mishiadd
2025-12-22 20:55:02
7345文字
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BROTHERHOOD:宮本伊織に恋人ができたらしい

【転生パロ】そしてその恋人は、私ではないらしい(「おまえのおかげで世界の見え方が変わったよ」と言いながら私を選んでくれない宮本伊織に情緒をグチャグチャに破壊されるヤマトタケルさん)【剣伊】

宮本伊織に恋人ができたらしい。

その知らせをタケルにもたらしたのは、彼自身も所属している『慶安四年クラブ』のメンバーである助之進だった。







――まずは状況を整理する。
『慶安四年クラブ』とは、SNS上で知り合った慶安四年の記憶を持つ人間たちのゆるい集合体の呼称である。メンバーは日本各地に散らばっており――長崎に在住している者もいる――都合が合えば、年に数回の会合などを行っていた。構成メンバーは高校生から社会人までさまざまなのでスケジュール調整が難しく、全員が一堂に会することは稀である。

『慶安四年クラブ』の中でも首都圏に在住しているメンバーは顔を合わせやすく、特にクラブ結成当時に東京近辺で中学生をやっていたタケルは、同じく当時浅草近辺で高校生をやっていた伊織と会合の名目で頻繁に会っていた。神田近辺で会社員をしていた正雪の予定が合うときは三人で会ったりもし、ファミレスで駄弁だべったり遊園地やショッピングモールに遊びに行ったりもした。――慶安四年における人間関係がまったく影響していない、とは言い難かったが、それとはまた異なる新しい人間関係が形成されつつあった。文字通り、何百年も前の話だ。「ああ、そんなこともあったね」と――憧憬も憎悪も悔恨もあらゆる感情を水に流して、ただ、同じ記憶を持つ共同体としてゆるく繋がっている。



――「ああ、そんなこともあったね」、と。



実際のところ、皆そんなような距離感なのだろうとタケルは思ったのだ。『慶安四年クラブ』結成二年目の、冬の大規模合宿――といっても、皆で温泉宿に集まって一泊しただけだ――の折、伊織と顔を合わせた地右衛門の随分とさっぱりした態度に驚いたのだった。
特に含むところもなく伊織と談笑した後コーヒーを口にしていた地右衛門にこっそりと尋ねると、「ああ」とこともなげに彼は言ったのだった。――曰く、彼に対して得体の知れぬ大きな愛憎の感情を抱いていたことは確かに覚えているが、今の自分が実感として持っているものではないのだと。
どこか一枚のヴェールを隔てたような、知っているようでどこか遠い感情なのだと――例えるならば、かつて立った舞台で自分が演じた役柄が、彼の演じていた役柄に対して抱いていた感情という距離感に近いのだと。……確かに自分の抱いた感情ではあったが、この自分の感情ではない

そんなものか、とタケルは思った。――そんなものなのか、と。

地右衛門と話し終えたタケルが、ちらりと視線を向ける。――「今回は参加できなくてすまない」とZoom画面越しに謝る鄭と談笑する伊織の姿を、その目で捉える。







『慶安四年クラブ』の発足から五年経ち、タケルは高校生になり、伊織は大学生になっていた。

「会おう」とタケルがLINEをすると、五分もしないうちに「今日の18:30以降なら」と短いメッセージが返ってきた。この五年間繰り返してきたやり取りと変わらない速度と内容に安堵し――だがこの五分間の間に、『恋人』とスケジュールを調整する時間があったのだろうかと、よせばいいのに要らぬ想像力を働かせる。

場所は、この五年間何度も通ったファミレスだった。伊織が和風ハンバーグのライスセット、タケルは同じものにミートソーススパゲティを追加して、最後にドリンクバーをふたつ注文したところで、タケルが切り出した。

「きみ、恋人が出来たというのは本当か」
「ああ、うん」

あっさりと肯定される。――ずくり、と胸に鈍痛を覚え、腹にキリキリとした痛みを感じながら、タケルが「飲み物を取ってくる」と言って席を立つ。
ドリンクバーでグラスにコーラが注がれるのを、ただ茫然とタケルが見ている。――後頭部を殴られたような衝撃を消化しきれぬままに、タケルが席に戻る。

「俺も飲み物を取ってこよう」と言って立ち上がった伊織が、ん、とタケルのグラスを見た。

「氷を入れなかったんだな。ぬるくないか?」
「あ? ああ……うむ……
「おまえの分の氷も取ってくるよ」

そう言って伊織がドリンクバーへと向かう。――正直、どちらでもよかった。ぬるくても冷たくてもどうでもよく、そもそもコーラの味など今のタケルにはもはや一切わからなかった。

アイスコーヒーを持ってきた伊織が、タケルの前に氷の入ったグラスを置く。それに手をつけることのないまま、タケルが言った。

「恋人が……できたのか」
「うん」
……――

なんでもないことのように短く返事だけをし、伊織がテーブルに出しっぱなしの自分のスマホにちらりと目を遣る。――今まで、タケルの前で伊織がそんなことをしたことがなかった。
ぐ、とタケルが唇を引き結び、それから極力声を抑えて尋ねる。

「それは……どこの、どんな人なのだ?」
「うん? うん――同じ学部の同期だよ。告白されるまで俺自身彼女のことは知らなかったから、特に今までおまえに話したことはない。おまえの知らない人だ」

『同期』。『彼女』。――断片的に与えられる情報と共に、『伊織の恋人』という存在が質量を持って立ち顕れる。
その質量に胸を圧し潰されそうになりながら、タケルが訊いた。

「その――意外だな? きみは――そういった色恋沙汰は疎んじているものと、思っていた」
「ああ、うん」

ちらり、とまたスマホのロック画面に一瞬目を遣った後、伊織がタケルを見る。――ふわり、と兄のような柔らかな笑みを浮かべた。

「確かに。――俺は、覚えているよ。かつてあの江戸の日々で、俺は惚れた腫れたのと騒がれるのが苦手だった。……更に言うと、俺は余人に好意を向けられること自体が苦手だった。俺には、人から貰った友情や愛情を、まともに返せる自信がなかったから」
「そ――う、か」

それは、タケルの知る伊織という人の、ままならない真実のうちのひとつだった。――あまりにも誠実であろうとした彼の、その生きにくさの根底の一角を成す、不自由で愛おしい、その不器用な健気さ。

カラン、とグラスに入った氷が音を立てる。味のしない、ぬるいコーラを一口飲み、伊織の目を見られぬままに、タケルが言った。

「それが――変わったのだ、な? イオリ。……今生の、きみは」
「おまえのおかげだよ、セイバー」
……え?」

テーブルの上を見つめていたタケルが、目線を上げる。伊織が、宵闇色に透き通った月夜の瞳を細めて、柔らかく微笑んでいた。

「おまえが、教えてくれた。――俺のような生き方をした者でも、おまえのような友がいてくれることがあるのだと。……うまく、返せなくても――

伊織が、ゆっくりと長い睫毛を伏せる。まるで遠き日々を懐かしむように、口許に穏やかな笑みが浮かんでいる。

「俺の抱いたこの感情が、すべては打算の上にある偽物でも。――それでも、俺の隣にいてくれる人がいる、ことがある。……なら、勇気を出してみてもいいのではないかと。――その手に、この手を伸ばしてみても、赦されるのかもしれないと」
……イオリ」
「だから、おまえのおかげなんだよ、セイバー。おまえのおかげで、この世界は――少しだけ、息がしやすい」

「お待たせいたしました」と人間のウェイトレスと猫型の配膳ロボットがやってくる。テーブルの上に料理が並んだ。
フォークとナイフを手に取った伊織の正面で、タケルが押し黙っている。

大根おろしと大葉の乗ったハンバーグを切り分けたところで、「おや」と伊織が片眉を跳ね上げた。「食わないのか、セイバー?」と尋ねる。
――膝に置いた両の拳を見下ろしたまま、タケルが言った。

……私のおかげ、か。イオリ」
「ああ。――うん。全部、おまえのおかげだ。おまえという、『友』の――
「そうか。……それは、よかった」

タケルがナイフとフォークに手を伸ばす。カチャカチャと音を立てながら、ハンバーグを切り分ける。口へと運ぶ。咀嚼する。――味が、しない。



――よかった、と思う。心から、そう思う。

たくさんの苦しみと生きづらさの中で藻掻いていた彼が、穏やかに笑っている。それが、自分のおかげだという。
これ程までに誇らしく、嬉しく、喜ばしいことがあるだろうか。――この自分の想いが彼に届き、それによって彼は救われたのだというのだから。
『友』として、きっと最良のことをしてあげられた。大切な――大切な、彼。自分の望みと願いのすべてを諦めてでも、彼のためになにかをしてあげたかった。

それは、叶った。――きっと、これ以上に望めることなど何もない。



――と、思う。……本当に。



ちらり、と伊織が目の端でスマホのロック画面を確かめている。――もしかしたらこの後、彼女と会う約束でもしているのかもしれなかった。
もしかしたらこの後タケルと別れて、最寄りの駅で待ち合わせでもしているのかもしれなかった。
「旧友に会っていたのだ」などと伊織が彼女に話しながら、タケルとは一度も行ったことのないような、洒落たバーにでも入店するのかもしれなかった。
甘いカクテルを片手に色っぽい話などして――伊織のそんなところなど、タケルには想像もつかない――やがて、店を出て。

……『友』のこんなところを想像している自分に、心底嫌気が差しながらも。

――伊織が彼女とふたりで、ホテル、などにしけこんで。

伊織の手が、彼女の服に伸びる。彼女のワンピースのジッパーをその手が下ろして、するり、とその両手が彼女の肩を撫でる。――ブラジャーのホックに、伊織の手がかかる。
彼女の手が、伊織の服にかかる。――そうして互いに服を脱がせ合って、そのままふたりでベッドの上に雪崩れ込む。伊織の手が、彼女の肌の上を這う。――長い睫毛を閉じた伊織が、彼女の唇に、そっと唇を寄せて――



がしゃん、と硬質な音が鳴る。驚いた伊織が、スマホのロック画面からセイバーに目を遣った。テーブルの上に、タケルがナイフとフォークを叩きつけていた。

「セイバー、一体どうした。何事――
「イオリ」

名を呼んだ声が掠れている。据わった目つきで己を睨みつけているタケルの殺気立った顔を、伊織が唖然とした顔で見つめ返している。
その場で立ち上がったタケルが、テーブルの上に片手をつく。

「イオリ。――慶安四年とは、西暦何年だ?」
「は? 1651年……だ、が」
「そうだ。――つまり、374年間だ。374年間だぞ、イオリ」

この感情は、何百年も隔てた遠い日々の他人事などではない。
この胸を引き裂いて未だに鮮血を流し続ける生傷のように、どろどろと熟れて生々しい、鮮烈な感情として、今ここにある



――どう考えたって、私が先に好きだったのにBSS



「ぽっと出の――文字通りだぞ、ぽっと出の、たかだか数日間、数週間、数年間程度きみのことが好きだった程度の相手に、なぜ私が遠慮しなければならぬのだ!?」
「セ――セイバー?」
「遠慮などするものか、今更物わかりのよいフリなどするものか! ――私のおかげできみの世界が変わったというのなら、変わった世界できみの手を取るのはこの私だ。当然の報酬だ」

タケルがテーブルに打ち捨てられたフォークを鷲掴みにする。ガシャン、と音がする程に勢いよく大きなハンバーグの欠片に先端を突き刺して持ち上げる。大口を開けて食い千切り、もぐもぐと咀嚼して呑み込んだ。――それを、呆気にとられたままの伊織が見ている。

「ふう……」と大きく息をついたタケルが、つかつかと伊織に歩み寄る。伊織の右の手首を掴んで、引き寄せる。

「セイ――
「イオリ。もう一段階、世界を変えてみないか。――この、私と」
「は、はあ……?」

わけもわからぬままに怪訝な顔をしてタケルを見上げている伊織を、タケルが引っ張り上げて立ち上がらせる。
ファミレスのブース席だった。先程からタケルが立てている騒がしい物音で、周囲の客の注目がふたりに集まっている。

テーブルの横に立たせた伊織の手を、タケルが改めて握り込む。そのまま、踵を上げて背伸びをした。呆然としている伊織の唇に、己の唇を押し付けた。

――ッ!?」

驚いた伊織が空いた方の手で己の口許をぱしんと叩いて覆う。「セ、セイバー?」と戸惑ったような、くぐもった声で伊織が名を呼ぶ。
うん、とタケルが空いた手を腰に当てて伊織を見上げている。――まったく悪びれていない、まるで宣戦布告でもするかのような、ふてぶてしいような態度だった。

「きみの唯一無二の『友』が私なのだときみが言ったのだから、きみの唯一無二の『恋人』だって私の筈だ。当然の帰結だ。――古今東西、どの時代であろうとも、きみのことを一番幸せにできるのはこの私――とまでは言わないが」

皆の注目が集まっている。ウェイトレスや、猫型の配膳ロボットまでが給仕を一旦やめ、ふたりの成り行きを見守っている。
――タケルが、伊織の指に指を絡めて、その大きな手を握り込む。

「きみのことを一番よく理解っているのはこの私――とすら言わない。ただ、きみのことを一番想ってきたのはこの私、だ。……374年間だぞ。この想いの丈、きみのそのスマホの通知など一瞬で壊してしまうだろうよ」
「う…………?」

ピコン、と伊織のスマホのロック画面が光る。「あ――」と伊織が洩らしたのを、タケルが手を伸ばして顎を掴んで捕らえる。

「イオリ、よそ見をするな。――私とのこの瞬間を、その目に焼き付けよ」
「セ、セイバー、違――

タケルが再び踵を上げて背伸びをする。――再び近づいてきた唇に、まるで伊織が観念したかのように、困った顔で長い睫毛を伏せた。抵抗もなく、その唇が己の唇に触れるのを許可した。

互いの唇が離れ、再び触れる。ちゅ、と角度を変えて三度目に触れたとき、「……兄ちゃん?」とタケルの背後で声がした。



――伊織の唇に己の唇を重ねたまま、タケルの身体が固まる。



「LINEの返信ないからお店まで直接来ちゃったんだけど――に、兄ちゃん? ……セイバーさん?」

伊織のかたちのよい顎に手を掛けたまま微動だにできぬタケルに代わり、ちゅ、と軽い音を立てて唇を離した伊織が、ひどく困ったような、居たたまれないような顔で言った。

「妹が――カヤがこちらに来るというから、連絡を待っていたのだ。……おまえに、会わせてやろうと思って」
「カ……カヤ」

ぐぎぎぎぎ、とタケルがゆっくりとぎこちない動きで振り返る。――顔を真っ赤にして両手を口許に当てたカヤと、目が合った。

「に――いちゃ、そういえば恋人が出来たって」
「あ、いや、カヤ、違うぞ。その話とこれとは別――

ただ単に事実と異なる事象を否定しかけた伊織の言葉に、タケルが我に返る。伊織の言葉を遮るように、淡々とした声で言った。

「実はそうなのだ、カヤ。――待たせたな。374年振りだが、きみの願いをようやく叶えてやることができそうだ」
「! ――じゃ、じゃあ、ついに祝言を」
「勝手に話を進めるな、一体なんの話だ。カヤもわけもわからんままに適当にセイバーの話に乗るな」
「そうだね、わけもわからないままに話に乗っちゃうのはよくないし勿体ないよね、兄ちゃん。――ではセイバーさん、最初から最後まで、どういうわけだかみっちりお話聞かせてください。……あ、すみません、チョコレートパフェひとつお願いします。あ、あとドリンクバーも! きっと長くなるので!」

言いながら、カヤが伊織側のブース席にさっさと陣取ってしまう。その正面に座ったタケルが、「そもそもこの想いの始まりは、374年前――」と真面目くさった顔をして語り始めてしまい、伊織が口を挟もうとしても隣のカヤに「しっ! 兄ちゃんは黙ってて!」と制されてしまった。

――伊織には、なにがなんだかさっぱりであったが。

この、数百年来の友であり可愛い弟分が突然言い出したわけのわからない我儘を、無下にするわけにもいかず――結局、伊織はタケルがごねるのに弱い――とはいえ、一歩踏み出してみようと思って、ちょうどよいところに声をかけてくれた同期とのお付き合いを始めてしまったことも事実であり。――であるならば、そちらに不義理を働くわけにもいかず。
タケルも、もしかしたらそのうちこの奇妙な遊びにも飽きてくれるかもしれないし、と思いながら、伊織がアイスコーヒーの残りに口をつける。――実際、伊織はひどく驚いたのだった。まさか仮にも古代日本の大英霊の生まれ変わりともあろう者が、伊織ですら知っている『友情』と『恋愛感情』の区別もついていないとは。

慶安四年の頃むかしからどこか子供っぽいところがある友だとは思っていたが、まさかここまで未分化であったとは――と感慨深くなりつつ、ここはひとつ、友として、兄貴分として、タケルが伊織に抱いている感情は違うのだということをきちんと教えてやらねばならないと思う。どんなことがあっても揺るがぬ友情というものがあるのだということを伊織に教えてくれたのはタケルであったので、そのお返しにもなるだろう。

うんうん、と頷いている伊織に、カヤの前で熱弁を振るっていたタケルがちらりと目を遣る。いかにも不審げな、面倒臭そうな表情で顔をしかめたので、「なんだ?」と伊織が尋ねた。

「きみが、またぞろ碌でもない思い違いをしている気配を感じた」
「思い違い――は、俺はしていないと思うが。どちらかというと、それはおまえの方だろう」
……――まあよい。きみに『友情』を理解させるのにも盈月の儀まるまるひとつかかったのだ。そう簡単にいくとは思っておらぬ。なにせ、これはきみの世界を変える戦いであるのだからな」

タケルと伊織が互いに見つめ合う。――フン、と互いに鼻を鳴らして、ふっとそっぽを向いた。






――前途多難、であった。








宮本伊織に恋人ができたらしい・了