Reisi
3288文字
Public 小説
 

悪魔たちの譚詩曲

モレクとギリメカラとマガツヒが海に行く話

 砂漠を抜けた先には『海』が広がっていた。

 空と溶け合いながら際限なく続く水が、まるで生き物のようにうねり続ける。その周期に合わせて、獣の寝息にも似た轟きが辺りに響き渡っていた。地面に広がるのは柔らかく細かい砂である。砂丘の砂とは含有物が異なるのだろう、昼間の光を反射して眩しいほどに煌いていた。

 その中を歩く影が三つ。隆々とした筋肉を持つ女、奇妙な面布で顔を隠した子供、そして、全身を鎧で覆ったヴィータともつかぬ何者か。何も知らないヴィータが彼らを見たら、あれは如何なる一団かと度肝を抜かれるだろう。 
 だが、少なくとも今この場に、三人以外の者は誰一人として居なかった。いくつもの森を抜け、いくつもの山を越え、いくつもの砂漠を進んだ先にあるヴァイガルド辺境の海岸。それこそが、今回の彼らの目的地だった。



「ここが海とやらかよ。やたらだだっ広いくせに、幻獣も何もいねェのな」
 辺りを見渡したギリメカラがつまらなそうに言う。
「水が勝手に進んだり戻ったりしてら。どーなってんだ?」
 マガツヒもそれに続く。
「お前ら海も知らねェのかよ。……そういや、カクリヨは壁に囲まれてんだから当然か」
 呆れたようなモレクの声が、二人の間に割り込んだ。その言葉に、マガツヒが不服そうに「む〜……」と唸る。
「バカにすんなよ! オイラ、海なら元々知ってたぞっ! 海は…………河童の故郷だ!」
……何だそりゃ」
「モレク、河童知らねーのかァ? 河童はなー、河から出てきて『シリコダマ』を抜くんだぞ!」
「ますます分かんねェな」
「幻獣の一種だって話だぜ。カクリヨの河に現れる度に継承メギド総出でやっつけに行ってよ。アタイにゃ腕試しにもなんなかったけどな」
「そーだぞ、モレクにも河童見せてやるっ!」
 『自分が知っていて、モレクが知らないこと』があったのがよほど嬉しいのか、マガツヒはいつになく得意気だ。モレクの角の先っぽより高い所までふよふよ浮き上がり、おもむろに叫ぶ。
「かっぱーー! 出ーてこーい!!」


 ……海はひっそりとそこに広がり続けている。波が寄せては返し、その一定の調べだけが辺りに響く。何の変化もない水面を、暫し三人して眺めた。そのうち浮いているのに疲れてきたマガツヒが、ふよふよ降りてきてギリメカラの隣に着地する。
……出てこねえぞ」
「出てこねェな」
「あれーッ!? 今くらいがいつも河童の出てくる季節なのに……
「じゃあ今ごろカクリヨの河にいて、海にはいねェだろ」
「そっか〜! さっすがギリ姉ェ、頭イイな!」


……そもそも俺様達は幻獣狩りに来たんじゃねえよ。目的は植物の採取だ」
 そう言って屈み込んだモレクを、ギリメカラが一瞥する。
「たしか、『塩に強い植物』とやらだったか?」
「おうよ。海ってのは要するに大量の塩水だ。当然、周辺一帯は塩の影響をもろに受ける。ただの植物は到底生きてけねェ環境だ」
 マガツヒが不思議そうに首をかしげる。
「シオ? 料理に使うやつか。そんなモンで植物が生きてけなくなるのか?」
「塩だって、大抵の生物にとっちゃ毒となりうる。それに加えて、植物の外側に着いた塩は身体から水を吸い出しちまう。そうなりゃ、後は枯れるだけだ」
「それならマガツヒのキノコ共にとっても危ねェかもな」
「キノコ兵はただの植物じゃねェよー……


 二人のやりとりを横目に、モレクは傍らから白い箱を取り出す。アバオアクーの『凍結檻』の技術を応用した、モレク特製の採取キットだ。中に入れたサンプルは瞬時に凍結され、その組成や特性をなるべく維持したまま保存できる。
「当然コイツらを浸食地にそのまま植えられるわけじゃねえが、知見を得る事は大切だ」
 地面を這うように生えている分厚い葉を箱の中に回収しながら、モレクが続ける。
「戦争をするのは俺様たちメギドだけじゃねえ、植物の世界だって資源は限られてんだ。競争を避けるため、はたまた競争の結果、他のヤツらの手が及んでない様々な場所に生息域を伸ばす」
「そういや、『毒の地』でも植物っぽいヤツは見たことあんな」
「もはや植物と言える形じゃないがな。強かでなかなか侮れねェ連中だ、俺様にとっても学び得る事は大いにある」


「モレクったら、また難しいこと言ってら」
 よくわからない長話に早々に飽きて、ぶらぶら砂浜を歩き回っていたマガツヒの足が何かを踏んづける。半透明で柔らかく、砂にまみれている。外側の縁からは細い糸のようなものが何本か出ていた。
「およ?」
 マガツヒは奇妙な外観をしたそれを、躊躇うことなくむんずと掴み上げた。

「ギリ姉ェ〜!」と何かを持ちながら駆け寄ってきたマガツヒに、ギリメカラはいつものように「ンだよ」と振り返る。
「何か落ちてたー! なんだこれ?」
「幻獣の死骸じゃねェのか? んなもんとっとと捨てろよ」
 植物の回収を終えたらしいモレクが立ち上がる。
「そいつはクラゲだな」
「くらげ?」
「波を漂って生きる軟体の生物だ。その触手の先に毒のトゲを持ってる。素手で持ってるとそのうち刺されるぜ」
 マガツヒは「へ〜」と答えながら、もう片方の手でクラゲをふにふにと弄ぶ。マガツヒは並大抵のことには怖気づかない。やるなと言われた事も、楽しそうならやる。そして、それは彼が慕うギリメカラも同様である。
 それらが積み重なった末に、彼らは故郷に別れを告げて今ここに立っている。

「オメェが知ってるって事は……メギドラルにもクラゲとやらが居んのか」
「居るぜ。ずっと凶暴なヤツがな。海中に見えない触手を張り巡らせて、刺されりゃたちまち痺れてソイツらの餌となる。ヴァイガルドにはそんなのいねえが、毒があるのは同じだ」
「毒なら、モレクもクラゲ食えんのか?」
「おう、俺様を何だと思っている」
 モレクはマガツヒが差し出したクラゲをおもむろに掴み上げ、強引に鎧の隙間へと押し込んだ。……派手に噎せ返っている。
「いや、無理じゃねェの」
 呆れたようにギリメカラが言う。


 しばらくして『食事』を終えたらしいモレクが、地を這うような低い声で呟く。
……味気ねェ」
 マガツヒとギリメカラは不思議そうに顔を見合わせた。
「毒にもうまいとかまずいとかあんのか?」
「アバオアクーも、浸食地は浸食地でも『燃え盛る大地』の毒はあんま喜んで喰わねェだろ。ソレみたいなもんじゃねえの」
 モレクがため息──あるいは、浄化された空気──をつく。
「違ェよ。……ヴァイガルド産のクラゲは毒が弱すぎんな。メギドラル産ならもう少しマシな味かもしれねえが」


「目的は終えたぞ、置いてかれたくなけりゃ着いてきな」
 砂浜に道標のような足跡を刻みながら、モレクが歩みを進める。ギリメカラが、堂々とした足どりでモレクの歩みに従う。マガツヒも、楽しげに飛び跳ねながらギリメカラに着いていく。
「メギドラルの海も、こんな感じで水がいっぱいなのか?」
「この海を百個集めても足りねえ位に広い海があるぜ」
「そこにくらげがいんのか」
「おうよ」
「河みたいに、魚とかもいんのか?」
「おうよ。海岸でぼーっとしてるヤツを見つけりゃ、たちまち突っ込んできて串刺しにするようなヤツがな」
「お〜! なんか楽しそう! メギドラルの海、オイラも行ってみたいな〜!」
「メギドラルで一番広い海となりゃ、別の大メギドの領地だ。わざわざ戦争売りに行く事はしねェよ」
 それまではさほど興味なさそうにしていたギリメカラが、モレクの言葉を聞いてにやりと笑う。
「メギドラルでは海に行きゃあ強え奴とヤれんのか? それなら楽しそうじゃねェか」
「ンなことしてる場合かよ。行くにしても、土地の浄化やらが全部片付いてからだ」


 奇妙な三人組の旅路は続く。いくつもの草原を抜け、いくつもの谷を越え、いくつもの荒野を進んでいく。歩幅も大きさも異なる足跡だけが、彼らの旅路を憶えている。
 その行く先は誰も知らない。