狭いシングルベッドには男二人がぎゅうぎゅうと詰め込まれている。汗ばんだ互いの素肌が触れ合って、生ぬるくも心地よい温もりが二人を包んでいた。
「君のここに、穴を開けても?」
シャアはアムロを抱えるように半ば体の上に乗せて、腕の中の男の、柔らかくうねる髪を掻き上げた。そのまま長い指先がアムロの左耳に触れる。耳朶をふにふにと触りながらそう言われて、アムロはきょとんとした。
「……ピアスってことか?」
「ああ」
「なんで?」
純粋な疑問を返す。シャアはそのまま耳朶をなぞるように触れながら、「君はまだ、宇宙には上がらないんだろう」と続けた。
「離れても、私のことを忘れないように」
「……あんなことしておいて忘れられるわけないだろ」
――ダカールでのシャアの演説は成功をおさめ、アウドムラは祝宴の喜びに満ちていた。その喧騒からひとり離れたシャアを追い、夕日の見える窓辺で二人で酒を酌み交わしたのは、少し前のことだ。
ぽつぽつと酒の力を借りながら話していたのが悪かったのか、思っていたよりも酔いが回っていたのか。お互いの視線がふと絡んだのをきっかけに、自然と口付けたのが、夜のはじまりと言えた。
シャアが唇を落とし、その意味を察しながら、アムロも拒まなかった。そこからはもう、なし崩しだ。心地よい酩酊、作戦が成功した歓喜と興奮、口付けによる僅かな快楽。その先を求めてしまったことに後悔はない。憎しみあった敵だったはずなのに、今では同じ傷を分かち合う、たったひとり。あらゆる欲や感情をぶつけ合ってようやく落ち着いた頃には、部屋の外は深い眠りの世界に染まっていた。
そうしてふたり、事後の気だるさを抱えながらシングルベッドの中にいる。
「私の傷も、君の肩の傷も、あの戦いの名残みたいなものだろう? 敵として刻んだものだ。けれど今は、……今だけは、君は私の隣にいる。私を受け入れてくれた。そうであったことを忘れたくない。フム、記念みたいなものかな?」
「そんなこと言ってたら、抱き合うたびに俺の身体に傷を残すことになるんだが」
「ほう……次を期待していいのか」
「…………今のは忘れてくれ」
一夜の過ちではないと暗に告げてしまったようで、羞恥からアムロが目を逸らした。シャアは喉の奥で低く笑って、男を抱く力を強める。
「……いつか」
顔を背けたまま、ぼそりとアムロが声を落とす。背けていても、結局シャアの腕の中にいるため、ほんのりと赤く染まった頬も耳朶も、シャアにはよく見えた。
「いつか宇宙に上がった時にでも、ちゃんとしたピアスをくれるなら、いいよ」
「……いいのか」
「うん」
そろりと視線を戻せば、青い瞳が喜びに煌めいているのが見えた。く、と柔らかい耳朶に微かに爪が立てられる。
「ではいつか、ここに。君が私の隣にいてくれる証を贈ろう」
「……なんだかプロポーズみたいだな」
「ほう? 確かに、指輪の代わりにピアスになったようなものか。ならば約束が成立して、今は婚約状態か?」
「ぼくとあなたが? あは、酷い冗談みたいだ」
アムロがくすくすと笑う。シャアがおもむろに彼の耳元に顔を寄せると、わざとらしいほど熱っぽくささやいた。
「世の中には個人的な契約がいろいろとあるが、一番拘束力があるのは婚姻だったな」
「……う、わ……、ちょ……っとその言い方は…洒落にならないな…」
そこはかとなく執着を滲ませる男に、アムロの口元が僅かに引き攣った。男は意味深に微笑むだけだ。
「フ……では、予約しておこう。ここに。私がつけた傷に、私のものだというピアスを。良いものを見繕っておくよ」
待っていてくれ、とシャアが言う。また降ってきた口付けを、アムロは目を閉じて受け入れた。
穴のあいた左耳に触れる。あの日から、すでに幾月か時は流れている。
戦いの只中に在るアウドムラにピアッサーなんて小洒落たものはなく、医務室の針を拝借して炙り、シャアの手でぶっすり刺されただけのそこ。それなりに痛かったし、衛生的にもよろしくない方法だったので当然上手くいくはずもなく。結局、シャアが宇宙に戻った後にピアッサーを買って、アムロ自身の手であけなおしたピアス穴だ。
ファーストピアスはとうに外した。その後は何もつけずに、塞がらない穴だけが残っている。
――シャアは、消息不明と聞いていた。グリプス戦役と、立て続けに起こった第一次ネオ・ジオン抗争もやがて収束。そうして時が経ち、あの目立つ赤い彗星は器用に雲隠れしてしまった。けれど、アムロにはわかる。シャアは死んでいない。何を企んでいるのかまだわからないけれど、死んではいないのだ。
アムロもまた、心を定めて重力の井戸から飛び立ち、宇宙へと上がった。恐ろしくも懐かしい無重力の暗闇の中、遠くの星々が煌めいている。
「……いつまで待たせるんだよ、ばか」
まだ塞がらないピアス穴は、契約の証を待っている。あの日の口約束。プロポーズのようだと笑った言葉。互いの温もりで慰め合った心にも、きっと塞がらない穴があるのだろう。
アムロは結局、忘れることも諦めることもできないまま、今も彼の答えを待ち続けていた。
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