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花月ゆき
Public
ゆる赤安ドロライ
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第29回お題「マスク」
両片想いの赤安。無自覚れいくんが少しずつ自覚中。前々回投稿分・第27回お題(風邪or看病)で、マスク越しにれいくんにキスをしたあかいさん。なぜキスをしたのかとれいくんに問われて…
風邪を引いた降谷の看病をするために、赤井は降谷の自宅を訪れていた。
昼に訪れ、今は夜。外出していた時間はあれど、結果として随分と長い時間を降谷の家で過ごしている。
彼の自宅で過ごすということは、彼のプライベートの領域に踏み入っているようなものである。降谷に警戒されるかと思ったが、まるで普段から一緒に住んでいるかのように、降谷は自然体だった。もっと警戒した方が良いのではないかと心配したくなるほどに。
食事の後、降谷はなぜか体温計で測ることを拒むような素振りを見せた。しかし、額に掌を当てるだけでは正確に計測できない。赤井は体温計で測るよう促した。降谷はしぶしぶといった様子で体温計を脇に挟んだ。ピピピと陽気な電子音が鳴る。
「
……
下がりました」
降谷の差し出した体温計を覗き込み、赤井は安堵した。三十七度八分。解熱まで、あともう一息といったところだ。
しかし、降谷の表情は硬いままだった。声が掠れているので、喉の調子が良くないのだろう。
食後に服用する薬を降谷に飲ませて、赤井はキッチンの片づけをはじめた。
降谷は手伝おうとしてきたが、病人なのだから寝室で横になるように言うと、降谷はおとなしく寝室へ戻っていった。随分と素直である。風邪のせいで反抗する気力も湧かないのかもしれないが、彼なりに自分に気を遣っているのかもしれない。
寝室に戻った降谷は、コホコホではなく、ゴホッゴホッと喉を震わせるように咳き込んでいる。片づけを終え、赤井はのど飴を持って寝室に入った。
「随分と咳が激しいな」
「
……
ええ」
夜になると副交感神経が優位になるせいだろう。夜間の方が咳が出やすいことは、一般的にもよく言われていることだ。
「気休めにしかならんだろうが、少しは楽になるかもしれん」
のど飴の袋を差し出す。ありがとうございます、と礼を言う彼の声はどこか弱々しい。降谷は袋の中から一玉手に取って口に入れた。咳を抑えるほどの効果はないが、喉は若干潤うだろう。ンンッと咳を抑え込むようにしながら、降谷は言った。
「あなたもマスクをしてください」
「
……
ああ」
食事のときに外してから、ずっとそのままにしていた。降谷から新しいマスクを受け取り、紐を耳に通す。
自分は特に気にならないが、降谷は風邪をうつしてしまわないようにと気遣っている。枕元に置いてあったマスクをもうひとつ、降谷は手に取った。マスクを二重にしようとする彼の手を、赤井はそっと握る。
「マスクを重ねると息苦しいだろう。そのままでいい」
「でも
……
」
「もし君の風邪が俺にうつったら、そのときは君が看病してくれればいい」
「
……
わかりました。でも、なるべく僕から離れていてください」
「了解。だが、何かあったらすぐに呼んでくれ」
「はい」
本当はもっと彼のそばにいたかったが、風邪がうつって彼が責任を感じてしまうのもよくない。赤井はキッチンにあるテーブルの上で、ノートパソコンの電源を入れた。急ぎではないが、届いていたメールに一通り目を通す。そして、サーバにアップされていた資料をいくつかダウンロードした。資料を読みながらも、寝室で激しい咳をしている降谷のことが赤井は気になっていた。赤井は喉の症状に効く飲み物をネットで検索し、冷蔵庫の中やキッチンの周りを探った。目当てのものが見つかったので、すぐに湯を沸かす。
はちみつ入りの生姜湯を作って、赤井は再び寝室へと入った。降谷は掠れた声で礼を言い、一口一口を味わうように飲んだ。「甘い」と嬉しそうに笑う降谷に、胸がどきりとする。
更けていく静かな夜のひととき。降谷とひとつ屋根の下にいることを、赤井は今更のように意識した。部屋にある時計を見れば、もうすぐ二十一時になろうとしている。随分と彼の家に長居してしまった。彼を恋愛対象として意識している自分が、このまま彼の家に留まるのはあまりよろしくない。
何かあれば電話するように伝えて、自分はそろそろ彼の家を出た方が良いだろう。
「もうこんな時間か」
帰ることを匂わせると、降谷はハッとしたように顔を上げた。マスクをしているので、彼の表情は目からでしか読み取れない。その目が、今にも泣きそうな色を帯びたことに、赤井は息を呑んだ。
「
……
帰ります?」
自分の願望が混じっているのか。彼の目が、“帰らないで”と言っているように見えた。
今だかつて、こんなに判断に迷わされたことがあっただろうか。
降谷はまるで、置き去りにされる子どものような顔をしている。
彼の本心がどうであれ、こんな顔をしている降谷を放っておくことはできないと赤井は思った。
「着替えたら、また戻って来るよ」
そう告げると、降谷の目がふわりと緩んだ。
「よかった」
降谷が小さく呟くのが聞こえる。どうやら自分の判断は間違ってはいなかったようだ。
降谷の部屋の鍵を借りて、一度家を出る。宿泊先として抑えてあるホテルでシャワーを浴び、ラフな服装に着替えた。明日は降谷の自宅からそのまま仕事に向かえるよう、マスタングには着替えを積んでおく。
再び降谷の家に戻ると、ドアを鍵で開けてすぐに、彼が廊下に立ち尽くしていることに気づいた。いったいいつからここにいたのか。暖房のない廊下は冷える。病人である彼がいていい場所ではない。彼の行動を咎めるべきなのだろうが、自分の帰りをここで待っていたのかと思うと何も言えなかった。
「おかえりなさい」
彼がふわりと笑う。まるで、帰りを待ち侘びていたとでもいうような表情だ。
「あ、ああ」
寝室へ行くと、布団がもうひとつ、部屋の隅に敷いてあった。彼の風邪がうつらないよう配慮された距離。自分のために敷いてくれたのだろう。その布団の隣には、小型の家電とホースのようなものが伸びている。これは何かと思っていると、降谷は言った。
「もう暗いので、外で干せなくてすみません。取り急ぎ、布団乾燥機を入れてあります」
自分のことは気にしなくて良いのに、降谷はまるで客人をもてなすように自分に接する。
熱が幾分下がり、行動しやすくなったからなのかもしれないが、まだ激しい咳が出ている状態である。彼には安静にしていてほしい。
「ありがとう。それより、君は早く横になるんだ。また熱がぶり返すかもしれないからな」
降谷は頷き、おとなしく自身の布団に横になった。
赤井は降谷の隣に座り込んだ。降谷はうとうとしながら、こちらを見ている。
「今日は、来てくれてありがとうございます。あなたのおかげで、助かりました」
そう言ってすぐ、降谷はゴホゴホと咳き込む。
「もう休んだ方がいい」
降谷はこくりと頷いて、目を閉じた。時折、身体を震わせて咳をする姿が痛々しい。
自分用の布団は用意されているが、赤井はまだ眠る気にはなれなかった。とはいえ、このまま自分がここにいては、彼も気になって眠れないだろう。
赤井はそっと降谷から離れて、キッチンへと向かった。テーブルの上に置いてあったノートパソコンの蓋を開ける。何も操作しない時間が続くとすぐにロックがかかってしまうので、長い文字列を打ち込んでロックを外した。
読んでいた資料の続きを読みながら、気になった点や調査すべき点を洗い出す。
ノートパソコンの右下に表示されている時間が零時に変わり、赤井は視線を上げた。自分が今日一日、煙草を吸っていなかったことを思い出す。普段は呼吸をするように自然と煙草を口にしていた自分が、煙草の存在を今まで忘れていたのだ。不思議と吸いたい気分にもなれず、ただ一息つきたくなり、赤井は買っておいた缶コーヒーを手に取った。冷たくもなく、温かくもない。中途半端に生ぬるい珈琲を飲みながら、気がかりなのは降谷の身体の具合だ。
赤井は足音を立てないよう気をつけて、寝室へと向かった。降谷の布団の隣に、静かに座り込む。少しは咳もおさまってきたのか、降谷の表情は穏やかだ。
咳と喉の乾燥を防ぐため、降谷はマスクをつけたまま眠っている。
ふと、昼間のことを赤井は思い出した。
目を閉じている降谷に、マスク越しにキスをした瞬間のことが、脳裏に浮かび上がる。
マスク越しなので、唇は触れていない。だが、ひどく興奮を覚えたのは事実だ。
もし本当に降谷の唇に口づけることがあれば、自分はどうなってしまうのか。想像するだけで、胸が高揚する。
しかし今、自分たちはそのような関係にない。キスをノーカウントにできるかできないかの瀬戸際の一線。マスク越しが精一杯だ。
赤井はそっと降谷に顔を近づけた。互いのマスクがかすかに触れ合ったところで、降谷が目を開く。
赤井は反射的に降谷から離れた。降谷は喋るために一度咳払いをしたあと、小さな声で言った。
「やっぱり、僕の勘違いじゃなかった
……
」
「ふ、降谷君
……
」
「これで二回目、ですよね」
降谷が確信を持った口調で言う。
「気づいていたのか
……
」
降谷がこくりと頷く。
「なぜ、僕にこういうことを?」
背中にひやりと冷たい空気が触れるような感覚があった。
これまで彼と築いてきた、まるで“友人のような関係”も、ここで終止符を打つことになるかもしれない。
しかし、誤魔化したり、嘘をつけば、彼を傷つけてしまう。そんな予感があった。
純粋に問いかける降谷に、赤井は真剣な声で言った。
「
――
君のことが、好きだからだ」
「好き?」
彼が目を瞬かせる。縋るように布団の端を握る降谷の手を、赤井はそっと握り締めた。
「ああ。愛おしいんだ、君のことが」
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