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宮腰
2025-12-21 17:08:49
20004文字
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ソーマセーマ【3・前編】
ヌヴィリオ/執行官if
法無き自治区ナド・クライ。
そこで互いに『裏の顔』のまま出会い、初めての恋と真実を知るお話。
【1】→
https://privatter.me/page/68f336de454f1
【2】→
https://privatter.me/page/6918766c5a792
【3・後編】→
https://privatter.me/page/694b8cae851a7
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◆
祈月の夜。
月がテイワットへ最も近付く日に行われる、ナド・クライの伝統的な祭りだ。元は霜月の子の祭事であったそうだが、いまではナド・クライ全土へ広がり庶民的な催し物の側面が強い。
月がもたらすクーヴァキの恩恵を受け、祈月の花がその花弁を開く。その時刻は毎回異なるが、今年は暁星が輝く頃、明け方の開花が予想されているらしい。祭りの開催時刻は花が開くタイミングに合せているので、今年は夜から暁星の時刻へかけて夜通し開催されるそうだ。
祭りを数日後に控え街中へも鮮やかな飾りが増え始めたナシャタウンを眺めつつ、ヌヴィレットはひとり中央広場を通り過ぎ、高台に建つとある店へと足を運んでいた。
今朝目を覚ましてみると、リオセスリの姿はもうなかった。リビングには朝食とメモが残されており、そこには『心当たりを調査してみる。リオセスリ』と記されていた。今日もヌヴィレットの胃袋を掴んで離してくれない美味いスープを残さずに食し、まずは領事局へと向かう。予想通り、棘薔薇の会からはすでに新鉄塩会についての返答がきていた。カーレスからの返答へ目を通し終え、ヌヴィレットはおぼろげな輪郭が徐々に鮮明になって行くのを感じていた。その確信を得ようと、こうして足を運んでいるわけだ。
真実とは、時に直視すら躊躇ってしまうほど残酷な一面を持つ。だが、虚飾の檻へ閉じこもっているだけではその恐怖へ打ち勝つことは不可能だ。不毛を恐れてはならない、目を背けるな、立ち向かえ。この生命が在るべき姿。それを探すために、私はこの世界へとやって来たのだから。
「おや? これは
……
予想外のお客さんだねぇ」
ヴォイニッチ商会の二階にあるその店を訪れたヌヴィレットを迎えてくれたのは、エキゾチックな装飾が施された室内と、濃厚なランプオイルの薫り。それと、傾国の美姫を連想させるような美しいスメールの女主人。秘聞の館、この地において彼女を上回る能力の持ち主はいない、凄腕の情報屋だ。カウンターの上へ鎮座する黒猫は彼女の眷属だろうか。じっとヌヴィレットの姿を睨み付け全身から警戒のオーラを放っている。
「秘聞の館へようこそ。フォンテーヌ最高審判官様」
「
……
うむ。事前にアポイントを取らずに訪問してしまい、礼を欠いてしまったことをお詫びしよう」
この匂いには覚えがある。ナシャタウンへやって来たばかりの頃スメールの商人に購入させられた、例のランプオイルと同じだ。この女主人が寄越したのであろう手紙からも、ここの匂いが染みついていた。
突然訪問したヌヴィレットへ嫌な顔ひとつ見せずに、女主人ネフェルがニコリと笑う。彼女はとても美しく恐ろしいほど頭が切れ、そして貪欲な人物だと耳にしている。この場面における貪欲さとは短所ではなく、寧ろ美点だ。情報屋とはそのような人物にしか務まらない。フォンテーヌ最高審判官に恩を売れるチャンスなんて、そうそう訪れることはない。彼女が優秀であればあるほど巧妙な手口を使うだろうとは、薄々察していた。
黄金色を差し込んだ美しい口元がにこやかな曲線を描く。獲物が罠にかかった、その喜びを噛み締めている勝利の笑みだ。
「いいえ。そろそろお見えになる頃かと」
「そうか。君が非常に優秀な情報屋だという話は、本当なのだな」
「蒼く美しい地上大湖──そこの頂点へ君臨する御方にお褒めいただき、光栄です」
「水神はフリーナ殿だ。私は法の執行者にすぎない」
どうぞ。と、受付前にある席を勧められ、ヌヴィレットは軽く会釈をしつつソファへ腰を下ろす。ヌヴィレットの身上調査も既に済んでいるのだろう。どうぞ、と茶ではなく水が注がれた瀟洒なグラスが前に置かれ、ネフェルも向かいの席へと腰を据える。中身は確かめずとも分かる、複雑な味をしたスメールの水だ。
「さて
……
と。早速だが、仕事の話をしようか」
「ああ」
「ご依頼内容は〝アンジェリックアプリシア〟の捜索で?」
アンジェリックアプリシア。フォンテーヌのみに生息する、特殊な水生動物だ。その姿形からメリュジーヌを連想する無邪気な子供たちも少なくない。ここナシャタウンにおいての意味は、その通り。メリュジーヌのことだ。
「──いや。ごく個人的な内容だ」
「個人的?」
「ああ」
嘘や誤魔化しはこの女主人に通用しない。ヌヴィレットは自身の至らぬ点をよく把握している。それは人間の言葉の裏を読んだり、事の駆け引きが苦手なのだ。人間特有の感情とやらが何百年経った今でも完全に理解できているわけではない。
だからこそ、未熟な私には必要な存在がいる。
「番号無き者、について」
「
…………
」
「ナンバーレスの執行官。私と接触しないよう君と契約を交しているのは、彼だな? ネフェル殿」
階位を持たぬファトゥス『公爵』。彼についての情報を、全て。
まさかフォンテーヌの最高審判官ともあろう者が、これほどストレートな要望を口にするとは予想できなかったらしい。だが、流石はプロだ。ネフェルは動揺をすぐに隠ししばらく考え込んだあと、ようやくその気になってくれたらしい。口元からスッと笑みを消し、一段低い声で呟いた。
「
……
流石は法の象徴と呼ばれる御方だね。これじゃあ、あたしが被告人席に座らされている気分だよ」
「言葉足らずですまない。これは尋問ではなく、依頼だ」
「報酬は?」
「マレショーセ・ファントムとの繋がりを。腕の良いエージェントを一名、ナシャタウンへ常駐させよう」
レストーク、情報収集能力に長けた元エンジニアのエージェントだ。彼ならばこのナシャタウンでも上手く正体を隠し問題なくやって行けるだろう。秘聞の館は不要な策を弄さずともマレショーセ・ファントムとの太いパイプを今後も恒久的に維持できる、と言うことだ。情報屋にとってそのメリットはかなり大きいだろう。
ネフェルはじっとヌヴィレットの瞳を覗き込んだあと、無言で席を立ち奥の部屋へと向かう。奥の部屋から戻ってきた彼女の手には数枚の書類が握られていた。差し出された書類をヌヴィレットが受け取ると、それはフォンテーヌから運ばれた資材の一覧表であった。
一見しただけでは依頼内容とは無縁に見えるが、ヌヴィレットは気が付いていた。隠れていた月の裏側、そこにはやはり真実が隠されていたらしい。
「守秘義務については、あたしよりあんたの方が専門だろう? 最高審判官サマ」
「
……
ああ、そうだな」
「あたしたちみたいな仕事は、何よりも依頼者との信頼関係を重んじる。これ以上はあんたが直接当たっておくれ」
これは、ただの偶然。ヌヴィレットが〝偶然〟入手した書類を見て気が付いてしまった、そんなシナリオだ。
「感謝する。ネフェル殿」
ヌヴィレットは依頼に応じてくれたネフェルへ丁寧に礼を告げ、支払いをしようと内ポケットを弄る。だが、ネフェルはそれを細い指で押し留め首を緩く振った。
「今回の依頼は物々交換だ。約束は守ってもらうよ」
「
……
うむ。フォンテーヌへ戻ったらすぐに手配しよう」
「もし〝サメ〟の密輸に手を焼いたら声をかけておくれ。うちは荷物を運ぶのも得意なんだ。割引しておくよ」
「ああ、覚えておこう」
ネフェルが提供してくれた最大の情報を手に、秘聞の館を後にした。
最大のヒント。それは、このサインだ。資材表の一番下には受領者のサインが記されている。そこに記されていた名は──公爵。流れるように美しく力強いその筆跡には、とても見覚えがある。
『心当たりを調査してみる。リオセスリ』
それは、今朝ヌヴィレット宛てに残されていたメモの文字と一致していた。
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