ロンド
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Public くにぐに
 

Skáld(加+氷)

ホテル・メイプルウッドマナーのOwnerと354地区の代表の話。ぜんぶ創造。

 「メイプルウッドマナーホテル&ロバーツ」1地区カナダリージョン・トロント本店——地下カジノ。

 オーナー付きSPのオリバーとミアを供に、オーナーはゆるりと巡回をしていた。シロクマのオーナーといえば、いまはリラクゼーション勤務中 おひるねタイムである。
 1地区には著名なカジノエリアがラスベガスをはじめ多数存在するが、メイプルウッドマナーホテル併設のカジノは完全ホテル会員制、三ランクに分けられたホールごとに異なる掛け金で古典的なゲームを楽しめる、格式高く優雅な娯楽だ。
 いまオーナーがチェックする最もランクの高いホールでは、シャンデリアの光きらめくヴィクトリアン風の内装の場内にクラシックなオーケストラの生演奏が流れ、男女ともに真っ白な詰襟制服のディーラーがもてなすテーブルで、着飾った客人たちが好みのアルコールを片手にゲームに興じている。みな、一目で富裕層とわかる者ばかり。もちろんオーナーの顔見知りもあり、山のようなチップを脇にほがらかな挨拶を交わした。
「オーナー」
 ホールの支配人がオーナーのそばにやってきて耳打ちをする。純朴そうだとよく云われるポーカーフェイスを崩さぬまま、オーナーは了承を返した。支配人が礼をすると、オーナーは話題に上がったテーブルに猫のような足取りで向かった。
 件のテーブルのポーカーは他にくらべて白熱していた。男性が四人、女性が二人。ディーラーは勤続三年の若手。威厳を保とうと振る舞ってはいるがカードを配る手がほんの少し震えている。それもそのはず、メイプルウッドマナーにおけるカジノでは基本的に超高額なベットを禁止しているため、勝者はホテルのサービスをより向上させるにとどまり、敗者も失うものはそれほど多くはない。あくまでホテルが提供する娯楽のひとつであるがゆえに。にもかかわらず、一人の男性に掛け金が集中しており、このままでは男性以外がそれぞれ四万ドルずつマイナスになる計算になってしまう。
 オーナーは毎日頭に入れている滞在者リストから彼らの名を取り出し、勝っている男性がマーカスという1地区の通信事業で成功した社長で、同じく1地区の新婚の夫婦が一組、一人は36地区 ハンガリーの副代表、あとの二人はさる富豪の子息であることを思い起こした。
 一ゲームに区切りがついたところで、オーナーは割って入った。
「ハロー、みなさん。ここは少々高額で賭けていらっしゃるご様子。オーナーの僕が見守って差し上げましょう。ミア、ディーラーの補佐を。オリバーは警備を頼みます」
 負けが込んでいる方はオーナーの姿が現れてほっとしたように胸を撫で下ろし、勝っている方は不服そうに鼻を鳴らした。
「なんだ、イカサマでも疑ってるのかい? この通り、とくに隠しているものはないぜ」
 両手を挙げて質のいいグレーのジャケットの袖もまくってみせたマーカスに対し、いっそう笑みを深めてオーナーは余計なことは口にせず続きをうながす。マーカスは気圧されたように肩を跳ねさせたが、さて全員がカードに眼を落とした。
 幾度目かのゲームが始まる。
 オーナーは抜け目なく全員に視線を走らせたが、ディーラーの手つきにも、客の動作にも不自然なところはない。お互いが知り合いの夫婦だけが顔を見合わせて不安そうに首を振っていたが、その程度のアイコンタクトは常識的だ。
「ベット」
「コール」
……コール」
「レイズ」
 強気に掛け金を跳ね上げるのはやはりマーカスで、本音は降りたいのだろう、36地区の副代表が悩ましい顔でコールをする。おそらく出処はポケットマネーだろうが、ここで散財して、恐ろしい女傑のア・キラーニョーに𠮟られやしないのか。オーナーは内心で彼に幸運を祈った。
 ゲームはマーカスのストレートでフィニッシュ。さほど役は大きくはなく、運が良ければ出せる範囲ではあるものの、他の客がノーハンドからツーペア、夫婦の夫がかろうじてスリーカードであることを考えると、明らかに大差がついている。オーナーは指先を絡めて考えながら首をひねる。
 せめてこのテーブルは解散させ、負け越した者たちの気分が晴れるよう、プラスにできる他のゲームに案内するべきだろうか。否、マーカスは一切のゲームから降りるだろう。マーカスの掛け金はすでにメイプルウッドマナーのスイートに一か月は泊まれる金額になっている。ここまでくるとホテル側にも都合が悪いのでキャッシュでの払い戻しになってしまう。その上、イカサマ内容がまったく掴めないのはホテルの矜持に反する。
 オーナーはホテル経営の第一人者ではあるが、カジノ経営となるとまだまだ勉強途中だ。一旦泳がせてておき、カジノに造詣が深い853地区 マカオ377地区 モナコの代表者にそれとなく意見を仰いでみるか……? うんうんと唸っている間に次ゲームが始まっていて、オーナーの肩をとんと叩く者があった。
「ねえ」
「はい、すみませんが、ちょっと取り込み中で……
「次もあの髭の奴が勝つよ」
「へ?」
 思わず振り返って視線を左右に揺らがせ、「馬鹿にしてんの」と不機嫌な声が下から聞こえて目線を落とす。
 古風な様式の衣装にクラバットを結び、これまた古風な紫色のケープを羽織った、年若い少年。ホテルでもっともランクの高いホールもまたホテル会員であれば出歩いていてもおかしくはないが、彼は賭け事のできない未成年と思われた。だが、彼の胸元には、とある地区のシンボルがえがかれた円盤のペンダントが提げられている。
 内向きにカールするプラチナブロンドと赤みがさしたパープルの眼、上流階級に囲まれていようと物怖じしない堂々たる立ち振る舞いは、ひと昔前の装いと相まって、もしハリウッドの只中を歩いていても衆目を惹きそうなオーラを纏っている。オーナーは丹念にVIPリストから、少年が担う肩書きを引っ張り出した。
 少年は——354地区 アイスランド代表者のスカルドは、物分かりの悪いオーナーにやれやれと肩をすくめ、たったいま問題のテーブルを冷めた眼で見やって示した。髭の人というのはマーカスだ。
「イカサマしてるでしょ、あのテーブル。次は四枚同じ札を揃えるっていう——
「フォーカード?」
「そうそれ。それで勝つ。それで、髭の奴はそろそろゲームを上がりたいって云うけど、オーナーのあんたは止めたい。だって払い戻しがものすごい金額になるから。でも客の要望は断れない。残念だったね」
 まるで決まりきったことのようにスカルドは淡々と語る。予想外の乱入者にオーナーが面食らっている間にもゲームはつつがなく進行していく。スカルドが指し示す最悪の想定通りに。
 思い切って、オーナーはスカルドに小声で訊ねた。
……どうやってイカサマしているのか、わかりますか?」
「え、知らない。何期待してんの。そういうの調べるのはそっちの仕事でしょ」
 きょとん、とスカルドの頬に赤みがさして辛辣な言葉を放った。いまだティーンエージャーを抜けきらない顔立ちでされると、ますます地区の代表者には見えなくなった。
 実際、情報によれば彼はまだ十六であったはずだ。一般には学生の年頃だが、先代が高齢を理由として退き、推薦されたのがこの少年。内外共に驚きをもって迎えられたが、354地区の特殊な事情を以ってして少年は受け入れられ、傍目には混乱なく治めている。
 そう、特殊な事情——スカルドはある不可思議な能力を備えているという噂。
 オーナーはスカルドの血管まで透けたような、いっそ透明すぎてなにもかも見通しているかのようなパープルの眼を凝視して、乾いた唇を舐めた。
 噂通りであるなら。彼はオーナーが縋る藁となり得る。オーナーは迅速に決断した。
「報酬を払います。イカサマのヒントだけでもくれませんか」
「それって、どんなことでも頼んでいい?」
「当ホテル、オーナーの僕がこの場で支払えるものならばなんでも」
 オーナー、と護衛のオリバーが制止する。危険な口約束であることは承知していた。彼が望めばオーナーの私有財産、オーナーの地位の譲渡、あるいは今後354地区が干渉してくるともわからない。354地区は北側5地区 ほくおうの協定を結び、内情は安定しているように見受けられたが、人間の欲は底が知れないものだ。
 けれども、スカルドは、単にこの状況を面白がっているようだった。愚直で青臭く、考えの甘い少年だ。若年者が必ずしもそうでないことをオーナーは1地区の現在から理解していたが、人心掌握に長けたオーナーの勘は間違ってはいなかった。
 スカルドはぱっと喜色を浮かべて、欲しいクリスマスプレゼントをもらった子供のように声が弾んだ。
「じゃあ、ヒントだけ。ハイブランドの白バッグのご婦人の口座履歴を確認するといいよ」
……髭の方、ではなく?」
 スカルドが指摘したのは夫婦で参加する奥方だ。ターゲットのマーカスではなく。スカルドは小首をかしげた。
「わかんないよ、なんでかは。でもお金の流れって、記録に残らないことだってけっこうあるんじゃないの?」
 装っているとは思えないほど無邪気に、未熟なティーンエイジャーらしくスカルドは呟いた。

     *

「すごい、いい眺め」
 バルコニーから身を乗り出しそうにトロントの夜景を眺めているスカルドは、まさしく年相応の少年だった。ルームサービスのディナーを運んできたオーナーはグラスに44地区 イギリスのキュリオスティ・コーラを注ぐ。酒を飲めない年齢の若いスカルドにはぴったりだ。
「お気に召したかい?」
「うん。ここの最上階、一度泊まってみたかったんだ」
 丁寧語はよしてよ、と主張したスカルドに合わせてオーナーも自然に形式ばらない口調で接していた。
 メイプルウッドマナーホテル&ロバーツにおいて、最上階のロイヤル・スイートルーム。ダイニングルーム、リビングルーム、パウダールーム、そしてツインベッドのベッドルームとすみずみまで最高級を追求した、特別なお客様のための一室。すべての部屋が統一されたラグジュアリーな調度に囲まれ、専属の接客スタッフがおもてなしをする。
 オーナーにとって部屋のグレードアップは訳もない。スカルドの滞在日程がちょうど空いていた日で良かった。
 スカルドが所望したディナーは、さまざまな意味でスケールの大きな1地区らしいアメリカン・ピザのホールだ。専門のピザ職人が焼き上げ、食材に少々のトリュフやフォアグラが使われているのはホテルの心ばかりのサービス。スカルドが連れていた飼い鳥のための生魚は当初生け簀を用意しようとしたが、当のパフィンには不評で、ごく普通のアジを運び入れた。
 飼い鳥としてはものめずらしい種のパフィンは、スカルドとお揃いのようにリボンを結わえている。鳥らしくスカルドの云うことはあまり聞かず、三、四匹をくちばしにくわえて革張りのソファに飛び乗って小魚を飲み込んでいる。
「こらパフィン。食べ散らかさないでよ」
「いいよ、このくらい。クリーニングするから」
 オーナーは笑って云い、スカルドの顔よりも大きなピザを十二等分に分け、皿にサーブした。席についたスカルドは短い祈りをささげると、緊張したような面持ちでナイフとフォークを手に取った。
 甲斐甲斐しく食事を見守りながらオーナーは顛末を思い返す。
 大方の予想通り、最後のゲームも勝ち上がるとマーカスはそそくさと換金してホテルを立ち去った。残りの敗者たちは憂鬱な顔でホテルに残って気晴らしに耽り、ホテルはスカルドの助言をもとに密かにマーカスの足跡を追いつつ、夫婦を監視した。夫婦はしばらくホテル内のビリヤード場で過ごしていたが、思い立ったように奥方がATMに向かった。
 奥方の口座には、ホテルがマーカスに払い戻した半分になるであろう額が入っていた。
 さらに秘密裏に探ると、大金はマーカスから仲介を挟まれた上で振り込まれたことがわかった。マーカスと夫婦はすでに詐欺疑いで取り押さえている。後に専門の調査官たちが詳らかにしてくれるだろう。
 デザートは354地区 アイスランドで高名な火山を模したフォンダンショコラで、フランベしたラム酒と氷河をイメージしたバニラアイスを添えた一品。スカルドはフランベの青白い一瞬の火に魅入り、濃厚なチョコレートの味にも満足したようだった。
「美味しかった」
「それは重畳。良ければ、354地区のスカルドの名前でメニューに載せようか」
「勘弁してよ。変に目立つとうちのおじさんたちにうるさくされちゃう。今回の、秘密だからね。漏らさないと思うけど」
「もちろん、お客様の秘密は口外無用でお守りします。ところで、君がどうやってイカサマを的中させたのか、オーナーの僕には教えてくれるかい? それもスカルドの秘中の秘によるものかな?」
「まあ、バレてるか……。ほんとは勝手に視てはいけないの」
 食後のミルク入りコーヒーを飲みながら、スカルドは上目遣いでオーナーに語った。
 354地区 アイスランドのスカルドは、未来を見通す不可思議な力を持つ。
 もしまことしやかな噂が真実であれば、ただのいち地区に収まらずBIG5並に富めることも可能だろう。先のようにギャンブルでパーフェクトを叩きだし、取引を有利に持ち込み、経済や災害には前もっての対処を。ただ、先代のスカルドは観光業の誘致や他地区の調停といった地道な外交には評価されていたが、資金巡りには長年苦慮しているように思われた。
 オーナーのよどみない受け答えに、あっさりと若きスカルドは頷いた。
「正確には、僕らが得意とするのは夢解き。夢から未来に起こりうる事象をなんとなく視て——パッチワークの布切れみたいになってるのをほぐして、繋ぎ合わせて、ただしく読み解いていくもの。僕は他のひとよりほんの少しだけ、運命がよく視えるだけ」
「星座占いのようだね」
「そうかもしれない。なんでも明瞭に視えるなんて万能の魔法じゃない。夢をただしく解くには代々のスカルドたちが積み重ねた膨大な知識が必要だし、読み間違えたらもちろん全然当たらないし。良い結果をもたらすならば喜ばれるけれど、たとえ悪い運命だとわかってもけして逃れられない」
……未来は、決まってるものなのかい?」
 スカルドが助言せずとも、いずれイカサマは明かされたのだろうか。オーナーが瞬いていると、スカルドは首を横に振る。
「僕の考えでは、命運が変えられないくらいにはっきりしたものがとくに視やすいんだと思う。……たぶんね」
 自信なさそうに付け加えたスカルドは、先代は若いころにときどき視えたくらいの体質らしくて、地区にも僕ほど視えるのは二人っきゃいなかったんだよね、とさびしく笑む。
「寝てるときの夢以外にも白昼夢ってあるでしょ。さっきは偶然視えちゃったんだけど、オーナーが困ってるみたいだったから、いいかなって話しかけちゃった。だから次回は期待しないでよ」
「もちろん。でも羨ましいな。自在に未来が視えたら便利そうなのに」
「そりゃあ制御できたらとーっても楽だろうね、無理だけどさ。これでも、昼夜問わず夢か現かさだかじゃない悪夢視せられて面倒なんだから」
 人と会うとだいたいその日の夢見が悪いのって最悪、と呟くスカルドは心底うんざりしているようだった。オーナーは同意の相槌をうつ。354地区のスカルドは地理上の隔たりから仕事以外に地区からあまり出ないと聞いていたが、得心するとともに若い彼を不憫に思った。せめてホテルではくつろいでもらおうとオーナーは安眠グッズを運び込むことに決め、スカルドがコーヒーを飲み終えたタイミングを見計らって退室の準備をする。スカルドもソファでパフィンを抱き上げて部屋に備え付けのテレビをつけた。
「明日の朝食のご要望はあるかい」
「五段重ねのパンケーキ」
 間髪入れず告げられたのはシロクマオーナーを模したパンケーキにたっぷりのメイプルシロップをかける、メイプルウッドマナー自慢のトロント名物で、オーナーはにっこりと微笑んで最上級の礼をする。お安い御用だ。お客様のありとあらゆる要望を叶えるホテルにおいて、ささやかで心から喜ばしいご希望だった。
「かしこまりました。今晩はメイプルウッドマナーホテルにて夢をみない夜を、スカルド」