77nairo
2025-12-23 23:00:00
1396文字
Public
 

どこ行く? なにしてる? なに食べる? 12/23


 JR千駄ヶ谷駅の周辺は、ウインドブレーカーやベンチコートを着込んだ人たちでごった返していた。大きなクーラーボックスやドラムバッグを抱えている人が多いせいで、あちらこちらで衝突事故が起こっている。そんな人波を掻き分けて一之倉と松本が毎年恒例の待ち合わせ場所にたどり着くと、深津が一人、スマートフォンをのぞき込みながら立っていた。
「あれ? 深津だけ?」
 一之倉の声に、深津が顔を上げる。
「ピョン」
「お、ピョンに戻ってる」
 久しぶりに会う深津は、髪をきちんとセットして小綺麗なロングコートを羽織っていた。ベンチャー企業の若社長と言っても通用しそうな出で立ちだが、唯一、首元のマフラーにはチームのロゴが入っている。深津はおととし現役を引退し、今シーズンからBリーグチームのコーチに就任した。
 深津が先頭に立って歩き出す。バスケ関係者が集まっているせいか、足早に歩く深津や松本にはじろじろと不躾な視線が向けられた。松本は深津よりも更に数年前に引退したけれど、今は過去の試合映像なんて動画サイトでいくらでも見られる時代だ。ウインターカップの観衆なら二人に見覚えがある人も多いだろう。
 周囲の視線なんて構わず、松本は深津の腕をつついた。
「今日、自分のとこの練習はいいのか?」
「チーム練習は夕方からピョン」
「他の奴らは?」
「河田は台湾で大会があるから来られないって言ってたピョン」
「あいつ、いつまで現役やるんだ」
「キングカズが引退したら河田も引退するらしいピョン」
 一之倉が二人の会話に口を挟む間もなく、東京体育館に着いてしまう。当日券売り場の前にはそれなりの列ができていて、ここ最近のバスケ人気を感じさせた。決勝戦ですら閑古鳥が鳴いていた年もあったことを思うと、ありがたいばかりである。
 その行列を横目に見ながら、深津がコートの内ポケットから前売り券を取り出した。関係者席でもなんでもない、一般自由席のものだ。山王の同期たちとウインターカップの応援に来るようになった大学生のころから、それは変わらない。
「野辺は? あとから来るのか?」
「ゆうべ野辺の奥さんが産気づいたから、今日は来られないピョン」
「えっ!」
「大変だ」
 目をまん丸く見開いた一之倉と松本に、深津がにやりと唇の端を上げる。
「そして、さっき生まれたって写真来たピョン」
「えー!」
「すごいな、四人目だろ?」
「既に野辺そっくりピョン。あとで写真見せるピョン」
 もぎりの列はスムーズに進んで、三人は一年ぶりに東京体育館のエントランスに足を踏み入れた。一気にざわめきが濃くなる。まだ試合前なのに、熱気で息苦しいくらいだ。
「さて、二人は席取りに行けピョン」
「オッケー。三階の真ん中あたりね」
「俺はなんか買っていくピョン。なに食いたいピョン?」
「このあとラーメンも食いに行くんだろ? 太るぞ」
 じゃれ合っているオジサン二人を残して、一之倉はスタンド席に続く階段を登った。観客のざわめきよりも重く響くドリブル音と甲高いスキール音に、身体の芯が震える。
「やっぱりいいな、ここは」
 階段の最後の一段で立ち止まった一之倉の背中を、大きな手が押した。振り返れば、一之倉が恋をした高校生の頃と同じく、アリーナのライトにきらきらと目を輝かせる松本がいる。
 最後の一段、二人は並んで足を踏み出した。