宮腰
2025-12-21 17:08:49
20004文字
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ソーマセーマ【3・前編】

ヌヴィリオ/執行官if
法無き自治区ナド・クライ。
そこで互いに『裏の顔』のまま出会い、初めての恋と真実を知るお話。
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【3・後編】→https://privatter.me/page/694b8cae851a7



 翌日からは、ヌヴィレットもリオセスリも徐々に日常へと戻り始めた。
 リオセスリは就職が決まっている研究機関の定期ミーティングだとかで、朝早くに宿を出た。本人からの申し出とはいえ、先日のパハ島潜入へリオセスリも同行していた。万が一それがファデュイに知られていたとすれば彼の身にも危険が及ぶのではないかと懸念していたが、あちら側にはまだまだ隠している事が多くあるらしい。それを探られてはたまらないと判断したのか、建設中の研究機関へ侵入者がいた件に関して一切ファデュイ側からの動きはなかった。代用の利くモルモットたちを深追いするよりも、あの施設を完成させることの方が彼等にとってはより重要なのだろう。
 そしてヌヴィレットは引き続きエレッサの手掛かりを掴む為に、いまいちどナド・クライについての情報を洗い直してみることにしていた。
「よいしょ、よいしょ……ふぅ……ヌヴィレット様、お待たせしました~」
「ああ、ご苦労セディル。私が持とう」
 ナシャタウン港湾局内フォンテーヌ領事局。その資料室でヌヴィレットは大量の書類に囲まれていた。セディルが運んできてくれた過去の出納帳や業務日誌を受け取り、それらへ一冊ずつ目を通して行く。ヌヴィレットもセディルもそうだが、ここ領事局の責任者も変わったばかりで、ナド・クライの事情にはあまり精通していない。何か見落としている情報があるのかもしれないと、こうして初心へ帰ってみたわけだ。
 だが出納帳には不審な点はなく、密輸の摘発や密入国者のリスト、オーバーステイの強制送還など、他もごくごくありふれた事件ばかりだ。歴代の領事官も身元が確かな者ばかりで、ここを訪れたマレショーセ・ファントムの面々もヌヴィレットの記憶と相違はない。
「秘聞の館へも情報提供を依頼しましたが、まだ返事がありません」
「そうか……ふむ」
 ここナド・クライを中心にテイワット中の裏社会へネットワークを持つ、秘聞の館。そこならばエレッサの行方も分かるのではないかとヌヴィレットの名は伏せ依頼をしてみたのだが、やはり直接出向いて誠意を見せるべきだろうか。そう今後の対応を決めあぐねている、その時だった。港湾局の局長が資料室へ訪れ、ヌヴィレット宛ての手紙を届けてくれた。
「あ、局長さん。すみません、ありがとうございます。ヌヴィレット様、お手紙です」
「手紙?」
 受け取った手紙には差出人の名前がなく、代わりに黒猫の刻印が押されていた。その黒猫を覆うように美しい女性の腕が二本伸びている。
…………猫?」
「黒猫ちゃん……ですね」
 手にした封筒を何度か裏返し確認してみたが、特に不審な点はない。オープナーで慎重に封を開けると中からはふんわりと良い香りが漂ってきた。花とスパイス、そう、この匂いはスメールローズの香りだ。スメールの高貴な女性に良く似合う、エキゾチックで奥深い神秘的な香り。三万モラでヌヴィレットが購入させられたランプオイルにもこの香料が使われていたので、よく覚えている。この香りのお陰で、ヌヴィレットはこの手紙の差出人を察することができた。
 異国の香り、スメールローズ、黒猫、絡め取るような二本の腕──秘聞の館。おそらくこの手紙は、そこの女主人からの密書だ。流石は北方随一の情報収集能力である。ヌヴィレットがナド・クライへ来ていることはごく一部の者しか知らず決して口外しないよう厳しく情報規制をしているが、彼女には筒抜けであるらしい。やはり彼女は敵に回すべきではない。いずれ対等にやり取りができる者を選出しておこうと心の片隅に書き留めつつ、ヌヴィレットは同封されていた一枚の便箋をゆっくりと開いた。
「新鉄、塩会……?」
 新鉄塩会。流麗な文字で記されていたのは、その一文だけ。新鉄塩会、聞き覚えのある単語を頼りにヌヴィレットは記憶を辿る。そうだ、先ほど目を通していたばかりの出納帳にその名前があったはずだ。ヌヴィレットは出納帳を再び開きその名前を探してみると、あった。表向きはジャンクパーツや不要品を主に棘薔薇の会とやり取りしているらしい、どこにでもある業者だ。
……──セディル」
「は、はいっ」
「新鉄塩会について調査してみてくれ。それと、棘薔薇の会へも同様の連絡を。できるだけ早急に頼むと、カーレス殿に」
「分かりました!」
 ヌヴィレットの命を受けたセディルはすぐに資料室を出て、新鉄塩会の情報を集めに向かった。ヌヴィレットも新鉄塩会について記載のあった資料を思い出しつつ、再度じっくりと確認してみる。すると、予想通り。新鉄塩会の主な取引先にはフォンテーヌ科学院とファデュイの名があった。おそらく先日の闇市場で入港していたフォンテーヌ製の船も、この新鉄塩会が手配したものだろう。
 ジャンクパーツや正規品のふりをして、禁制品やフォンテーヌ科学院の技術をこのナド・クライへ新鉄塩会は持ち込んでいる。まだ予想に過ぎないが、おそらくエレッサも同じ予想へ辿り着き、ファデュイに捕らわれたか、危険を感じ何処かに身を隠しているのだろう。そして秘聞の館の女主人は、ヌヴィレットが新鉄塩会の正体へ気が付けるようヒントを与えてくれた。
 ──だが、何故?
 この依頼がヌヴィレットからのものだと気が付いているのならば、逆に表に出て取引を交し、恩を売っておく好機なのではないだろうか。だが彼女は、そうしなかった。そこには何かしらの理由があるはずだ。ヌヴィレットと直接顔を合わせられないのか、それとも──表立って協力できないしがらみが存在しているのか。
…………
 新鉄塩会に関する資料を捲っているヌヴィレットの手が、ふと止まる。そこには北国銀行ナド・クライ支店とのやり取りが記載されていた。とある執行官との取引記録であるらしいが、どうもその名前に覚えがない。
……〝公爵〟……?」
 公爵様側からの連絡があり、担当者が即時対応済み。
 出納帳の追記欄へそう記されている。日付を確認してみるとちょうど一年前の日時が記載されていた。今の領事局長がここへ着任したのは半年ほど前だ。この公爵とやらと接触したのは、前任者の時だろう。念の為にといまの局長へ確認してみたが、やはり公爵と言う名の執行官には聞き覚えがないと言う。何かしらの理由を付けてファデュイ側へ確認してみるかと策を練り始めたところで、タイミング良くナシャタウンの港湾局員が書類を届けにやって来た。そうだ、ナド・クライの住民ならば知っているかもしれない。
 そして、ヌヴィレットの読みは当たっていた。
「ナンバーレス? ……番号を持たぬ執行官、と言う認識で間違いないだろうか?」
 ええ、と港湾局員が頷く。彼も直接の面識はないそうだが、公爵──彼は序列から外れた階位を持たぬ執行官。決して表には出ない彼の役目や目的は定かではないが、主にファデュイの暗部案件を担当していると、一部ではまことしやかに囁かれているそうだ。ナド・クライには選ばれた者のみが出入りできる地下格闘場があり、そこは〝公爵〟が取り仕切っている。見込みのありそうな者をファデュイへ勧誘しているとか、いないとか。
……ふむ? では、そこへ行けば彼と面会できるだろうか」
 難しいでしょうね。と、局員は苦笑いを零す。地下格闘場では不定期に試合が行われているそうだが、日程は不明で、最近は開催されたという話も聞かない。フラッグシップ前にたむろっている者達に聞いた方が早いでしょうと言われてしまった。
「それならば丁度良い。今夜もフラッグシップで食事をする予定だ。私が情報を集めてこよう」
 現在の時刻はすでに二十時を超えようとしている。棘薔薇の会からの返答は早くとも明日になるだろう。君たちもあまり根を詰めすぎないようにと労いつつ、ヌヴィレットも港湾局を後にしフラッグシップへと向かった。