想する。自室だというのに今から肩身の狭い思いをしながら、名取はひっそりとため息をついた。



*****



「な……何で、いるんですか……!?」

 普段から礼儀正しい夏目が「お邪魔します」よりも先に、唸るように声を発して顔をしかめた。その両目はまっすぐに、玄関に揃えられた質の良い草履に向けられている。
 名取の説明を遮るように足音荒く脇を通り抜けて、夏目はリビングへ通じる扉を開ける。そこから先ほどよりも少し大きな「何でいるんですか!?」という声が飛んできて、名取は無意識に自らの額を手で覆いつつ遅れてリビングに踏み込んだ。
 案の定そこには、毛を逆立てた猫のような夏目と、そんな子猫の敵意を鷹揚に受け止めて見せるボス猫のような的場。とても付き合って少し経った恋人同士とは思えない。
 夏目はくるっとその場で振り返り、説明を求めるように「名取さん!」と呼んだ。

……夏目が来る五分、十分くらい前に来たんだよ」
「そういう事です。残念でしたね夏目くん、今日は私が先客なのですよ」
「な……で、でも俺は、名取さんに相談したいことがあって来たんです! 的場さんが先と言うなら、的場さんの用事が済むまで待ちます!」

 いや、そもそも的場の用事は不明なのだが。そして、いつまででもいていいよとはまだ一言も言っていないのだが。しかし夏目に求められたらきっと「いいよ」と言ってしまうので、結果は変わらずである。
 
「さあどうぞ、早く用事を済ませて帰ってください」
「随分な言い草ですね、ここは名取の部屋であって君の部屋ではありませんが? それに、これと言って具体的な用事があるわけではないのですよ」
「ないのかよ」

 思わず突っ込んでしまって、二人の視線がこちらに向く。首を突っ込んでしまったようになって咄嗟に謝ろうとしたが、すんでのところで止まった。的場も言った通り、そもそもここは名取の部屋である。遠慮する必要は何もない。
 きゅ、と眉を寄せ目に不安な色を宿す夏目は、一刻も早く「相談」とやらをしたいのだろう。対して的場は先ほどの宣言通りか本当に用事はないのか、特に焦りも不安も感じさせない平坦な目をちらりと名取に向け、すぐに外した。
 さて、ここで自分がするべきことは。

「わかった。……夏目、先に君の話を聞こう。とりあえず座って」
「名取さん……!」
「おや名取、先客を放っておくというわけですか。いつの間にそのような不躾な人に?」
「的場さんは急ぎの用事はないんでしょう。夏目は私に『相談』があるようですからね、ただの暇つぶしに来たらしいあなたよりそちらを優先させてもらいますよ」

 至極まっとうな理由を挙げたつもりだ。用事がない人と用事がある人、優先するなら後者だろう。
 たとえそれが何らかの建前であったとしても、言葉にされていない以上名取がそこまで応じる必要はない。的場もまた、言葉にしていないのは自分なのだから無理に押し通そうとはしないだろう。現に、彼から反論が出ることはなく視線で「どうぞお好きに」と促されただけだった。

「そういうわけなので的場さん。あなたはしばらく席を外してください」
………………何故?」
「夏目は貴方がここにいることを知らなかったんです。つまり相談は私にだけするつもりだった。……そうなんだろう、夏目」
「は、はい。でも、その……

 肩を縮めて視線をうろ、と彷徨わせながら夏目が声を落とす。どうやら相談事には、的場も無関係ではないらしい。というより、先ほどのツンケンした態度が急にそわそわとし始めたのは、今回の相談とは夏目と的場が中心のことなのではないだろうか。なら、当事者が揃っていた方がいいのかもしれない。

……まぁ夏目が良いなら、的場さんを無理に追い出すことはないけれど」
「! は、はい。ありがとうございます、名取さん」

 ほっとした、と言わんばかりの微笑みに、つい名取自身の頬も緩んでしまう。的場と同じソファ──ただし的場から最大距離を取った端っこだ──に腰掛けた夏目にコーヒーとマカロンを出してやると、ハッと気が付いたように目を見張る。ほろりと口からこぼれたのは、そのマカロンの洋菓子ブランドの名前だった。

「へぇ、夏目も知っているんだね。そのマカロン」
「あ、はい……ええと、以前的場さんが買ってきてくれて」
「あぁ、そうでしたね。あの時は……お互い大人げなかったかな」
「大人げなかったのは的場さんでしょう」

 記憶の中から思い出を手繰り寄せたように小さく零された的場の言葉に、夏目がピクリと反応して棘の付いた言葉を返す。的場との間にまるで障壁代わりに座らされていたニャンコ先生がいつの間にか自分の分のマカロンを器用に咥えて、名取の膝へやってきていた。

「始まるぞ、小僧。痴話喧嘩だ」
「なんだって?」
「覚悟しておけよ。……マジで面倒くさいぞ」

 多少げんなりしたようなニャンコ先生の一言により、名取は自分の予想が的中しつつあるのだと理解する。そんな一人と一匹の目の前で、夏目から次なる矢が飛んだ。

「冷蔵庫に残しておいたマカロン、俺が食べちゃったことをあんなネチネチ……そりゃちゃんと確認せずに食べた俺も悪かったですけど、お土産ですよって渡されたものが四つだったら二つは自分の分だって思うのが自然じゃないですか」
「ですから、大人げなかったと思っていますよ。まぁ、私の甘味好きを知っている君なら勝手に食べたりしないだろうと思っていたのも正直なところですが」
「一人で三つもなんて食べすぎだってあの時も言いましたよ。それに、何も言わないのに俺に行動を求めるのもやめてくださいっていつも……

 始まった2人の応酬に、名取の心は「やれやれ、またこれか」の一択だった。そう、二人がこんなふうに喧嘩をするのは、何も今回が初めてではない。その避難先もとい喧嘩の第二会場に、名取の部屋が選ばれるのも。

「今回はどうしたんだい、猫ちゃん。マカロンが長引いてるの?」
「いや。ホットケーキにかけるのはメープルシロップかハチミツかの話し合いがヒートアップして、その他諸々積み重なって夏目がキレた」
「え、くだらな……
「ついでに丼ものを食べる時は箸を使うか匙を使うかも入ってきた」
「く、くっっだらな……!」

 初めてこんな事態になった時はどんな理由だっただろうか。同じようにくだらなかったような……いや、確かあの時は破局寸前までいったはずだ。人の琴線とはわからないものである。

「そもそも! マカロンは勝手に俺のプリン食べた事へのお詫びで買ってきたって言ってたじゃないですか」
「それは一緒に買ってきたシュークリームの方ですよ。マカロンは新作だったから食べたくて買ったんです」
「言ってなかったですよそんなこと! その後もそれとなく話を逸らして謝らないし、その日の夜だって……
「あれもお詫びのつもりだったんですがねぇ。君だって悦かったでしょう?」
「な、な……! 名取さんがいるのになんて事言うんですか……!!」
「ア、キニシナイデ。コーヒー、イレナオシテクルネ……

 話の方向性があまり聞いてはいけない、聞いたらしばらく的場に睨まれそうな──口にしたのはあっちなのに!──内容に変わり始めたのを察して、ニャンコ先生を抱えてキッチンへ逃げる。コーヒーを淹れ直すと言いながらカップを忘れてきてしまったが、今戻るのは遠慮したかった。

「先生、あれさぁ」
「あぁ、ただの吐き出し合いだ。お互いの気が済めば元に戻る。もうほっとけ」
「やっぱり的場は追い出すべきだったかな」
「アレを追い出したところで、夏目がお前にするのは相談というより愚痴と惚気だぞ」
「うっ、それもそれで……
 
 どことなく気まずくなる展開が予想出来て、名取は頭の中を打ち払うようにゆるりと首を振った。
 飲み物の淹れ直しはできないため、名取は冷蔵庫を開ける。そこには、近々二人に持っていこうと用意していたスイーツがあった。オープンしたばかりということで先日食レポ系のロケで撮影した、洋菓子店のフルーツゼリーだ。
 もっとも、二人の方からこうして家にやってきているわけだが。

……うん? おい、白熱してきたぞ」
「あぁ、少し声が大きくなったね」

 二人はこちらに背を向けているが、リビングから繋がるダイニングキッチンであるためそれなりに声は届く。言い合う声は次第に勢いを増していて、おいおいここで喧嘩別れとかはやめてくれよ、と思いながら耳を澄ませた。

「そこまで言うなら、もう決着をつけましょう……俺の意見は変わりません。粒あんです」
「ほお……いいでしょう。よほどの覚悟があると見受けました」
「待っ、ちょっと待った! 君ら、前にも粒あんこしあん喧嘩で破局寸前まで行ってなかったか!?」

 思わず飛び出して止めに入ったのは、粒あんというワードに彼らが繰り広げた大喧嘩の初回を思い出したからである。無論、名取も巻き込まれたしあの時は的場一門の七瀬にすら苦い顔をさせていた。
 内容は至極くだらなかったし今でもそうだと思っているが、あの冷戦をまた繰り返されるのは勘弁願いたい。
 両者の戦火が収まる事を願いつつ、名取は用意したフルーツゼリーを四つ、盆に乗せて運んでいく。言い合いに水を差された形になった二人も少しは頭が冷えたのか、名取の持ってきたフルーツゼリーにじっと視線を落としていた。

……おいしそう」
「ふふ、そうだろ? 最近できたばかりの洋菓子店に俳優としてお邪魔する機会があってね。君たちが好きそうだと思ったから、近々持っていく予定だったんだよ」
「そうなんですね。ありがとうございます、名取さん」
「私はその黄緑の奴がいいな! マスカットだろう! 高級品だろう!」
「はいはい。夏目はどれがいい?」

 思わず腰を上げ盆の中を覗き込むようにしてきらきらと輝く色とりどりのゼリーに目を奪われる夏目の表情は、少し大人びたとはいえまだまだ少年らしいそれで可愛らしい。あわよくば夏目から半分貰おうと自分の好みを選ばせようとするニャンコ先生とのやり取りを聞きながら、名取は黙ったままの的場を振り向いた。

「ほら、静司も好きなものを選べよ。あ、被ったら喧嘩じゃなくて話し合いで譲れよ?」
「は、……ふふ。まったく、周一さんは本当に……

 隙を見せない頭首としての笑みでも、嫌味を言う時の含みがありそうな笑みでもない。本当に、ただほろりとこぼれたような、そんな小さな微笑みだった。
 区切られた言葉の先が聞きたくて「ん?」と先を促すと、的場は「何でもありません」とゆるりと首を振って、今度は少しだけ含みのありそうな笑みを浮かべた。

「私はどれでも構いませんよ、どれも美味しそうだ。……あなたのことだから、好みの味はお土産の方に入れておいてくれていそうですしね」
……お土産があるなんて言ったか?」
「近々持っていこうと、って話だったでしょう。このタイプのお菓子は、箱にもう少し数が入っているものですから」
……そういうところ、目敏いな」

 名取の冷蔵庫には、お土産として渡そうと思っていたあと三つのフルーツゼリーが鎮座している。夏目に的場、ニャンコ先生。一番好きそうな味を選んで残したつもりだ。もっとも、ニャンコ先生に限ってはどんな味でも食べるだろうが。

「せいぜい、猫ちゃんに横取りされないようにな」
「えぇ、気をつけます」
「じゃあ、交換は一口だけだぞ先生。……的場さんは、この味はどうですか?」

 食べたいゼリーを選び終わったらしい夏目が、一つを的場に差し出す。それは、名取が的場の好みとして最終的に迷ったものの一つだ。的場もそれを察したのか、微かに瞠目して夏目の手の中を凝視している。

……えっと。この中にあるのなら、これが一番好きかなって思ったんですが」
「えぇ……そうですね。好きですよ。……これが、一番好きです」

 笑って、ゼリーを持つ夏目の手ごと自身の手で包み込む。暖かいですね、と吐息のように零された的場の声を拾った夏目は「? ゼリーは良く冷えてますよ!」と笑った。その言葉に、今度こそ的場は吹き出すようにして笑う。二人の様子に名取も思わず笑みを深めたのは、どうやら気付かれなかったようだが。

「な、何ですか!? 何でいきなり笑うんですか!」
「ははっ……いえいえ、失礼。ではよく冷えているうちにいただきましょうか。名取も座っては?」
「あ、そうですね。名取さん、ゼリーいただきます!」
「うん、どういたしまして。召し上がれ」

 少し前まで喧嘩中だった恋人が一組と、仲裁に巻き込まれた友人が一人と、妖が一匹。
 夏の日の午後は、穏やかに過ぎていくのだった。