haru_haru0704
2025-12-22 12:40:03
4547文字
Public
 

一線を越える(全年齢版)

試しに全年齢版置いてみます
全年齢版なので一線越えてないです

「おっ、この団子うまいな」
仇遠の横で呑気に団子を頬張り、茶を啜る男の名は哥舒臨。その身に鳴式の残滓を宿す、極めて厄介な男だ。
彼はあっという間に1本目の団子を食べ終えると、2本目に手を伸ばした。
もっちゃもっちゃ、という間の抜けた咀嚼音。それから不審な足音を、仇遠の鋭い聴覚は捉えた。
ほどなくして、「私の鞄が!」という声が上がる。同時に、不審な足音は駆け出した。ひったくりだ。
足音は人混みの間を縫うようにして、こちらへと近づいてくる。
哥舒臨は団子の串を咥えたまま、その長い脚をすっと伸ばした。駆けてきたひったくりはその脚につまずき、見事に転倒する。
哥舒臨はひったくりに近づくと、その首に団子の串を突きつけた。
「団子の串で人を殺せるか、試してみようか?」
その物騒な物言いに、ひったくりは情けない声を上げる。
「見逃してください・・・!」と喚くひったくりに一発蹴りを入れてから、哥舒臨は鞄を奪い返した。そして、遅れて駆けてきた女性に向かって差し出す。
「あ、ありがとうございます・・・!私の鞄・・・!」
「別嬪さんにぴったりの可愛い鞄だ。もう盗られないようにしっかり持ってな」
哥舒臨の軽口にときめいたのか、ひったくり被害者の女性は照れながら何度も感謝の言葉を口にしている。
終いには「何かご馳走させてください」と財布を出した彼女に、哥舒臨は善哉を奢らせていた。何とも調子のいい男だ。

✦✦✦
甘味処を後にした2人は、次の街に向かって移動を始めた。彼らは一応、残星組織メンバーの追跡および捕縛を目的としてはいるものの、ほとんどあてのない旅をしていると言っても差支えはない。
2人はしばらく無言のまま長閑な道を歩いていたが、哥舒臨が不意に口を開く。
「何もなくて暇だ。何か話せ」
「・・・先ほどの、団子の串で人が殺せるかという話だが」
「よりにもよってその話かよ。別に構わんが」
「殺せる」
「は?」
意味が分からん。という顔をした哥舒臨に、仇遠は同じ言葉を繰り返した。
「殺せる」
「・・・殺したことがあるのか?団子の串で?」
「うむ」
「・・・・・・」
仇遠の言葉が冗談ではないことを理解した哥舒臨は、めっちゃドン引きした。あんなのただの軽口だったのに、まさか実行したことのある人間がいるなんて。
「お前って本当に・・・何というか・・・滅茶苦茶な奴だな」
「お主に言われたくはない」
「どう考えても、俺よりお前の方が酷くないか??」
「お互い様だ」
仇遠の言葉に哥舒臨は全然納得がいかなかったが、これ以上否定したところで平行線だろう。
哥舒臨は気を取り直して、別の話題に移ることにした。何の話がいいだろうか。
団子・・・ひったくり・・・善哉・・・ああ、思いついた。
「ところで、善哉と汁粉は何がどう違うんだろうな。知ってるか?」
「・・・地域による。今州では、善哉は粒餡で汁気の少ないもの、汁粉は漉し餡で汁気の多いものを指す」
「ふーん。さっき食ったのは・・・粒あんで汁気が多かったな。どっちだ?」
「店が善哉として出しておるなら、善哉であろう」
「なんか投げやりじゃないか?」
「知らぬ」
──と呑気なやり取りをしていた2人は、不意に黙り込んで警戒態勢を取った。
「残像か?」
「うむ。民間人も近くにおるようだ」
哥舒臨は周波数、仇遠は音によって、付近に残像がいることを感知した。
彼らは残像の気配に向かって走り出す。するとほどなくして、残像に追われる民間人の男を発見した。
その途端、哥舒臨が妙なことを口走る。
「ははは、いいぞ!争え!殺し合え!もっと戦いを──」
「哥舒臨!」
仇遠は哥舒臨の顔面に裏拳を見舞った。哥舒臨は「ふぎゅ!」という声を上げると、何度か瞬きながら首を振る。
「あー、悪い悪い・・・鳴式が出てたな」
「お主はそこにおれ。残像は某が片付ける」
「おう」

「ありがとうございます、助かりました・・・!」
仇遠によって救われた民間人の男は、仇遠に向かってぺこぺことお辞儀を繰り返した。
「礼には及ばぬ。それよりも、怪我はしておらぬか?」
「怪我・・・ああ、そういえば少しだけ、腕に残像の攻撃が掠ったような・・・」
その言葉通り、男の腕からはほんの少し血が滲んでいる。哥舒臨は自分の荷物をごそごそと漁ると、大きめの絆創膏を取り出した。
「これで、・・・」
哥舒臨は不意に言葉を切り、にやあっと笑った。それを見た民間人の男は、ひぃっと悲鳴を上げる。
仇遠にはその様子を見ることはできなかったが、哥舒臨の雰囲気が妙であるのを察して、再び顔面に裏拳を見舞った。
「ふべ!・・・あー悪い悪い、今日は調子が悪いな」
「ひぇぇ・・・あ、あの・・・?」
「すまぬな。この男は精神が安定せぬのだ」
適当な説明をした仇遠を、哥舒臨は不満げな目で見る。しかし、身体の中に鳴式の残滓がいますなどと正直に言うわけにもいかない。
哥舒臨は小さく溜息を吐くと、今度こそ男に絆創膏を差し出した。
「気を取り直して。これで応急処置をしておけ」

✦✦✦
深夜、とある街の宿屋にて。仇遠は不穏な気配に目を覚ました。思考が巡る前に、身体が反射的に動く。
どすりと鈍い音を立て、長刃が仇遠の枕に突き刺さった。枕の中に詰め込まれた羽毛が弾け飛び、ひらひらとそこら中を舞う。
一拍遅れて、仇遠は理解した。自身は哥舒臨に寝込みを襲われ、長刃の攻撃をすんでのところで転がって躱したのだと。
仇遠は右手を伸ばし、哥舒臨の喉を打ち据える勢いで掴むと、その勢いのまま哥舒臨の体を床へと引き倒した。がつん!と後頭部を強かにぶつけたような音がしたが、構うものか。
仇遠は哥舒臨の身体の上に跨り、ひとまずの抵抗を封じた。
右手は彼の喉を押さえつけたまま離さない。最悪の場合は、このまま首を絞めるなり、剣で掻き切るなり、しなければならない。それが、哥舒臨のお目付け役として抜擢された仇遠の務めだからだ。
「──はは」
夜闇の中、哥舒臨は笑い声を上げる。その声にはねっとりとした喜悦がへばりついており、仇遠をひどく不快な気分にさせた。
今、彼の意識は鳴式に乗っ取られている。それ自体はある程度よくある事だったが、多少痛めつけても哥舒臨本人の意識が戻らないというのは稀な事だった。
「・・・・・・」
仇遠は黙したまま思考を巡らせる。
もう少し痛めつけるか?しかし、そうしたところで正気に戻るという保証はない。
哥舒臨の症状はここ数日安定しておらず、悪化していると取ることもできた。仮にこのまま悪化の一途を辿るのであれば、早めに殺しておいた方が──
「構わんぞ。俺を殺せ。どうせお前には、それくらいしかできないのだから」
哥舒臨の言葉に、仇遠は顔を顰めた。
「殺すかどうかは某が決める。お主ではない」
「ははは!妙なことを言う。人を殺さなければ、お前は生きていけないはずだ。どれだけお前自身が否定しようとも、人殺しの『さが』からは逃れられない」
「黙れ」
哥舒臨の・・・否、鳴式の不快な物言いに、仇遠はますます眉間の皺を深くする。たかが人類の滅亡装置ごときに、某の何が分かるというのか。
だが鳴式は口を慎むことはなく、仇遠を挑発し続ける。
「お前はいつも手遅れだ。お前の故郷が焼けた時も、梁東園が死んだ時も。大切な誰かが死んだ後に嘆き悲しみ、そして仇を殺すことで僅かな慰めとする。何も守れず、命を奪うことでしか生きられない・・・お前はそういう男だ、仇遠」
「・・・そうやもしれぬ。だが、お主の挑発には乗らぬ」
仇遠は理解していた。このまま哥舒臨を殺せば、鳴式の残滓は彼の肉体という檻から解き放たれてしまう。そうなれば、不用意に鳴式の力を増す結果になるだけだ。
とはいえ、このまま哥舒臨の中で鳴式が力を増し続けるようであれば、その時は殺さねばならぬ。そのあたりの判断は非常に繊細で難しく、一時の感情によって決めていいものではない。
「このまま俺を生かしておけば、また同じ事が起こるとは思わないのか?」
鳴式は可笑しそうにくつくつと喉を鳴らした。大笑いしてしまいそうなのを堪えているのか、妙に上擦った声で続ける。
「俺がこの身体を完全に乗っ取って、お前の大切な人々を殺して回るんだ。そうしてお前はまた、守れなかったことを後悔する。後悔しながら俺を殺して、後には誰も残らない・・・!この繰り返しだ、ずっとずっと!お前の人生は何とも滑稽だな!」
「・・・・・・」
仇遠は無言のまま、哥舒臨の喉を掴む手に力を込める。
今は殺さない。殺しはしないが、十分に腹は立った。この苛立ちを一体どうしてくれようか。
「っ、はは・・・!このまま縊り殺すか?俺は構わんぞ・・・!」
仇遠に絞められ、みしみしと首の骨が軋むのをものともせず、鳴式は笑う。
・・・いつも、こうだ。どれだけ痛めつけようが、その痛みは鳴式には届かない。
本当に痛めつけてやりたいのは、縊り殺してやりたいのは、哥舒臨ではなく鳴式だというのに。
仇遠は歯噛みすると、近くに置いてあった竹筒を手に取った。今日という今日こそは、この憎き鳴式に痛い目を見せてやらねば収まりがつかぬというもの。
「・・・?何をするつもりだ?」
鳴式の疑問を無視し、竹筒の中の薬液を口に流し込む。途端、ぐらりと世界が歪むような感覚が仇遠を襲った。
ざわざわと心の中が騒がしくなり、暗闇ばかりだった視界に刃の竹林が現れる。そして仇遠の『心の鏡』は、哥舒臨の中に潜む鳴式の黒い影を克明に捉えた。
「・・・!」
仇遠は目を見開く。そして、狙い澄ました一撃を鳴式に叩き込んだ。
キィン──と清冽な音が響く。まるで振り抜かれた剣が空気を斬ったような、鋭く澄んだ音だった。
それは、仇遠だけが持つ特殊な『音』。より正確に言うのならば、彼の音痕から放出された周波数である。
仇遠は、自身と哥舒臨の音痕をぴたりと密着させたまま、共鳴の力を解放したのだ。彼の周波数は哥舒臨の音痕を通り抜け、その奥にある鳴式の影を直接揺さぶった。
「ゔ、っ・・・!」
鳴式は不快な嘲笑を途切れさせ、苦悶の声を上げている。
今まで、哥舒臨の肉体という安全な檻の中から吠えていた鳴式に、ようやく一発くれてやる事ができたのだ。仇遠は思わず口角を上げる。
「先ほどまでの威勢はどうしたのだ?某の周波数を浴びた程度で降参か?」
「っ、貴様・・・!今すぐこれを止めろ!不愉快だ・・・!」
「それは良いことを聞いた」
仇遠の行動はただの思いつきであったが、鳴式は思いの外ダメージを受けているようだ。
心の鏡に映る黒い影は身を捩り、仇遠の周波数から少しでも逃れようと蠢いている。だが、仇遠がみすみす逃すはずもない。
彼は鳴式の影を削るように、斬り刻むように、繊細に周波数を操った。鳴式の苦悶の声は大きくなり、やがて影は霧散していく。
そしてとうとう鳴式は「覚えてろよ」と捨て台詞を吐くと、哥舒臨の精神の奥底へと沈んでいった。


全年齢版はここまで!
R-18版はこちら↓
https://privatter.me/page/694805c52e776