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宮腰
2025-12-21 17:08:49
20004文字
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ソーマセーマ【3・前編】
ヌヴィリオ/執行官if
法無き自治区ナド・クライ。
そこで互いに『裏の顔』のまま出会い、初めての恋と真実を知るお話。
【1】→
https://privatter.me/page/68f336de454f1
【2】→
https://privatter.me/page/6918766c5a792
【3・後編】→
https://privatter.me/page/694b8cae851a7
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5
◆
秘聞の館での話を終えたヌヴィレットはいちど領事局へと戻り、今日入手できた情報をまとめてそのまま休むこともなく再度外へ向かった。そんなヌヴィレットを見てセディルが首を傾げる。
「ヌヴィレット様、どちらへ?」
「ノヴォキッチェヴへ。すまないが、私の行き先は誰にも言わないように」
「ノヴォ
……
!? え、ヌヴィレット様!?」
「祈月の夜までには戻る」
そう言い残し、ヌヴィレットはナシャタウンを後にした。
鉱業と酒造業で有名なスネージナヤの町、ノヴォキッチェヴ。港湾局の職員にノヴォキッチェヴまでの一番早い船を手配してもらい、そこへ向かった。夜には到着する筈だとの言葉通り、月明かりが降り注ぐ中ノヴォキッチェヴへと到着した。港湾局の職員から信頼できる現地の役人へと連絡を入れておいてもらい、その日のうちに話を聞くことができた。
「ああ、とある事件に関しての調査だ。私の名前を出してもらって構わない」
フォンテーヌ最高審判官が小さな町へ直接赴いた目的は、ふたつ。以前この近辺に領地を持っていた公爵家について。それと、地下格闘場について。
すると、人の良さそうな現地の役人はヌヴィレットの質問に「ああ、」と何かを思い出してくれたらしい。公爵家と言えば、と話を聞かせてくれた。
「フェイ
……
?」
ええ、と役人が頷く。いまは無きノヴォキッチェヴの公爵家といえば、あの家のことだろうと。フェイなのではないかと噂があった老紳士で、見目の良い孤児達を引き取り愛でていたという。
「おそらくその人物で間違いない。彼は他界なされたと耳にしているが、本当だろうか?」
随分と前に、と役人はヌヴィレットの問いへ肯定を返す。後継者がいなかった公爵家は彼の代で断絶した。ここまではリオセスリから聞いた通りだ。だが、その話には続きがあった。
──公爵様が最後に引き取った子が、その地下格闘場で不敗の猛者と呼ばれていたんですよ。
「格闘場で?」
役人の記憶では、歳は十五か十六くらいのとても綺麗な少年だったとか。老紳士が逝去したあと配達や工場のバイトで生計を立てていた少年は、その綺麗な顔からは想像できぬ腕っ節の強さであった。それを活かさないかと地下格闘場へ出場する権利を与えられ、連戦連勝。不敗の王者へと瞬く間に駆け上がった。
だがその後、少年は忽然と姿を消してしまったそうだ。
「
……
ふむ。その後、彼と連絡を取っている者は?」
腕が立つだけでなく、頭も器量も良い少年だ。要人の警護だとかマフィアの愛人だとか、ファデュイからスカウトされたとか。様々な噂はあったが、真実は誰も知らぬまま話は風化してしまった。ずっとノヴォキッチェヴに住んでいる役人でさえも、ヌヴィレットからの依頼を聞いて思い出したくらいだ。特に親しい者もいなかったそうなので、住民達の記憶からも少年の存在は消えているだろうと。
「そうか。非常に有益な情報を得た、感謝する」
お役に立てましたか、とホッとしている役人の男へ感謝を述べた。
点と点が徐々に繋がって行き、おぼろげであった輪郭が少しずつ明らかになって行く。それはまるで、雲間に隠れた月だ。雲の間から光は射し込んでいるのに、姿は見えない。その向こうに在るとは分かっているのに、自分の手は届かず雲を払うことができない。
だが、ヌヴィレットはあらゆる可能性を試し雲を払い除けることを選んだ。
もしかして、雲を払う前に逃げられてしまうかもしれない。思っていた姿ではないのかもしれない、非常な現実と凄惨な事実を突きつけられるのかもしれない。
それでも、私は目を背けない。
──彼の名はリオセスリ、ではないだろうか。
──ああ、そうそう! フォンテーヌの綴りはどうも覚えづらく
……
。
覚えにくい名前の少年だった気がするのですが。ノヴォキッチェヴを後にする時に見送ってくれた役人と交わした会話だ。リオセスリと言う名は覚えづらい綴りだ。フォンテーヌでもかなり珍しい名前だ。
薔薇は薔薇と呼ばれなくとも、その薫りを失うことはない。たとえ薔薇がその名を失っても、その芳しさを失うことはないだろう。私が君を間違えることはない。どんな姿でどんな薫りを纏おうとも、私は必ず君を探し出せる。
そう決意を固めながら、真夜中の砂浜をひとり歩む。
頭上では雲に覆われた月が隠れており、波の音と砂を踏みしめる自分の足音だけが聞こえていた。ナシャタウンへ戻る船を手配しましょうとの心遣いを丁寧に辞退し、泳いで帰ることにしたのだ。一人になって少し考えをまとめたい、そう思ったから。
冷たい海をのんびりと泳いで渡り、パハ島を通り過ぎた頃だろうか。陸地へ上がり砂浜を歩いていると、月光に照らし出された静寂の中へポウッと淡い光が浮かび上がった。淡い光がヌヴィレットへ寄って来たかと思うと、徐々に馴染みのある形へと変化して行く。
「
……
月霊?」
可愛らしいその姿は、仙霊。月神の眷属である月霊だ。龍であるがゆえ動物には警戒されてしまうヌヴィレットだが、仙霊は元素生命体だ。もしかして迷子の仲間だと思われているのかもしれない。月霊はふよふよとヌヴィレットの周囲を飛び回りつつ、何処かへ導こうとしている。仙霊は宝のありかを教えてくれるなんて話が冒険者の間では通説になっているらしいが、本当だろうか。
すると月霊が導いてくれた先、岩陰の向こう側に──あった。
龍の宝、たとえ名を失ったとしてもその芳しさは消えることのない。ヌヴィレットにとってのこの世界でただ一輪の美しい薔薇だ。
「
……
リオセスリ殿?」
岩陰でうずくまっていたのは、まだ五、六歳ほどの幼い少年。青白い月霊と同じような色をした少年は現実ではなく、過去の虚影なのだと教えてくれていた。少年の靴には穴が空いており身なりも貧相で、手足には無数の傷や痣がある。うずくまった少年は静かに肩を震わせており、泣いているのだとすぐに気が付いた。
「
…………
」
ヌヴィレットは服が汚れるのもかまわずにそっと少年の前へ膝を付き、怯えさせぬようゆっくりとその髪へ触れる。だが、虚影である彼には触れることができない。今すぐに抱き上げ傷を癒やしてやりたいのに、いまの自分は無力な観客にすぎなかった。
『
……
──、たい』
痛々しい涙のあいだに、絞り出したような嗚咽が混じる。
『かえり
……
ぃ、フォンテーヌに、帰りたい』
「リオセスリ殿
……
」
おそらくだが、このリオセスリはフォンテーヌから売られてきたばかりの頃なのだろう。虚影はリオセスリだけでなく、少し離れた所で酒盛りをしている風体の良くない商人達と、皮肉にも彼が教えてくれた輸送用のボックスも現れていた。フォンテーヌから売られ買い主の元へ届けられる最中なのだろう。可能ならば、このまま彼を抱き上げ助け出したい。だが、無力ないまの自分には為す術がなかった。
『すいじんさまも、水龍も
……
うそっぱちだ
……
だれも助けてくれない』
「
……
すまない」
水龍、水龍、泣かないで。
それはただのお伽話だ。水龍は涙を流したことがない。だが今は、酷く心が痛む。己の不甲斐なさに苛まれ堪えきれなくなりそうだ。
過去の話をしてくれた時は淡々と、まるで小説のあらすじを語るように憤慨することも悲しみもせず語ってくれた。だがそれは、彼の中ではもう他人事として整理を付けてしまったからだろう。いや、他人事として心と折り合いを付けるしかなかった、と言い表したほうが正しいか。
マレショーセ・ファントムや警察隊のメリュジーヌ達からも、時々報告は受けていた。フォンテーヌの孤児問題は深刻で、保護施設の増設やそれ相応の支援が必要なのではないかと。理屈では理解している。それが〝正しい人〟としての在り方であるのも。だが正直なところ、親や家族といった概念がそもそも存在しないヌヴィレットにとっては非常に難解な問題でもあった。他人事、として片付けてさせてしまっていたのは、己の無意識な傲慢が犯した怠慢と言う名の罪だ。
「私には君を救う力があった。だが、それに気が付けなかった」
『
…………
』
涙を拭ってやりたいのに、触れられない。自分には触れる資格がないのだと彼に拒絶されているようで、ひどく心が痛む。そのうちに少年は伏せていた顔を上げ、涙でぐちゃぐちゃになっていた顔を汚れた袖で乱暴に拭った。泣き腫らした目元は痛々しいが、いまと変わらず青く美しい。そこには悲しみよりも決意のような強い光が宿り始めており、彼はこの時から泣くことを止めたのだと悟った。
ヌヴィレットは少年の隣へ腰を下ろし、同じ方向へと視線を向ける。自分は無力だ。声も届かず、温もりも与えられない。だけれども、こころだけでも届いてほしい。吹き付ける夜風から少しでも彼を守る盾になれますようにと、私は願う。
月明かりが本日の役目を終え、太陽へ場所を譲ろうと雲のベッドへ埋もれて行く。東の水平線が白みはじめるまでそうして幼いリオセスリへと寄り添い続け、朝陽を受けて輝く波へ目を細めながら固く心へ誓った。
私が君の願いを叶えよう。そうあれる存在になろうと、固く心に誓う。
(後編へ続く)
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