けがわ。
2025-12-21 20:54:55
2852文字
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君の特別

ユキモモ

百の特別になりたい千のお話。

 モモは”みんな”に愛されている。……本当に”みんな”から。それに対してモモも目一杯の愛情で返す。それが僕にとっては少し納得がいかない。
 ライブ中やバラエティー番組でも、後輩に囲まれている時にだって口にする『みんな大好き』。まさか、そのみんなの中に僕も含まれていたりするのか? ——と、そこまで考えたところで僕は思ったんだよね。全部が好きってことは、どれも特別ではないってことなんじゃないかって。……それはちょっと、というか、かなり嫌だ。端的に言ってしまえば、僕はモモのことが好きだ。”みんな”じゃない。モモだけが”特別”に、好き。
 流しっぱなしにしているテレビには、いつものようにカメラに向かってとびきりの笑顔を咲かせながら、毒を振り撒くモモの姿が映っている。——『みんな大好き』って。
「ユキ、怖い顔してるよ? どうしたの?」
 眉間に皺を寄せてテレビを睨みつけていると、モモが僕の顔を覗き込んできた。大きくて丸い瞳をぱちぱちと瞬かせて首を傾げる仕草はあざとくて、幼さすらも感じる。僕と一つしか違わないというのに、何でこんなにも可愛いらしいのだろうか?
 モモは「アイドルはみんなのもの!」って言うけれど、僕はそんなこと思ってない。ずっと、モモが僕だけのものだったらよかったのに、なんて考えている。まあ、本人にはこれっぽっちも伝わってなんかいないだろうけど。
「ユキー? 大丈夫?」
「モモ」
「およ?」
 僕の隣に腰を掛けるモモの手を握り込んで、真剣な眼差しを向ける。ぱっちりと開いた大きな瞳はさらに大きさを増して、マゼンタの全葉が見て取れるようになった。
「モモって僕のこと好きだよね?」
「あったりまえじゃん! 大好きだよ!!」
 満面の笑みで間髪入れずに返ってきた、わかりきっていた返事。モモは”大好き”を口にすることに抵抗はないから、息をするように相手に好意を伝えるんだ。
 それがすごく、気に入らない。
 僕はモモの特別になりたい。みんなと同じなんかじゃない、憧れや、ファンとも違う。モモ自身が男として、僕を、僕だけを特別に想ってほしい。好きになってほしい。
「モモ、今のはどういう意味の『好き』? 僕のこと、そういう意味で好きになってくれてる?」
「は……?」
 僕は人の感情の機微に疎い。だから、はっきり言ってくれないとわからない。それにモモの心は複雑で、長く一緒にいてもわからないことも多く、それで知らない間に傷つけてしまったこともあった。だからもう、間違えたくはない。
 僕の質問に対して、間の抜けたような表情で固まって数秒。漸く言葉の意味を理解したのか、じわじわと赤みが増していく頬は、桃というかリンゴに近い感じだ。
 こんな顔をするくせに、他人にも平気で『好き』と言うんだ。だいぶ自覚が足りないんじゃないか?
「言って」
「な、に……急にどうしたの?」
 たじろぐモモは徐に視線を外し、僕から逃れようと身を引くから、余計に握る手に力を込めた。
「モモ」
……っ、」
 逃げるな。視線に力を込めてモモを真剣に見つめると、顔に影を落としたモモは、俯いたままフルフルと首を横に振った。その動きに合わせてパサパサと揺れるツートンの毛先に手を伸ばして指先を通すと、ピクリと肩が跳ね上がった。
「ユキ……?」
 他人にはお節介を焼くくせに、自分のことになると途端に臆病になる。
 優しくて、誰よりも真っ直ぐで、一生懸命で。そんなモモだからこそ、好きになれたんだ。
 突然頭を撫でられて、戸惑いの表情を持ち上げたモモに、できる限りの優しい笑みを向けた。
「ちゃんと言えたら、ご褒美あげる」
「ごほうび……?」
「うん。とびきり甘いやつ」
 モモと出会って、沢山の優しさをもらって、人に優しくする意味を知った。だから僕も、少しずつ返していきたい。相方としても、恋人としても。それに僕は貪欲だから、相方だけではもう足りない。恋人としての愛情だって受け取りたい。こんなに沢山もらってるくせにって、後輩くんたちには笑われてしまいそうだけれど。
「言ってよ、モモ」
 言わせるのはズルいってわかってるけど、強引にいかないとモモは僕から離れていってしまうから。
 こぼれ落ちる限界まで瞳を潤ませて、微かに唇を震わせているモモの体をそっと包み込んだ。
 僕よりも温かくて、僕よりもずっと筋肉質で、硬い。それなのに、こんなにも愛おしくてたまらない。
「っは……
 僕の首筋にモモの熱い吐息がかかると、擦り寄るように鼻先を埋めてきて、遠慮がちに背中に腕を回して服をクシャっと掴んでくる。可哀想なくらい震えていて、思わず抱きしめる腕に力を込めた。
「大丈夫だから」
「っ、ユキ……
「うん」
……っ、すき……だよ、ユキが好き……オレの特別で、憧れで……。ずっと、ユキだけが、だいすきだもん……
「ふふ、うん。ありがとう」
「ゔ~……もう、かんべんして……
 僕が一番欲しかった言葉をくれたモモは、頭から湯気が出てしまいそうなくらい、耳の先まで真っ赤に染まっている。そんなモモが可愛くて、嬉しくて、力一杯ぎゅうぎゅう抱きしめると、苦しいと呟くモモの顔を覗き込んだ。
 眉を寄せ、困ったようにはにかんでいるモモは、僕と目が合うと恥ずかしそうに胸に顔を埋めて、強く抱きしめ返してくれる。
 モモの愛情をダイレクトに受け止めたあばらが、ミシミシ悲鳴を上げ始めたところで軽く背中を叩いた。
「ぅ……も、モモ、それ以上抱きしめられたら僕折れちゃうかも……
「っぁ! ご、ごめん!」
 慌てて僕を開放し、距離を取ろうとしたモモの後頭部を引き寄せ——瞬時に距離を詰める。
——んぐっ!?」
 ほんの一瞬の出来事に頭が追い付いていないのか、唇を重ねたまま大きく開いた瞳を白黒させている。驚きと戸惑いが混じったような、そんな表情だ。それでも僕を受け入れてくれるように、強張っていた力は次第に抜けていく。
 抱き合ったまま何度も唇を甘く噛んで、重ね合わせて。モモの体が傾くと追いかけるように覆い被さった。
「ちゃんと言えたご褒美」
「ふぇ……?」
「ふふ、僕もモモが好きだよ」
 涙が滲む目尻を指先で拭い、至近距離で呟いて、また抱きしめる。
 それに対してモモも優しく抱きしめ返してくれるから、吐息だけで微笑んだ。
 ……やっと手に入れた、僕だけのモモだ。
 重なった胸から互いの鼓動が同じ速度で高鳴っているのがわかる。
 これからも、沢山喧嘩して、泣かせて、怒らせることがあるかもしれない。だけど、それ以上に沢山笑顔にして、幸せにしてやりたい。こんな風に思うのはきっと、僕の生涯でモモだけだろう。
——愛してる」
 らしくない言葉を口にして、顔を見られないようにモモの首筋に顔を埋めた。
「ユキ……オレも……
 ——あいしてる。
 消え入りそうな小さな呟きに、僕は久しぶりに心の底から笑った気がした。