とはり
2025-12-21 03:31:11
2958文字
Public ジュンこは
 

【ジュンこは】黄昏の波は群青でさらって


ジュンこは in ウェルカム号⛴️

inで合ってるのか?atかもしれない
11月20日に突然甲板で歓談するいちご大福の供給を受け、驚きと興奮に転げながら気づけば夜なべして書いていた これくらいをワンドロで書けるようになりたいですね

現Xに投げたままこっちに移すのを忘れていた あぶないあぶない
で、いざ移そうと思ったら、冒頭が欠けた状態だったので加筆する羽目になった ちょっと頼むよ私~やっといてよ~

突発的に書いたのでタイトルもなにもあったもんじゃなく、また困った 完成した後にタイトルつけるの特に苦手なんだよ~
別に無理にタイトルつけなくてもいいんだけどね





 海を突き進む広い甲板の表面を夕陽が滑っていく。この豪華客船は今どの辺りを漂っているのだろう。帰る場所は知っているのに現在地はまるで分からなかった。
「ジュンはん、えらい目に逢うたなぁ。ほんまに大丈夫? 足とか挫いてない?」
「ほんとに大丈夫っすよ」
 先ほど、甲板に撒かれた水溜まりに足を取られてよろめいたジュンを心配するこはくに、ジュンは朗らかに笑みその場で軽く飛んで見せた。
「いやぁ、鍛えていて良かったです」
「まったく……この為に鍛えとるわけやあらへんやろ」
「はは、違いねぇや」
 軽口を交わしながら、まろやかな夕陽に包まれるジュンの横顔を見上げると、ふいにこはくの胸にひとつの感傷が去来した。アイドルとして弛むことなく己を高め続けているジュンはその努力と実力が認められ、これから海外での活動を控えている。海外を行き来するようになれば、こんな風にゆっくりと過ごす時間も減ってくるのだろう。当たり前だと思っていた時間にリミットがかけられて、今この時も砂時計のように刻一刻とこぼれ落ち続けている事実を唐突に思い出してしまった。視界に映る黄昏の波間が揺れて、喉の奥が震えた。
「サクラくん、どうかしました?」
 滲み始めた視界をジュンに覗き込まれ、思わず顔を背ける。言い訳しようにも喉がつかえて言葉が出ない。ぎこちない間が生まれ、ジュンの足先が困ったように揺れるのが視界の端に見えるが、取り繕う余裕があるはずもなく、やがて気遣うようなジュンの声が降ってくる。
「あー……、冷えてきたしそろそろ中に戻ります?」
……待って」
 船内へと踵を返すジュンの服の裾を掴んで引き留める。まだ戻りたくはなかった。ジュンと二人の時間をもう少し味わっていたかった。でも、それを素直に伝えるのは照れくさかった。
 ジュンの爪先が再びこはくに向けられて、顔を上げる。夕陽の茜色がジュンを柔らかく包んでいて綺麗だった。
……日が沈むのを見たいんやけど」
 一瞬空に向けられて戻ってきた黄金色の瞳が優しく細められて、「いいっすよ」と返ってくる。暖かな声に心臓がほぐれていく。
 夕陽の見える位置まで二人で移動し、手すりを掴んで体を預けた。茜の空の中でもくっきりと浮かぶ真っ赤な太陽はもうすぐ水平線に足をつけようかというところだった。反対側を見れば、星々を連れた群青がたちのぼろうとしている。
「さっきの話の続き、聞かせてくれん?」
「え、何の話してましたっけ」
「副所長はんがなんやって言うてたけど」
「あぁ、そうそう! あの時茨が──」
 話を振るとジュンはまたいきいきと思い出を話し始めてくれた。潮風になぶられ視界を妨げる髪を耳にかけて、ジュンの顔を眺める。潮の香りと波の音と、ジュンの弾む声。それら全てを暖色が包み込んで、まるでひとつの絵画の中に飛び込んだみたいだった。
 幻想的なこの時間がいつまでも続けばいいのに、なんて思ってしまう。
「──サクラくんの話も聞かせてくださいよ」
 話し終わったジュンが屈託のない笑顔を向けてくる。楽しげな表情につられて無意識に緩んでいた頬が驚きで強ばる。
「わし? うーん、急に言われても困るわぁ。別にこれといった話もないし」
「何でもいいですから」
「そうやなぁ……
 期待を込めた真っ直ぐな瞳で見つめられるとどうにも突っぱねきれず、渋々頭の中の引き出しを探ってみる。確かにジュンばかりに話をさせるのはフェアではない。
 手すりにもたれかかり視線を正面に向けると、夕陽の姿はほとんど水平線に溶けていて、瞼を下ろして黄昏のベッドへと身を沈めようとしている。それ以外は濃紺に塗り替えられて、いつの間にか二人の輪郭もその中に呑まれ始めていた。もうじき、床に取り付けられたフットライトの灯りがなければお互いの姿すら確認できなくなるだろう。
 太陽のいない水平線はすっかり闇と同化していて、海と空の境界線が融け合い際限のない広がりを思わせた。
「わし、今まで海とかあんまり見たことなかったんやけど、海ってほんま広いなぁ……
 連れていかれそう。そう思ったが実際に連れていかれるのはジュンの方だ。今見えている水平線の更に向こうの土地にジュンは旅立ってしまう。日本と海外を頻繁に行き来するとは言っているが、寝床を共にして当たり前のように傍にあった温もりが離れていくことに寂しさを覚えずにはいられなかった。かつては果てのない海の広さに自由を重ねて憧れを抱くこともあったのに、今は恨めしささえ覚えてしまう。

「飛び越えて逢いに行くにはちと遠いよなあ」
 細く吐き出した息と共に弱音がぽろりとこぼれてしまった。半刻ほど前に黄昏が連れてきた感傷がぶり返す気配に唇をきゅっと引き絞って痛みに耐える。
 太陽が眠り、約束の日没が訪れた。
 潮を孕んだ夜風が急かすように冷たく肌を叩く。もう部屋に戻らなくては。
 ジュンの方に顔を向けようとして、顎を掬われた。噛み締めていた唇に暖かいものが触れて後頭部がぞくりと震える。この感触をこはくはよく知っていた。
 目の前は紺色が広がっていた。夜空ではなくもっとあたたかい、ジュンの髪の色だった。
 ジュンは数度こはくの唇を啄むと顔ごと唇を離した。
「っ、な、何やの急に!」
「あれっ、違いました?」
 不意に施されたキスに頬を火照らせながら叫ぶこはくに対してジュンはくすくすと口の中で笑いを転がした。
「キス。して欲しそ~な顔してたんで、つい」
「こんなとこですることちゃうやろ!」
「豪華客船の甲板で、なんて。これ以上ないくらいのシチュエーションだと思いますけど?」
 それに、と付け加えながらジュンは再びこはくに顔を寄せた。
「だぁれも見てませんって」
「っ、」
 鼓膜に注がれた甘く揺れる囁きに、背筋がぞくぞくと戦慄いて吐息がこぼれる。夜の甲板の上、人の気配は感じない。わずかに残っていた理性が虚勢と共に剥がれ落ちていく。
「そんな寂しそうな顔されたら、たまんねぇっすよ」
 両頬を包み込まれて親指で目元を撫でられる。黄金色がギラリと重たく光ったような気がした。
「大丈夫。海も空も、心だって。どこにいたって繋がってるんすから」
 近づいてくる唇をその言葉ごと自分の唇で受け止める。夜に凍え始めた唇を温めなおすように、何度も角度を変えながら口づける。ほんの少し前まで潮の香りで満ちていたのに、今感じるのはジュンの匂いだけだ。
 波で船が揺れて足元がぐらつく。頼れるものを探してジュンにしがみついた。首の後ろに腕を回すとジュンの手が後頭部と腰に移動して、一段と口づけが深くなる。唇を合わせ、舌を合わせるごとに額の奥がじんと熱を帯び、不安の結び目がほどけて溶けていく。
 ちくちくと痛みを与える寂しさを宥めるようにジュンの手が髪と背中を撫でるから、その優しさに眦がじわりと濡れていくのを感じる。
 これからきっと、空と海とそれらが交わる水平線を見る度にジュンを感じるのだろう。ジュンもまた同じようにこはくを感じてくれることを願って、祈りを刻みつけるように唇を貪った。
 互いの息遣いの奥で、船体に跳ね返った波の砕ける音が夜のしじまに響くのが聞こえていた。