紫よか
2025-12-22 13:20:59
2267文字
Public 刀剣乱舞
 

呼吸の中

大和守安定×蕚 蕚がちょっと成長した話

「安定、月が綺麗ですね。ねえ、ちゅーして?」
「僕死んでもいいよ。……だめ」
「なんで」
「まだ早いもの」

 む、と審神者の少女は頬を膨らませる。その頬を大和守安定はつんつんと愛でるようにつついた。月が綺麗ですね、に、自分は死んでも良いと返す。大和守安定にとっては、未来の愛の言葉であった。

「子どもあつかいしてる? うてな、立派な審神者だわ」
「ううん、してないよ」
「じゃあなんで? 安定はうてなのこと嫌いなの?」
「どうしてそうなるの。だって、僕がしたい口付けは、したら主はびっくりすると思うから。だからまだ早い」
「し、しないよ」
「本当かなあ」
「しないってば!」

 審神者が好きな童話や映画、とにかく娯楽作品は、最後はヒーローとヒロインがキスをして終わる。彼女がそれに憧れているのは大和守安定はわかっていた。いつか好きなひとができたらしてほしいと思っていたが、どうやら彼女の好きなひとは自分らしい。大和守安定がそう気づいたのはいつのことだったか。
 そしてその時から、慈愛を持って見ていた少女に、深い欲望が浮かぶようになったことに、彼は自分を罰しなくてはならないような気持ちになっていた。
 その気持ちを知らずに、今日も審神者は大和守安定に好意をぶつけてくる。その度に彼はそんなに無防備だと食べてしまうぞ、と童話の狼のような気持ちになるのだ。そして、今日、たった今、本当に食べてしまおうかという心が満ち満ちていた。

「じゃあ……怖くなっても知らないよ? 途中で止めてあげないから」
……? ちゅーって、すぐ終わるよね」
「終わらないよ」

 ほら、あなたは無防備な仔猫。
 大和守安定はそう思い、審神者の顎を指で持ち上げた。審神者はぽっと白い頬を桜色に染めて、期待するように目を閉じる。少女が先ほどまで話していた無邪気な口を閉じる前に、大和守安定は唇を押し付けた。

……っ!? ん、んむ……!」

 薄桃色の花びらのような唇をべろりと舐め、舌を口の中に侵入させる。顎に添えていた手を頬に移して、逃げないように両手でがっちりと少女の顔を固定した。小さな舌からしたたる唾液を吸い、自身の唾液を送り込む。こくり、と審神者の喉が鳴るのを大和守安定は感じた。
 わざと音を立てて舌に吸い付き、上顎を弄ぶ。強張っていた審神者の体は、やがてゆるりと弛緩し、大和守安定の手に手を添えた。そして、自ら彼の舌をつつ、と舐めた。包み込むように舌と舌を絡ませて、唾液が口の端から漏れても構わずに互いの味に夢中になる。

 かわいい。やっぱり食べてしまいたい。

 嗜虐的な気持ちが大和守安定に芽生える。この『次』もしてしまおうか? 今夜は、月が綺麗だから。
 とんとんと審神者が大和守安定の手をその手で軽く叩いたところで、彼はようやく少女を手の檻から解放した。

……ぷは!」
……ね? 怖かったでしょう」
……なんか、変なかんじ……お腹の奥が、くーってなる? じんじんする? よくわからない……
……
……きゃ! 安定!」

 大和守安定は審神者を抱き上げた。いわゆるお姫様抱っこだ。審神者は慌てて大和守安定の首元に手を回し、くっつく。向かうは審神者の部屋の中、布団の上。

「仔猫ちゃん。もっと怖いことしてあげる」
「んん、安定は……
「ん?」
「安定なら、全部怖くないもん……
……ずるい。すきだよ、主」
「! 安定、だいすき」

 小さな体で、ぎゅっと抱きついてくる。そんな彼女に、これから自分を深く刻み込むのだと、大和守安定の心の狼は牙を剥いた。
 この子の心も体も、いつかこの子が離れていくまで、僕のものだ、と。独占欲か、愛情か。できることなら、死ぬまで自分のものであってほしかった。だから、今から、それをするのだ。


 小さな寝息が、大和守安定の胸元をくすぐる。

 陽が昇る気配に、薄く開けた瞼。障子越しの光が、静かに部屋の中に射し込んでいた。布団の中、ぴたりと寄り添う少女が、まるで猫のように彼の胸に頬を埋めて眠っている。

……起きてる?」

 囁くと、もぞ、と彼女が体を動かした。まぶたを重たげに持ち上げて、ぼんやりと彼を見上げる。

……やすさだ、おはよう……
「おはよう、主」
「んー……あれ、夢じゃ……ないんだ」
「夢だった方がよかった?」
「やだ。夢じゃなくて、よかった」

 恥ずかしそうに笑って、彼の胸元に小さくくっつく。大和守安定はその頭をそっと撫でた。髪の奥に残る、自分の匂い。彼女の中に、自分を刻み込んだ証。

……ねえ、安定。へんなきもち、まだしてるの」
「どんな気持ち?」
「きゅってしてて、さみしいのに、すごくあったかい。……安定がいないと、やだってきもち」
「それ、たぶん、恋だよ」
……ほんと?」
「うん。僕も、同じだから」

 少女の小さな手が、大和守安定の手を探すように触れてくる。彼が繋ぐと、その指をぎゅっと握ってきた。

「ずっと、こうしてたいな……
……僕もだよ」
「安定、すき。だいすき。……なんかもう、心の奥、ぜんぶ安定でいっぱい」
……ずるいなぁ」
「え?」
「そんなこと言われたら、また怖いことしたくなるよ?」

 ふふ、と少女が微笑む。

「安定なら、ぜんぶ、こわくないってば」

 そう言って、彼女はそっとキスをした。今度は彼の唇に、ふわりと、ひとつだけ。
その唇が柔らかくて、甘くて、朝の光よりもやさしい味がした。