紫よか
2025-12-22 13:22:09
1920文字
Public 刀剣乱舞
 

無垢なままで息をして

大和守安定と蕚 大和守安定の祈り

 息をしているのか心配になって、大和守安定は審神者の少女の口元にふわりと手を当てた。

 すうすうと規則正しい息を感じて、彼はほっと一息つくのであった。少女は大和守安定の膝の上に乗って、大和守安定の本体──鞘に収まった刀を抱いて、すやすやと眠っている。それはそんなに軽いものではないはずだけどな、と苦笑しながらも、彼は彼女の、それこそそこまで軽いものではない体を抱いて、縁側から空を眺めていた。

 こうして眠ってしまうと、幼い主は静かなものだ。安心しきった顔で眠っている。大和守安定が刀であることを、覚えているのかいないのか。それは大和守安定にはわからなかった。

『うてな、安定大好き!』

 審神者──蕚はいつだって大和守安定にそう言う。先代の審神者に似たのか、好意を隠さない笑顔で。その大好きはとても幼くて拙くて、大和守安定の求めているものとは、似ているような違うような、彼にとってはそんなものだ。
 けれど、彼女の好意がとても純粋なことは大和守安定に伝わっている。この純粋な気持ちを、彼はどうにかして大切にしてやりたかった。
 審神者はまだ六歳、七つまでは神のうち。七歳を越えて、あらゆる束縛から解き放たれ自由になってもその『大好き』が変わらないのなら、もしもその『大好き』が自分に対するものだけの心だったなら、僕は応えよう。そう大和守安定は考えていた。

「主。あなたが、早く大きくなりますように」

 そう言って、大和守安定は審神者の透き通るような白い髪を撫でた。いつまでも、いつだって待とう。この子の自分への気持ちの、本当の答えを知るまで、自分はこの子を守り続ける。
 ……いや、たとえどんな答えであろうとも、この子を守り続けよう。恋よりも先に、愛を。この子に与えてあげたい。たくさん、たくさん。大和守安定はそう決意した。だから、審神者にはもっとたくさんの世界を見てほしい、そうも思った。早逝した、先代の審神者。あの子は世界の何を見て何を思ったのか、大和守安定には全てはわからない。けれど、あの子は恋と愛を知っていた。幸せそうだった。

(先代のあの子も、よく笑っていた。けれど、もうその笑顔には二度と会えない)

──そう思うと、同じくらい、いやそれ以上に、この小さな審神者にも幸せになってほしいのだ。

 大和守安定は自分の発言を心のうちで訂正した。
 早く大きくならなくても、別に良いのだ。ゆっくり、ゆっくり、愛してあげられたら、それで良いのだ。彼女の幼い『大好き」を、今はもっと聞いていたい。

「んん……ぅ、やすさだ?」
「おはよう、主」

 微笑んで、大和守安定は審神者のまろい頬を撫でる。審神者は寝ぼけ眼を擦った後、ぱっと顔を輝かせ、大和守安定の刀をぎゅっと抱きしめた。息をはくはくとしており、起き抜けから大興奮のようだ。先ほどまでの静けさはどこへやら、と、大和守安定は苦笑した。

「安定の夢、みたの」
「うん? どんな夢?」
「安定とうてながね、お出かけする夢!」
「あはは。そんなの、いつだって正夢にできるよ」
「えっ、ほんとう?」
「本当。今から万屋街にでも行こうか、アイスクリームでも食べに行かない?」
「いく! 嬉しいな、嬉しいな」

 無邪気に笑って、審神者は立ちあがろうとする。それを、大和守安定は引き止めるようにぎゅっと抱きしめた。

……安定? どうしたの?」
「主は僕のこと、愛してる?」

 自分でも、おかしな問いかけをしていると、大和守安定は考えた。今言うことでもないし、どんなになっても愛し続けると決意したのは自分自身じゃないか、と。けれど、ほんの少しだけ、彼は彼女の言葉が聞きたくなった。

「うん! 安定、大好き!」
「本当?」
「ほんとだよ。うてな、安定のことあいしてるよ。だから、ずうっとずっと、うてなのそばにいてね。アイスクリームも食べようね」
……うん。僕も、あなたのことが大好きだよ。愛してる。ずっとあなたのそばにいるよ」
「えへへへ」

 ぱっと大和守安定が腕を離すと、審神者ははにかんだように笑い、大和守安定の頬に頬をぴとりとくっつけた。無垢な仕草に、大和守安定は頬が熱くなった。

「アイス、アイス、安定とアイス〜」
……僕のこと、大好きなままでいてね」
「ん?」
「何でもないよ、行こうか」
「うん!」
 手を繋いで、今度こそふたりは立ちあがる。

 どうか、どんなに成長しても、そのまっすぐな僕への好意を忘れませんように。無垢なままでいて。

 大和守安定は、エゴと愛情が混ざった感情を、その手に込めて、審神者の手を優しく、優しく握るのであった。