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spmm8ck9
2025-12-21 17:15:53
3973文字
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玉響の神話
再創世後の世界にいた、丹恒の司祭の話
玉響(たまゆら):ほんのしばらくの間、一瞬
黒檀の髪と尖った耳を持った彼は、大地の司祭になるべくして生まれたのだと人々から寿ぎを受けて誕生した。
彼は皆を失望させることなく、タイタンの声を聴く司祭として大成した。しかし大地のタイタンは非常に寡黙で、その声が届けられたことは片手にも満たない。これでは宝の持ち腐れではないか、と司祭は祈る手に隠れて嘆息する。彼は、けして敬虔な信徒ではなかった。人々の期待と尊敬に内心背き、崇める神に疑いの目さえ向けているのだ。
大地のタイタン、丹恒。
其は天外の海からオンパロスに飛来した水の龍であったそうだ。同じく天外からやって来た世負いのタイタン・穹と歳月のタイタン・三月なのかの友であり、天下のタイタンたちに協力して暗黒の潮を追いやったという。
また世負いと歳月の仲違いにより、穹が歳月の迷宮に囚われた際には自ら迷宮に分け入り、千年をかけて友を救い出したという神話を持つ。その旅路の中、丹恒は獣たちを守る痩せさらばえた大地獣に出会い、死の間際にあった其れを憐れみ、生きとし生けるものを八荒まで連れて行くことを約束した。
出来過ぎじゃないか、と司祭は思うのだ。慈悲深く辛抱強い不朽の神。我々を愛するのが当たり前だと言わんばかりだ。
天外からここに来たのは。二柱のタイタンを友としたのは。天下のタイタンたちに協力したのは。千年友を探したのは。大地獣と約束したのは。
すべて本当に、丹恒の意志によるものだったのだろうか?
自ら望んで、これほど多くの辛苦を負ったのだろうか?
そこに期待や、強制や、押し付けは全く、ひとつとして存在しなかったのだろうか?
例えば黒檀の髪と尖った耳を生まれ持ったが故に、敬虔な大地の司祭となることだけを望まれ、強制された彼のように──。
たったひとつの諦念すらも、大地のタイタンは持たなかったというのだろうか?
彼は幾度となくタイタンに問いかけたが、答えは未だ返ってこない。それも致し方ないことだ。大地は、世負いが目覚める神託の時まで眠ることを選んだ。「壊滅」という厄災との戦いに馳せ参じ、穹を助けるそのために──これもまた、丹恒の背負う辛苦のひとつだった。
タイタンよ、あなたは真にそれを望むのか──石造りの巨大な神殿の中、祈言を捧げる者たちに紛れ、司祭は飽き足らずそれを問いかける。
いつも通り、応えはないはずだった──だが。
──
…………
溜息交じりの低い囁きが、神殿に響き渡る。皆一斉に顔を仰がせた。
「タイタンの御声だ」
「大地が何か仰っている」
「司祭よ、丹恒は何と?」
数多の視線が彼に向けられる。それらを見返すこともせず、司祭は声の余韻を探すかのように、何もない空間を見上げ震える声で答えた。
「
……
世負いのタイタンの名を、呼ばれました
……
!」
おお、と
漣
さざなみ
のような感嘆が広がっていく。
「信託の時が訪れた
……
!」
「大地のタイタンが、お目覚めになる
……
!」
いつ、どこで、どのような形で
……
ざわざわと、人の口が忙しい波を作り出す。だがそれを叱咤するように──
地震
ちぶる
いが、ひとつ。
ハッと押し黙り、辺りを見回す。地震いが、更にひとつ。天井からパラパラと落ちる砂埃に、司祭は我に返って声を上げた。
「皆さん、一度ここを離れましょう! 慌てず、騒がず
……
!」
その間にも三度目の地震いが足元を震わせ、四度目の地震いが人々を急き立てる。五度目の地震いの最中には、外からの悲鳴が齎された。
「司祭様! 大変です!」
「どうしましたか」
泡を喰って報告に来たのは、神殿を守る兵の一人だった。その中でも大地獣の部隊を率いる豪胆な戦士が、狼狽え切って叫びをあげる。
「大地獣たちが、突然勝手に移動を始めたのです! 獣舎の扉を叩き壊し、塀を突き破って
……
! まったく命令を聞きません!」
息を呑む音に、六度目の地震いが続く。
大地獣の狂奔の原因は、この地震なのだろうか? いやそんなことはない。彼らは強く賢く、何より大地に根差した種だ。小さなものたちのように、足元からの震えを恐れ怯えるはずもないのに
……
。
神殿から脱出した人々が、神殿を頼って集まってきた人々が、口々に不安の声を上げている。その中に、高い場所からの訥弁が響いた。
「司祭よ。大地の司祭よ」
只人の倍はある巨躯に、青い肌。頭部を鉄仮面で隠した山の民は、その大きな手足をゆっくりと繰って現れる。
「飛び出して行った、動物たちが。厩舎から。家から。森から。山から」
「この地震に怯えているのでしょう。皆、大地獣や動物たちを追うのは後にしなさい。下手に追いかけたら、こちらが正気を失った彼らに害されかねない──」
「違う。そうではない」
しかし巨人は首を振る。その時、不意に司祭は気が付いた。仮面の奥から発される声に、恐怖も戸惑いもないことに。
「目的がある、彼らには。目指している、一点を」
大きな手が持ちあがり、青い指先が地平を指した。
「丹恒の、拍動を」
七度目の地震い。気付けば司祭は、そこへ向かって駆け出していた。
背を追う人々の声に、何を返したのかも思い出せない。ただ大地を蹴って、地震の中心点──タイタンの元へと走る。
ただ一人の道行きではなかった。民家から飛び出す犬や猫。柵を押し退けて駆け出す山羊や馬。木々の合間から飛び降りてきたリスや鼠。空を翔ける大小さまざまな鳥の影。二本脚の疾駆は、それらに容易く追い越されていく。
彼は息せき切って、遠のく動物たちの背を追った。八度、九度、十度の地震い。その度に大地へ転がりそうになりながら、必死に体勢を立て直して走った。
そうして都市から離れ、十一度目の地震いの中。彼はとうとう足を止めた。
森のように林立する、大地獣の長い首。都市で飼われていたものだけでなく、野生のものも混じっている。彼らは短く太い四つ足を大地に折り、車座になって地面の一点を見つめている。
大地獣の内側には、体の大きな動物たちが、やはり四つ足を折って伏せている。肉食のものも、草食のもの、飼育されていたものも野生のものも、一切の垣根なく静かに何かを待っている。
そしてその内側には犬や猫やキメラといった小さな動物たちが、更に内側にはもっと小さな生き物たちが、等しく大地に腰を下ろし、一点をじっと見つめているのだ。
十二度目の地震い。
司祭は疲れ果てた足を動かし、鹿と犬の間で歩みを止めた。動物たちは人間を恐れることもなく、彼もまた動物たちを恐れなかった。ただ先達に倣い、大地に両膝を折る。視線は中央、何の変哲もない地面に向かう。露わな土の色に、数多の生き物の視線が注がれている。
そして、十三度目の鼓動の後。
何もなかった大地に、小さな芽が現れた。
土を押し上げたそれは柔らかな双葉に別れ、更に伸び上がっていく。太くなった幹が土を押し退け、枝を広げて高みを目指す。簡単に摘み取れそうだった小さな芽は、一呼吸の間に若木へと成長していった。
尚も成長は止まらない。幹は一層太くなり、青葉を茂らせた枝が大きな影を作る。大地に止まっていた鳥が飛び立ち、リスや鼠がうねるように育ち続ける樹肌を駆け上っていく。小さな獣の姿を目で追ううちに、大樹は大地獣の頭すら超すほどの巨樹へと育ち上っていた。
まるで歳月の神跡だ。腰を抜かして天を仰ぐ司祭の耳に、鳥たちの囀りが届く。
羽あるものたちは巨樹の周りを飛び回る。その中の白い一羽が幹の近くまで羽ばたくと──きらり、微かな木漏れ日を弾いて、何かが光った。
人間の視力では、捉えられるはずもない。だけれど彼は確かに、その目で見たのだ。金色の籠手を着けた手が、その指先に白い小鳥を止まらせたのを。
風が吹き、緑葉が揺れる。樹の幹に凭れかかる、黒檀の髪をした青年の姿が露わになる。
その頭部には、大地獣のような黄金の角がふたつ。危なげなく立ち上がったその背には、太く長い尾があった。体を駆け上がり肩や尾に止まる小さな命を煩がる様子もなく、結わえた長髪を棚引かせて青年は樹上を歩む。その顔が向かう先はオクヘイマ──万象の座が
御座
おわ
す場所。
不意に、獣たちが青年の体から離れていく。空を打つ鳥の羽ばたきに、司祭はハッと身を正した。
発
た
たれてしまう。焦燥に口を戦慄かせ、彼は必死に声を上げて呼びかけた。
「──大地のタイタン、丹恒よ
……
!」
遥かな都市国家を望んでいた顔が、足元の信者へ向けられる。だが、もう、司祭は言葉を発せられなかった。
お尋ねしたいことがあったはずだ。教えていただきたいことがあったはずだ。
だけれどタイタンの、その奇跡を、その偉容を目にしては、賢しく言葉を紡ぐ余地などありはしなかった。呼びかけただけで惚けてしまう己を鼓舞する言葉も忘れ、ただひたすらに樹上のタイタンを仰ぐ。呆れて放られても仕方ない醜態。
だが。
「
……
不朽不滅を
以
もっ
て」
決して大呼ではなかった。低く、静やかで、けれど耳を強く打つ声色で。
「この地に『開拓』を齎さん!」
それを最後に、丹恒は黄金の龍へと姿を変え、高い笛の音と共に飛び立った。長大な雄姿は空を切り裂き、真っ直ぐに友の元へと馳せ参じていく。
司祭はただ、龍の飛ぶ先に向かって祈りを捧げた。それまで胸に巣食っていた、疑いも鬱屈も既に無かった。言葉にならない無私の願いだけが、大地の祈言となって巨樹の影の中で詠われる。
慈悲深く根気強い不朽の神は、彼に答えをくれたのだ。
龍の姿が見えなくなっても、司祭はずっと祈り続けていた。
世界が終わる、その短い時までの間、ずっと。
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