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宮腰
2025-12-21 17:08:49
20004文字
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ソーマセーマ【3・前編】
ヌヴィリオ/執行官if
法無き自治区ナド・クライ。
そこで互いに『裏の顔』のまま出会い、初めての恋と真実を知るお話。
【1】→
https://privatter.me/page/68f336de454f1
【2】→
https://privatter.me/page/6918766c5a792
【3・後編】→
https://privatter.me/page/694b8cae851a7
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鏡の中に映り込んでいるのは、物々しい爪痕が刻まれた自分。
あの時、アビスの力を帯びた鋭い鉤爪がリオセスリの喉元を引き裂いた。ギリギリの所で即死は免れたものの致命傷であることには変わりはない。覚悟なんてとうに出来ていた。ただ生き延びていただけの命でも、世界に選ばれて生まれた生命だとしても、死は誰の上にも平等に訪れる。自分の元へはいま死神がやって来ただけだ。
だが、やはり自分は強運の持ち主らしい。僅かにだがまだ手が動かせる、声が出せる。救出した子供たちはきっと仲間たちが上手く今後を計らってくれるだろう。
そして──想像していたのとは違い穏やかで純真で、行くべき道を見失い立ち止まってしまっている、この人も。あんたに託せる時間が稼げたのだから、俺もなかなかやるだろう。なぁ、フォンテーヌ最高審判官ヌヴィレットさん。最期にあんたと巡り逢えたのも俺にとっては幸運だった。
ああ、そんな顔するなって。男前が台無しだ。もうあんたが何を言っているのか聞こえないし、目も霞むんだ。老眼かね。
俺は、ちゃんとあんたに礼を言えたのだろうか。あんたと普通にデートをしてみたかったな。酔った勢いでじゃれ合ってみたり、キスをしてみたりさ。あんたさえ良ければ、そのままベッドへ雪崩れ込むのも悪くない。一夜の過ち。ほら、そう言うとより現地妻っぽいだろう?
ん? すまん、聞こえないからもう少し大きな声で話してもらえるかい。年は取りたくないものだ。
でもごめん。いまはちょっと眠いから、話はまた後で──。
暗闇から無数に伸びてくる亡者の手が、自分の意識を深い泥のなかへと引きずり込んで行く。なまあたたかくて、からみついて、このままとけておしまいと。
もう目蓋を開ける力すら残っていない。ああ、このまま眠ったら心地良いのだろうな。泥の誘惑に打ち勝てず、俺は舞台の幕を下ろすように重い目蓋を閉じることにした。終わりなんてあっけないものだ。
完全に幕が下りるその瞬間、淡く輝く白い姿が幕を、夜空の漆黒を引き裂いた。あれはなんだ。ああ、そうか。
『──生きて、私との約束を果たしたまえ』
龍だ。それはとても力強く美しい、生命の海を統べる龍。
身体の節々が痛む。それに、やたらと喉が渇いたな。水が欲しい。からからに乾ききった自分を潤してくれる、美しい水が。
そう思いつつ鉛のように重い目蓋を持ち上げてみると、目の前には焦燥しきったヌヴィレットの綺麗な顔があった。髪はボサボサ、シャツもヨレヨレ。初めて会った時のヌヴィレットもシャツの袖がインクで汚れていた。仕事熱心な人物なのだろう。高級そうなシャツなのに勿体ない、と気になって見ていたところで蒼晶螺のカフスに気が付いた。丁度良い、話の切っ掛けにしようと声を掛けたのを覚えている。
そんな事を思い出していたらふと笑いが込み上げてきてしまって、フッと頬が緩んでしまった。ああ、でも喉が渇いているせいで上手く声が出ないや。酷い顔だな──お、声が出せた。
すると、いまにも泣いてしまいそうな顔をしたあんたに、呼吸もままならないほど強く抱き締められて。ここは地獄でも天国でもないのだと気が付いた。
俺は、何故か生きていた。
最初は夢の続きを見ているんじゃないかと思っていた。だが、香料のきついランプオイルの匂いにもゴンドラの騒音にも覚えがあり過ぎて。これはやはり現実なのだと、シミだらけの天井でカラカラと回る壊れたシーリングファンをぼんやり眺めていた。
あの時まちがいなく自分は死んだ。だが、何故か生きている。
致命傷であった筈の首は傷痕こそ生々しいが見事に塞がっており、多少引き攣れる程度にまで回復していた。ありえない。一命を取り留めたと言うのならばまだ理解できるのだが、こんな短期間であの傷が塞がるはずがないのだ。
深い深い、生と死の狭間を揺蕩う。そんな深い眠りへ就いている間に夢を見た。深い海の底で青白い龍と出逢い、彼の背に乗せてもらいながら二人でどこまでも深い海へと沈んで行く。あたたかくて、やさしくて、幸福で。このまま世界の果てにある砂浜へ春を刻みに行ってみようと話していたところで、目が覚めた。
自分の命を取り戻してくれたのは、あの龍だったのか──それとも。
「
……
あんたは一体、何者なんだ
……
?」
鏡の中に映り込んでいるのは、物々しい大きな傷が刻まれた自分。鏡に映る姿は、虚像だ。
月は嘘を吐く。だが、その裏側へ何を隠してあるのかを問う資格はない。自分もあんたも、素顔を隠し嘘を続けているのだから。
◆
フォンテーヌ科学院情報流出の真偽を確かめる任務を遂行中であった、エージェント・エレッサ。依然として彼女の行方は分からぬまま、ナド・クライの夜空へ十四回目の月が昇るのを窓辺から眺めていた。
「本当にもう大丈夫なのかね? 生活の心配ならば必要ない。私が
……
」
「あんたがパトロンになってくれるって? そりゃ良いアイデアだ」
白のハイネックに、黒のブルゾン。いつもの服へと着替えたリオセスリはそう軽口を返しつつ、ブーツの紐を結んでいた。小さな傷は殆ど目立たなくなったが、一番深かった首と目元の傷はやはり残ってしまったらしい。だがそれは、彼の魅力を損じた訳ではない。寧ろ逆だ。傷が多いほど勇敢で魅力的だと言われているサメのように、リオセスリが生まれつきに持つ危うい色香を際立たせているように思えた。ニッ、とヌヴィレットを揶揄う時にする意地の悪い笑いを浮かべ、ブーツを履き終えたリオセスリはベッドから腰を上げた。窓辺で憂い顔をしているヌヴィレットの前へと歩み寄り、眉間に寄った皺をぐりぐりと指で直される。
「あんたの現地妻としては頼りがいのある旦那様で誇らしいんだが
……
」
「君は現地妻などではない。と、何度も言っている」
「ハハッ!つれないね? それならば余計にあんたの申し出は受けられない。俺は他人に借りを作らない主義なんだ」
それは重々承知している。リオセスリは決して他人に寄り掛ろうとはしない。パーソナルスペースが広いように見せかけて、真実の自分は決して他人へ預けないし、見せない。命を分け与えたヌヴィレットにでさえも、一番奥へ隠している本当の〝彼〟へは手を触れることさえも許されていなかった。決して溶けぬ氷と雪に閉ざされた、かれのこころ。
「
……
おっと? 流石にそろそろ出ないとマズいな。じゃあ行って来るよ、ヌヴィレットさん」
「ああ、また後で」
しばらく休んでいたバーテンダーのバイトへ向かうため、リオセスリは夜空へ浮かぶ月と共に宿を後にした。無理をしなくとも、とヌヴィレットは苦い顔をしたのだが「しがない労働者にこれ以上仕事を休めって?」とリオセスリは笑い返すだけだった。のれんに腕押し、働かざる者食うべからず。結果はヌヴィレットの根負けである。せめて店まで送ろうと申し出たいところだが、残念ながらヌヴィレットにも急を要する事案が届いていた。詳細へ目を通さずとも分かる。またメロピデ要塞で揉め事が起きたのだろう。
「
……
まったく。頭の痛い
……
」
仕方が無い。自分が直接対応せねばシグウィンの立場や安全が脅かされる可能性もある。要塞での揉め事に、ヌヴィレットが不在の間に溜まったパレ・メルモニアの業務。その他細々とした連絡事項にも目を通しておかねばならない。さっさと終わらせて、リオセスリが仕事を終える頃を見計らいフラッグシップへ迎えに行こう。
そう溜め息を零しながら眼鏡をかけ直し、ヌヴィレットは窓辺に置かれたアンティークな机へと向かうことにした。
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