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青
2025-12-21 22:29:19
3752文字
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兎穴に落ちて
暗い謎パロ。ライシュロとファリシュロ。変形魔王ifみたいな……。
迷宮の如く入り組んだ地下深くに、それらは棲んでいる。
彼はその二体がここへ輸送されてきた時から、保護と日々の観察を任されていた。研究員という肩書きなれど、やっている事はほぼ飼育員だな、と陰口を言われた事がある。しかしそうしておくしか、今の所は出来ないのだから仕方がない。
ここから少し離れた軍事国家で、生物兵器の研究が行われていたと判明したのは数年前の事だ。全く非人道的なやりようで、身寄りのない(親元から誘拐してきたとも言われているが、定かではない)幼い子供を改造して兵器に育てる、と言うから酷い話だった。実験体は寿命が短く、多くは早逝してしまったらしいが、それでも事が暴かれた時まで何人かは生きていた。
そのうちの二体が、彼の所属する組織に引き取られてきた。後天的に与えられた危険な力を消滅もしくは非活性化させ、普通の人間として暮らせる可能性を探る為である。件の国にあった研究施設は当然ながら他国の介入によって解体されたが、資料の類いはそこを司っていた悪魔じみた研究者達が全て持って何処かへ消え失せ、紙一枚残っていない。果たして不幸な子供らを、元の人間に戻せるかは、甚だ疑問だった。
ここにいるのは男女ひとりずつ。実験体T1、T2と呼ばれている。兄と妹であるらしい。もう大人になっていて、改造される前の記憶は殆ど無いが、それだけは互いに憶えているのだと本人たちがそう言った。そう、意思の疎通は可能だ。言語も知能も、見た目もほぼ二十代半ば程の、ただの人間に見える。兄妹はどちらも白金の髪に金の瞳をしている。よく見ると、瞳孔の形がひとのそれとは明らかに異なるし、妹の方は首筋と両足に白い羽毛が散見されるものの、特筆すべき外見的な異変はそれくらいである。
むしろ二人とも、彼が見る限り表情は豊かで、笑顔は穏やかだし、とても凶暴性は見いだせない。
分厚いアクリルの檻に閉じ込めておいて、本当に良いのだろうかと思える程に。
しかし、それこそが彼らが兵器として優れている所なのだと、彼の実の父親であり所属する組織の上司でもある男は言った。
――
ひと皮剥けば、あれらは魔物だ。
小綺麗な見た目に惑わされて、頭からぺろりと喰われぬように気をつけろ、と。
「シュロー!」
彼の本当の名は別にあるのだが、最初に言った時に上手く発音が伝わらず、そのまま呼ばれている。特に支障はないので、好きに呼ばせている。兄の方は彼がここまで下りてくると、飼い主の顔を見た犬の如く近寄ってくる。銃弾をも防ぐ透明な壁越しではあるが、マイクを通して会話が可能だ。
彼はこの施設においてある程度の権限を持っているため、食事を運んできたり健康状態を調べる以外にも比較的自由にここへ近付ける。今朝は検査のついでに差し入れを持ってきた。
「お前が言ってた内容に合っていそうな本を、幾つか見繕ってきた。気に入らなかったらまた探してくるが」
「ああ、ありがとう、嬉しいな」
抱えてきた本を、小窓を開けて中に入れてやる。
「私にも見せて」
個室が二つ並んでいる状態ではあるが、中の仕切りには扉がついていて行き来出来るようになっている。実質ここは兄妹二人の家だ。隣の部屋から妹の方が駆け寄ってきた。
彼女は硝子越しに彼の顔を見ると、にこりと微笑んだ。彼は何となく恥ずかしくなって、目を逸らしてしまう。
「全部面白そう
……
私も借りていい?」
「あ、あぁ
……
気に入ったのなら」
妹は兄の背中越しに、床に並べられた本を覗き込む。
「俺がシュローに頼んだんだぞ、ファリン」
「わかってる。兄さんが読み終わったらでいいの」
書類上はそう呼ばれる事はないが、彼らにも人としての名前がある。兄はライオス、妹はファリンだ。
兄弟は仲が良い。少なくとも彼が見る限りは。或いは今の身体になる前から、そうやって身を寄せ合って暮らしていたのかもしれない。今は全て、知る由もないが。
研究の特性上、外界と隔てられたこの施設では、兄妹が手に入れられる情報は書籍と新聞くらいのものだ。彼も初めはおっかなびっくり接していたが、こういう生活を続けて数年にもなれば段々と慣れてくる。同じ年頃に見えるからか、向こうも不思議と彼には心を開いてくれている、ように見える。
調査の結果、妹の方は何が混ざっているか分かり易かった。竜の遺伝子だ。しかし兄の方は、未だ謎が多い。何がどれだけ混ざっているのだか判らないというので、その方がより危険だ、というのが施設としての結論であった。一見とてもそうは思えない。少なくとも彼の前では。
「もう仕事は終わったの?」
「まぁ
……
」
べったりと硝子に掌を押し付けて問う男に、彼は嫌な予感がした。それなら話をしようと言われるかもしれない。そしてその予感は的中した。
彼の故郷はこの国とも、兄妹が元居た国とも別の場所にある。その異国の話を聞くのが面白くて仕方がないらしく、一度何かの慰みになるかと語って聞かせたところすっかり気に入ってしまった。以来、暇さえあれば何か聞かせてと強請られている。妹の方が先に眠ってしまっても、兄の方はずっと彼を離さない事があった。
せがまれて苦労する日もあるが、しかし突き放す訳にもいかない。彼らが精神的に不安定にならないよう努めるのも、仕事のうちだからだ。否、そうでなくとも
――
個人的に情が湧いていないとも、もう言えない。
「今まで居た所に比べたら、ここは天国みたいだよ」
「
……
」
「食事も美味しい、望みは叶えて貰える。ファリンも元気だ」
妹の寝顔を見ながら、じみじみと男がそう言った事があった。
「それに、きみがいるし」
本当に何がそんなに気に入ったのだか、彼にはよく解らない。
「ライオス」
「ん?」
「もし
……
ここから出られたら、何かやりたい事はあるか」
出られる予定があるの、と男は笑いながら言った。もしそれが叶うなら、それこそ夢のような話だというのは、本人達にも最早解っているのだろう。
「そうだなぁ、旅行がしたいな。ただの観光」
「
……
何処へ?」
「色々。きみの故郷もこの目で見てみたい。一緒に行ってくれる?」
そう語る横顔はまるで無邪気な少年のようで、彼は自分のした質問が逆に相手を傷つけたのではないかと、その後は応えてやれずに口を噤んでしまった。結局その話は、それでおしまいになった。
妹の方は、植物や小さな生き物に興味があるらしかった。彼がある時、何か世話をするものがあれば心の支えになるだろうかと、花の鉢植えを持っていった事がある。彼女は大層喜んだ。
「ありがとう、嬉しい」
屈託なくそう言われて、彼はやはり頬が熱くなるのを感じていた。
「ねぇ、私達のその
……
観察をする人は、いつか変わったりするの?」
「いや
……
今の所は多分、ないと思う
……
」
「そう。良かった」
蕾だった花はその後綺麗に咲いた。球根が残っているのでまた来年咲くと思う、と言われて、彼は我がことのように嬉しかったのを覚えている。彼女の笑顔がそこにあると、彼らが牢獄に閉じ込められた魔物である事を忘れそうになる。
けれども、結局の所ここは、儚い天国であったのだ。彼はそれを、やがて思い知る事となる。
「聞こえなかったのか。処分しろ」
上からのお達しだ、と父が言った。
可哀想だがどうにもならない。金にもならない、成功するかも解らない研究をこれ以上続ける訳にはいかないと。施設は閉鎖、哀れな実験体は無かったものとして扱え、と。
彼は全身の血が凍りついたような気分になった。曲りなりにも権限があったのは、所詮この施設の中だけだ。ひとりその決定に逆らう事も出来ず、それを彼らに伝えなければいけない日がやってくる。自分でも真っ青な顔をしていただろう。しかし、兄妹は一瞬驚いた顔をしたものの、顔を見合わせてから溜息を吐いただけだった。
「そうかぁ」
「仕方ないね」
いつかそんな日も来るんじゃないかと思っていた、こんな幸せが、いつまでも続く筈はないから。そう淡々と言われて、彼は硝子の壁に額を寄せた。
すまない、と謝る彼に、二人は微笑んだ。
「きみのせいじゃないだろ? でも、最期に聞かせて欲しいんだ。本当に、一緒に旅をしてくれる気はない?」
「私たちと」
彼は首を横に振った。
「行く。望むなら、何処までも」
「そう! そう言ってくれて嬉しいよ」
「ごめんね、シュロー。謝るのは私たちの方なの」
何を、とはたと彼は顔を上げる。変わらぬ金色の瞳が二対、彼を見つめている。夜空の星のように、輝いている。
「秘密にしてた事があるんだ。本当はね
――
」
その瞬間、分厚い硝子の檻に、大きな亀裂が走った。
表向きの報道はこうだ。郊外の発電施設がひとつ、機材の故障による爆発事故を起こした。幸い怪我人が何名か出たくらいで、人的被害は無いに等しかったが、地下に居たはずの従業員がひとり行方知れずになっている。
現場には血の一滴も落ちてはおらず、事故に巻き込まれた訳でも無いらしい。だというのに、まるで初めから居なかったかのように忽然と姿を消した。そして未だ、見つかっていない。
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