天堂の後ろで人影もないがらんどうのモニターを眺める黎明は暇を持て余していた。仕事は済ませたばっかり、現在のテラリウムにそれほど魅せてくれるものもないし、友人たちは仕事、何となく足が向いた天堂の元で少々期待していた本日の懺悔室は御覧の通り閑古鳥が鳴いていた。薄暗い室内は先ほどからずっと無機質な機械音しか響いていない。
真冬の現在、昼間の温度すら上がらず、凍てつく風が吹きすさぶせいか外出する人間自体少ないのだろう。天堂も近頃咎人が減っていると零し、それが善い事であると口にしながらも、なんだか残念そうにも見える。というより天罰が趣味、と公言しているのだから実際、つまらないのだろう。静かなため息で唇を濡らし、憂に満ちた横顔は側からすれば物思いに耽る美しい姿だと称されるだろうが、全く取り繕う気のない脳内を読める黎明には殺人鬼が退屈を訴えて、無差別に獲物を探しにいく前兆にしか思えなかった。最も天堂との関係を表すに相応しい名が共犯者である黎明は、巻き込まれる前に今日は仕事、と言っていた獅子神の家に突撃でもするかと思案した。真経津がすでに居座っている可能性もあるし、その提案が最適だと天堂に声をかける寸前、ふと閃いた。
「敬一くんで遊ばね?」
「獅子神の家、ではなく?」
「ユミピコ、恋人ごっこしよーぜ、で敬一くんが気づくか賭けねー?」
口角がかすかに上がる。さすが乗りの良い神様である。
「匂わせるのだな」
「そうそう、どれくらいで気づくかなー」
「あの人の子も成長している。すぐに気づくだろう」
「いやあ、どうかな、オレは気づかないと思うけど」
すんなりと賭ける側が決まる。互いに払う報酬は特に思いつかずとりあえず保留となった。ただの暇つぶしなので。
「じゃあデートしようぜ、何処行く?」
「神は今キャラメルパフェを欲している」
「ユミピコ、それいつもとかわんないし、テーマパークとか行かね? 中で好きなだけ食べたらいいよ、ほらこれとか美味そうじゃん」
近所の大型テーマパークを検索して、食事の店が出ているページを見せた。鮮やかな料理とスイーツの写真に天堂の視線が釘付けになる。神様は結構食べ物でご機嫌になるので先ほどまでの憂いはとっくに払拭されていた。
さっそくスマホでチケットを取って向かったテーマパークは平日はそれほど混んでいない。いくつかのアトラクションも並ばずに乗れた。
天堂は今まで一度も行ったことがなかったらしい。何でも興味深そうにしていて、あれこれ聞いてくる。黎明は何度か来たことのある場所だったが案内するのは結構楽しかった。
今度は残りの友人たちを連れて来るのも良いだろう。
さっそく二人は大量の土産を手に獅子神邸に向かう。合鍵を持っているのでインターホンを鳴らす必要もない。獅子神は取り上げたがっている。とっくに合鍵と複製が全員に行き渡っているのだが。
想定通りすでに真経津はいて、獅子神が仕事の傍ら相手をしていたらしかった。もはや幼児と父親の姿である。
そろそろ夕食の準備だと立ち上がる獅子神に不満そうな真経津はしかしちらりと二人を一瞥して、唇だけで楽しそうなことしてるね、なんて囁く。何か企んでいるのは早速見透かされていて、やっぱり真経津はよく見てくれているなと黎明は薄く笑った。
「敬一くん、お土産だぞ」
「神からの施しだ、有難く受け取れ」
「ああ、ありがとう、大量だな、なんだ、二人で行ってきたのか」
「そうだぞ、ユミピコと二人っきりで行ってきた」
ついでに付き合いたてで浮かれた恋人みたいな写真も突きつけた。
へえ、と獅子神は若干不思議そうにしていたが、デート、という単語が頭を掠める様子もなく全くその方向を疑ってすらいなかった。楽しかったみたいでよかったな、と純粋な笑顔で言われて、台所に引っ込んでいく後ろ姿に天堂と視線でこれはダメだな、と交わす。まあ、初めはこんなもんだろう。この間の賭場の時だって、黎明の参加も随分後まで蝋燭のことも気づけなかったのだから。獅子神は、非日常を切り分ける性格だし死が絡んですらいない日々のことなんて、さらに見抜けないだろう。
長椅子に腰を下ろした天堂はさっそく土産の一つの包装紙をばりばり開けて自分で食べ始めた。パーク内の食事処を三件ほど梯子した記憶があるのだが天堂の腹はもう忘れてしまったらしい。
「ボクは叶さんが賭けてる方とおんなじかな〜」
天堂が開けた箱から一つチョコレートを摘みながら真経津は言った。
その瞬間、台所の方から獅子神の声が飛んでくる。
「おい、テメーら夕食入らなくなるんだから菓子はほどほどにしとけよ、特に真経津!」
はーい、と返事をしながら、真経津は二つ目に手を伸ばす。
「こういうのには見なくても気づくのにな」
「全くだ」
同意を示した口の中に次々と菓子は消えていく。もちろん天堂は夕食は食べ切り、さらにおかわりを要求、真経津は残して獅子神に怒られた。
天堂も黎明も暇を持て余す程ではなくなったのだけれども獅子神で遊ぶ、のは楽しいので絶賛継続中である。その後も二人で何処かへ行った話やら写真やらを見せたり、口にしたり、土産を持ち込んだり露骨に匂わせているのだが、獅子神の反応は一向に薄い。その上、段々耐性がついているのかまたかくらいにしか思われていないし最初に見た不思議そうな顔すらしなくなった。知らない場所の多い天堂の反応は新鮮で連れ出し甲斐があるのだが、なんだか納得いかない。
「うーん、何がダメなんだ」
もはや賭けなどどうでもよくってどうやったら獅子神が気づくかが最近では俎上に上がっていた。
今日は黎明の部屋で肩を並べて映画を観ていた。ミステリはすぐに犯人が分かってしまうからだめ。ホラーもスプラッタも現実の方が近いし、アクションもの、アニメとかいっそ恋愛映画とかを二人で一日中鑑賞していた。
別にこんな事、必要ないのに。獅子神で遊ぶのと、賭けと、あと半分くらい単純にどちらもこの恋人ごっこを楽しんでいる節がある。真似事をしたから愛だとか恋だとか芽生えるわけでもなく理由なんて何となく面白いから、それっぽっちしかない。
「何故気づかないのか理解できんな。愛し合う人間などすぐわかる」
「だよなー相手に対する仕草とか雰囲気とか、あと身体的接触で見えるはずなんだけどなー」
二人には他者の関係を読むのはとても簡単なことだった。視線の動き。乗る感情。相手に対する欲求。話し方。仕草。声。それに触れると色々混じる。
ああでもそうか。天堂とは距離は近いがそれだけだった。足りてない。ただ隣に立っているだけで何一つ混じり合っていない。赤い唇が視界に入る。その色は黎明がいつ観測しても輪郭からすこしもずれない綺麗に綺麗に整えられた形だった。完璧な神さまはそれが当然だからいつも完璧に姿を作っている。
黒い瞳が同じように黎明を見ていた。考えることは一緒。黎明はそれがひどく愉快だった。
それから、神さまはどんな味がするんだろうかだとか。これも天堂とするなら楽しいことなのだとか。単純な好奇心が上乗せされて、顔を近づける。
一瞬、触れて終わる。冷たい。というより暖かさがない。離れてあるのはくちづける前と変わらない無表情な顔だった。違うのはすこしだけ目前の赤が薄くなったことだけ。
「それだけか」
「……だってユミピコ、初めてじゃん。こっちの方が残るだろ」
「黎明、らしくない」
「正解、今までのオレとずれがあるほどよく見たくなるだろ」
そうだな。そう言って黎明の胸ぐらを掴んだ天堂は、唇を押し付けた。
温い感触が唇を割って、侵入してくる。咥内を弄って、同じものと絡み、最後にとがった歯を撫でた舌先が、唾液を引きずって離れる。
「どうだ」
「上手いじゃん」
「模倣くらい神にも出来る」
「はあ? 誰かの真似すんなよ」
「書物の知識だ。現実に存在しないが」
「それでもだよ」
一対一で深く相手を見ている今、黎明が観測する世界に他者の存在なんて何一つ受け入れたくなかった。
可笑しそうに黎明の中を見る天堂は黎明に移った口紅を舌先で消した。
「ならば今から神に教示できることを光栄に思え、黎明」
天堂と体温を同じにするのは悪くなかったので恋人ごっこの項目に新しく追加されてから、どちらとも気分で唇を合わす。楽しいことの一部、だと両者が認識して、ひっそりとした行いが増えたところでしかし、獅子神は気づかない。仕事で忙しく、久しぶりに獅子神邸で会った村雨には顔を合わせただけで察したようで随分お暇なようだとその青白い面に皮肉じみた呆れが浮かぶ。
「また下らないことを……」
「うん、敬一くんで遊んでる」
「獅子神は気づかんだろう」
「お、やっぱり礼二くんもそう思うよな〜」
「当然だな、どうせマヌケ神は気づく方に賭けているだろう? 賭けはアナタの負けだ」
「おまえたちはもっと人の子に期待できないのか」
首を軽く振って村雨は、冷蔵庫を漁りに行った。戦果を期待しよう。
さっきから天堂と黎明は隙間なくソファに並んで、一つのスマホを覗き込んでいる。わざとらしく仲良しを主張しているのだが近頃、獅子神邸以外でもなんだかこの距離が自然になってしまった。しかし各自が強請った飲み物を置いていく獅子神から感じるのは、二人が見ている動画の内容への薄らとした興味である。肩が触れていて、鼻先も触れそうな二人ではない。もっと見るところがあるだろ。
そのまま他愛のない会話を続けていると不意に天堂が話題を切り替えた。黎明、と名前を呼ぶ声色が幾分か低くなった。またやるんだなと黎明は浮き足立つ。
「あれはなんのつもりだ、もう少し賢しい相手を選べないのか? おまえが寝た相手はどれも愚かな咎人ばかりだったぞ」
そういえば、一方的に送られてくる連絡が途絶えた相手が何人かいた気がする。黎明からは呼び出すことくらいしかしないし、どうでも良すぎて忘れていた。その話を持ち出してきた天堂は怒っている、ふりをして、いる。誂えたように冷えた目の底が面白がって笑っていた。
「あのさー、ユミピコ、オレのもんを勝手に処分すんなっつったじゃん」
「おまえが先に神の信徒に手を出したのだろう?」
「アイツはユミピコのことずっと見て、頭ん中どうなってたかわかってるだろ?」
天堂のストーカーじみた信者はいつか耐え切れなくなって天堂に返り討ちに合う様は楽に想像出来たが、それまでに何度も天堂に纏わりつくようなあの邪な考えを向けられるのを見るのもまあ不快だなと思った。黎明が適当に天堂の傍に侍って暴発させてもよかったが、黎明だけが見ているはずの一端を、凡夫に明かすのも厭でさっさと拐ってテラリウムに放り込んだ。
「神の身体に指一本触れないのなら敬虔な信徒だ。さっさと返せ」
「えーもう死んでんじゃない? つまんねーからみてねーし。それにユミピコが勝手に人数減らしたんだしいいだろ、ひとりくらい。おまえあれ、やめろよな、テラリウムのヤツら洗脳すんの。勝手に神さまつって首括るんだぞ」
「洗脳などという矮小な行いではなく、神託を与えただけだ、感謝すべきだろう? お前が見なくなったものを救済に導いているのだから」
天堂の尊大な言い分は完全に建前である。残しておいたプリンを勝手に黎明が食べたから。そんなことで黎明のコレクションを破壊しないでほしい。まだ見れたものがあったかもしれないのに。
ちょっと本当に怒りが湧いてきたくらいがいつも頃合いである。掴み合い寸前までくると獅子神が仲裁に来た。
「またか! テメーらなんでいつもうちで喧嘩すんだよ!」
そんなのわざとに決まってる。獅子神がいつまでも気づかないのが悪いのだ。
すでに獅子神の前で事を、恋人らしく痴話喧嘩なるものを起こすのは数度目である。そのためにわざわざ相手を怒らせるようなことを事前に燻らせている。少々目的がズレて、黎明は次に天堂が何をしてくるのか楽しみにすらしていて、たぶん天堂も同じだ。いくつもの縊死が転がっているテラリウムの掃除は手伝って欲しいが。どうして食べ物の恨みが一番被害が大きいのだ。別にこれだけは怒らせるつもりは毛頭もなく黎明の家に置いてあったみっつ入りのひとつをうっかり食べただけなのに。
「また、物壊してないだろうな!? つーかどっかいって二人でやれよ!」
仁王立ちの獅子神は、この間テレビにひびが入ったことを思い出しているに違いない。
「敬一くん、ユミピコと二人っきりで喧嘩したら死体がでるだろ、オレの。この脳筋暴力神父すぐ手が出る……」
「……黎明」
やべ、と思ったが遅かった。わかっていても身体の反応より天堂は早い。腹に拳が入る。痛みの度合い的にこれは本気で怒っている。
天堂を引き剥がした獅子神は疲れ切ったようにため息をこぼす。
「天堂、やりすぎだ。あとさっきのはどっちも悪いだろ。テメーらの趣味に口出しする気はねえが、相手が気に入らねーからってあんまり周りを巻き込むな……」
やっぱり獅子神はちゃんと内容を訊いている。のにどうしてあれが嫉妬に起因する喧嘩だってわからないのだろうか。せめて演技かくらい勘付いて欲しいものだ。殴られ損だし。
なんだか気が抜けて、天堂への怒りはとっくに消し飛び、しかし内容についてこれっぽっちも反省する気はなかった。
獅子神邸での茶番を辞めるのも誓う気のない二人は顔を見合わせてから獅子神を見る。
「そうだな、悪いと思ってるよ」
「神は反省もできる」
これは何故か上っ面だと見抜かれたので食後のデザートがなしになった。天堂の恨めしげな視線の前で村雨が一人機嫌良く倍になったアップルパイを平らげていた。
熱いな、と思った。組み敷いているこの白い肌にも体温は当然あって、重ねた唇は中を探らずとも温く火照っている。とっくに色のなくした上唇を舐めて、今度は深く唇を合わせる。舌を吸い上げると繋がった部分からの緩い反応が背筋を這い上がってくる。快楽に細めた瞳の向こうで長いまつげが揺れていた。
口づけを交わす延長線上で、そのまま寝台上に転がり込むのはいつの間にか珍しいことではなくなっていた。わざわざこんな自分より厚くて硬い筋肉質な体を抱かなくたって相手には不足していないはずなんだけど。首に回る腕だって太くて、たぶん力を込められたら黎明の首が折れる。
まあいっか。つまらなくないし。気まぐれで呼び出しただけなのに勝手に勘違いして喜んで喘いでいる相手よりずっと天堂の方が見られる。し見てくれる。
黎明の一挙一動を、反応を、感情を、この二人きりの狭い世界にいる時、絶対に見逃さないから天堂はひとときだけでも黎明の底なしの欲求を満たしてくれる。
今だって疎かになっていたのを見透かされたのか、咥内に潜っていた舌先に咎めるよう軽く歯が当たる。ちり、と痺れる痛みで唇を離すと苛立った目が黎明を突き刺した。
「……おい、黎明、神を満足させられないなら代われ」
「はいはい、オレが悪かったって。お前のこと考えてたんだよ」
当然だと鼻で笑われた。
絶対代わりたくない。上に跨られるのも御免である。一度だけ油断して、引き倒され場所を取られたことがあるが、途中からあまり覚えていない。黎明、まだ出すな。黎明、さっさと起たせろ。黎明、もう終わりか。ずっと続く一方的に与えられる快楽は息苦しいものだと教え込まされた。滲む視界で矜持が折れる音がした気がする。二度とごめんだ。
「これがいいんだろ」
天堂の望むように深く深く押し込んで律動を再開させれば、機嫌よくその顔は笑んで背中に腕が回った。恥骨からゆっくりと黎明の背骨を数えるように赤い爪先が凹凸をなぞっていく。
「疲れたらいつでも代わってやろう」
挑発的に唇が歪んだ。ひりつくような、賭場での感覚にも似たそれが天堂と交わる時、常にある。
何か一つでも見逃したら負ける。
そんな風に互いに思っているのだから当然、最初も揉めた。
こんな体力が化け物の相手に主導権なんて握られたら誇張なく死ぬ。黎明には命がかかっているので使い所のなかったあの賭けの勝敗を持ち出して、上になる権利を勝ち取った。勝手に獅子神で遊んでいるその賭け。未だに天堂の勝ち目は見えないので殴り合いにはならずには済んだ。
天堂と黎明の関わりはいくとこまでいって、たぶん、ギャンブラーじゃなくってもそれなりに勘の鋭い人間なら察してしまうような近さになっているのだけど獅子神は黎明が天堂と寝るようになっても気づかないので、本当に一生気づかないままなんじゃないだろうか。
また余計な考えに耽る前に意識を目前の身体へと集中させた。激しいのが好みのようで律動を早めると短くて浅い呼吸に変わる。
「……黎明」
喘ぎひとつこぼさないのに、熱を帯びた吐息の中で名前を呼ぶ声だけやけに甘くって、耳元で囁かれるとわざとらしい行いでも理性にひびが入る。本当に神さまは人を誑かすのが上手だ。たくさんの人間を堕としてきただけある。
快楽のちらつく溶けた瞳が細く曲がる。
「ふふ、必死だなぁ、今のお前は可愛いぞ、黎明」
「……っ」
強く締め付けられる感覚に視界が一瞬、白く散る。迫り上がってくる吐精感を耐えて、舌打ちした。天堂の赤い爪先が黎明の汗で張り付いた髪を払って両眼を覗く。余裕ぶった神さまは慈悲深く憐れんで、ああ腹が立つ。
「善かっただろう? 神に委ねれば楽になれるぞ」
「全然。ユミピコこそさっさとイけよ、ほら」
腹部に反り立つ張り詰めた膨らみを指先で扱った。
先走りに濡れた先端を指の腹で擦りながらぎちぎちに締め上げてくる中で強引に動かす。
生理的な反応か、痙攣しはじめる体躯に身を寄せた。密着した分、深く奥にあたって、天堂の表情が変わる。快楽に陶酔したその顔が好きで、けれど、同時に肉体的な享楽に浸って黎明の映らなくなった瞳に苛立つ。だから痛いくらい乱暴に抉って、その意識を黎明に向けさせた。
達している途中の体を突き上げるのがいちばん気持ちよくって興奮した勢いのままその首筋に歯を立てる。舐めた赤い痕からは血の味がした。
仕返しか、同じ箇所に痛みの感覚があったがそれを掻き消す快楽に脳内は塗り変わって、促されるまま吐き出した。
「ッ……は、……」
快楽で茹った頭を目前の胸元に落とす。熱を帯びた呼吸がその上を滑った。全部、注ぎきってから抜こうするのを、しかし絡んだ両脚が阻む。
「黎明」
名を呼ぶ声色には不満しか詰まっていない。
「オレを見ないからだろ」
「知らん。満足させろと言ったはずだが?」
中を締め付けて勝手に腰を動かす天堂は黎明の耳朶を噛んで触れた唇で囁く。
「……もう一度機会を与えてやっても良いぞ、黎明」
「言ってろ。意識飛ばしたら、わかってるよな」
「この間のお前の話か?」
耳元で嗤った天堂の腕も半身に絡みつく。どちらかもわからない高ぶる心臓の音がいやによく聞こえる気がした。
台所から夕食の匂いが漂い始める。空腹を余計刺激されながら黎明は、スマホの画面を眺めていた。傍の天堂も同じように感じたのか、台所付近に視線が向かっていた。
仕事が長引いたのだろう。後から獅子神邸にやってきた村雨は天堂たちの側を通る時、嫌そうに顔を顰めて、すこし遠くの、真経津の近くに腰を下ろした。
「アナタたちせめて来る前にシャワーくらい浴びてこい」
「だってさあ敬一くん、ぜんっぜん気づかないんだって。ヒントだよ、ヒント」
「さすがにそれは村雨さん以外、気づくのは難しいんじゃない?」
「でも晨くんはすぐわかったよな?」
「だって今日もだけど叶さん、ぎりぎりのとこについてるし、この間なんて丸見えだったんだけど」
見えないはずの首筋へ真経津はちらりと視線を向け、唇が動く。天堂さんもお揃いだね。
「敬一くん、さすがにそれは気づいてると思うんだけどなー」
「相手が天堂さんだって分かってないんじゃない?」
「こんなに仲良くしてんのに?」
黎明は天堂の膝に頭を乗せている状態で先ほどからスマホをいじっている。天堂は時折、黎明の髪に触れては、指を通していた。
「手入れが甘い。黎明、見られる仕事ならもっと気を使え」
「んー分かってるよ、そういえばユミピコの使ってたオイルよかったな」
「いいだろう、神から下賜してやろう」
赤い爪先が頬を滑って、耳を撫でた。くすぐったいと黎明が笑う。
その様子を当然、獅子神も見ているはずなのだが、黎明がいつもソファに体を投げ出しているのを眺めている視線と何ら変わりなかった。
「そもそも、アナタたちは行動だけで中身が伴わないから獅子神に気づかれないのではないか? 私の知っている恋人像とは何か違う気がするのだが」
「恋人ごっこ、してるだけだもんね。まあ別に楽しいからやってるみたいだし、ごっことかどうでも良さそうになってるみたいだけど」
真経津の言う通りだった。とっくにそんなこと忘れていて、ただただ楽しみだけを追う享楽的な関係性になっている。飽きたらやめるだけだ。きっと同じように天堂も思っているからとても簡単に終わるだろう。それがいつになるかわからないけど。明日かもしれないし一生続くかもしれない。
「村雨さんの愛だとか恋だとかは、見本があるみたいだからかなり一般的な感覚に近いと思うよ。でもさ、それって獅子神さん、わからないんじゃない?」
「なるほど、一理あるな」
「ならばやはりただただ獅子神が鈍すぎるだけのようだな。もう少し鋭いと神は期待していたのだが」
「おい、誰が鈍いって」
エプロン姿の獅子神は夕食が出来たのを呼びにきたのだろう。話の一部だけ耳にしたのか、不愉快そうに眉を顰めている。
「もうどう思うか聞いてみたら?」
「……そうだな、…獅子神、この天堂と叶を見て何か思うことはないのか?」
村雨の言葉に改めて、獅子神は二人を注視した。村雨に言われたからか、賭場の勝負の時のようにその双眸は鋭く観察を始める。
「……天堂…オメェ、もしかして叶になんか弱味でも握られてんのか?」
「あーそう取るんだ、獅子神さん」
天堂と目を合わせる。キスでもするか? それはやりすぎじゃね 絡んだ視線で会話して、良い塩梅が思い付かず結局諦めた。
「もういいんじゃない? ご飯食べようよ」
さっそく飽きた真経津は、さっさと卓上に向かう。村雨も後に続き、黎明と天堂も立ち上がる。
置き去りにされた獅子神は、しかし深く考える前に、料理の分配をしなければならないことを思い出す。待ちきれなくなった真経津は自分で入れようとしてこぼすし、叶は嫌いなものを避けるし、村雨が馬鹿みたいな量を盛って天堂と争う。その惨状を収束させる面倒さを身に染みている獅子神は慌てて台所に向かった。
その日から幾日か経った時である。あまりにも気づかないようなのでもう獅子神に対する反応を見るのも飽きてきたころだった。
久しぶりの咎人を詰めた袋を持ってきた天堂は、生き生きとしていて、ひどく機嫌がよかった。テラリウムに放り込んだそれはなかなか興味深く、高揚した黎明も夜中まで話し込んで、そのまま同じ寝台で眠った。
昨夜のことを回想しながら今日またテラリウムを覗くのを心待ちにして、服を探すために辺りを見渡した。引いてきた熱に残された汗が体を冷やし身震いする。黎明はそういえば、と思い出した。
「ユミピコ、24日は空いてないんだっけ」
寝台から手を伸ばして床に落ちたズボンを拾い上げて、身に着ける。緩慢な動作で振り向いた天堂の剥き出しの肩から髪が流れた。
「礼拝がある」
「……ああ、あの」
異様な集会である。以前から話を訊いていて少々興味を惹かれたから、動画を撮りに行った。
こいつら全員天堂が死ねと言ったらそれが正しいと信じて死ぬんだろうなあと端的に黎明は思った。天堂の誕生日はさぞかし熱狂の宴になるだろう。
「オレも配信するからなあ。じゃあ23にここどうだ? クリスマス限定だってさ」
天堂の好物であるキャラメルを使ったアフターヌーンティーの写真を見せた。
「神の機嫌を伺っているのか?」
「……そーだよ、これでプリンのことはチャラな」
まだ根に持っている、気がする。絶対に。
「良き心掛けだぞ。黎明、さすが神の従順なる信徒だ」
「お前の信徒になった覚えはないからな」
寝台が軋む。
黎明の下腹部に乗った体が半分傾いで、弧を描く唇のまま同じところに触れてすぐに離れた。
天堂以外の姿を遮る髪が視界を塞ぎ頬を撫でる。
「ユミピコ、まだヤりたんねーの、オレもう疲れたんだけど」
朝から怠惰を貪り、もう昼過ぎだ。
「今の神は慈悲深い、お前が好きに振る舞っても赦してやろう」
機嫌の良い天堂はしかし、何か企んでいるのは確かで腰を抱き、シーツ上に落とし込むとあまりに呆気なく転がってくれる。まあ乗るのもいいかなんて思った黎明は顔を寄せ。
ふいに玄関が開く音がした。体を起こそうとしてしかし黎明の首筋に腕が絡まって、動きを封じる。唇が塞がった。ひとつの目が愉快そうに形を変える。
聞き覚えのある声が扉の向こうからやってきて、見なくとも誰かわかった。
「おい、叶、ゴミ出しくらいしろよ、なんでこんなに溜まってんだ、エナドリばっか飲み過ぎ……」
開けた先にいる絡み合った体が視界に入ったのだろう。言葉を飲み込む音がする。
「……悪りぃ、邪魔し……ッ、てん…え、は……?」
出て行こうとした獅子神の体が硬直した。
天堂の拘束から解放された黎明は笑っている神さまを一瞥して、ベッドサイドのスマホを取る。
「……ユミピコ、さっきオレのスマホいじってんなーって思ってたけど」
送信した覚えのないメッセージがグループに投稿されている。
『オレんちで今度のクリスマスパーティーのこと決めようぜ。ついでに部屋の掃除手伝ってくれると助かる( ´ ▽ ` ) 鍵は開けとくから勝手に入ってきてくれ』
「敬一くん、これで騙されてきたのか」
我に返った獅子神の眉間に力が入る。
「……オレもなんかおかしいとは思ったけどオメーのスマホからオメー以外が打てるわけねーだろ」
一理ある。黎明はほとんどスマホを手放さないし、他者に操作されるのも良しとしない。まあパスワードを突破できる友人くらいなら許容してもいいと思っている。しそれができるのが隣にいただけだ。
『あとから行くね』
『行けたら行く』
「これ絶対こないな。ユミピコが打ったってわかってるぞ」
「いい加減、ひとり気づいていない獅子神が憐れになった」
「絶対嘘じゃん、負けてんの嫌になったろ。これはずるくないか?」
「最後は獅子神に委ねた。ここまで愚かだとは思わなかったのだ」
「期待してるって言ってたよな、ユミピコ……」
獅子神もいい加減、会話の流れで勘付いたらしい。すでにこわばっていた眉間の皺がさらに増える。
「……テメーら、オレで賭けてたのか、内容はなんだ、付き合ってるかどうか気づけるか、か?」
正解、と唇の動きだけで伝えると、歯噛みの音がした。
「いつからだと思う?」
「……あの、大量の土産の日からだろ」
さすがにここまで明かしたら気づいたらしい。これもわからないなら賭け事もやめた方がいいと思った。
「オレで遊びやがって……」
「まあまあ良い暇つぶしになったよな、ユミピコ」
「なかなか面白い遊戯だった」
あれも、あれもか。脱力したように座り込んでぶつぶつ呟く獅子神は大きくため息を吐いてから立ち上がり、踵を返す。
「ええー敬一くん、帰らないでくれよ〜掃除は?」
「自分でやれ!」
荒々しく床を踏み鳴らしながら、獅子神は乱暴に扉を閉めて出ていく。両手にゴミ袋を持てるだけ持っていくのが律儀である。
しかしあの様子では何日かはご飯を作ってくれないかもしれない。
「次は別れたふりでもするか?」
「さすがに騙されねーと思うけど、面白そうだな」
その程度で懲りるわけでもないので、二人は次の楽しみを話して、唇の端を持ち上げた。黎明はなんだか天堂とはこれからもずっとこんな風に過ごしているような気がして、同じ考えを目前の神さまも抱いているのがわかったから、ひどく嬉しくなって、どちらからともなく唇が重なった。
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