彼方
2025-12-21 01:42:26
3853文字
Public お題箱より
 

【013】わがままな手(全年齢)

曖昧なまま終わってしまった関係を引きずり続ける赤葦と
虎視眈々と機会を狙っていた木兎さんの話
お題箱の投稿から着想しました↓

別れからの復縁厨なので、シチュエーション的には、大人がいいなぁと思います。
2025/11/27 21:43:48 のお題より


 わがままな手

 軽快なクリスマスソングがニューイヤーソングに切り替わるこの時期が、毎年苦手だった。
 浮かれた街のイルミネーションに、幸せそうな家族連れや恋人同士。新年を前にしたワクワクするような気持ちなんて、自分には無い。社畜と成り果てたこの時期は一年最後の繁忙期で、なんとかそれを乗り越えて得られた年末年始休暇にはアレがある──忘年会か新年会の看板を借りた、梟谷の飲み会だ。
 インハイ観戦、春高観戦、合宿の見舞いに盆と年末年始。学生の頃は何かと理由をつけて飲んでいた。就職してあちこちに散らばってからは、皆が帰省していてる年末年始が一番都合が合わせやすい。大きな規模で人を集めていた時期もあったけれど、最終的には春高準優勝時のいつものメンバーに落ち着いた。要は〝いつメン〟ってやつ。
 だから毎年嫌でもこの時期になると、あのひとと顔を合わせることになる。先輩で、憧れていたひとで、小さな棘のように俺の心に居残り続けるあのひと──木兎さん、だ。
 
 あのひとは誰にでも優しい。人懐っこくて甘えん坊で、構われることに慣れてるタイプ。本人もそれをわかっているのかどうなのか、何かと俺に頼ってくるからつい世話を焼いてしまった。どっちが先輩なんだかわからない、と周りから呆れられながらも、世話をされる側とする側としての関係は続いた。
 それがいつどう間違ってしまったのか、自主練に付き合わされ遅くまで居残るようになり、あれよあれよという間に副主将に任命され、どうしてだか最終下校前の部室で唇を合わせる仲になっていた。明確な告白があったわけでもなければ、関係性に名前が付いている訳でもない。俺はただずっとあのひとの一番近くにいる〝仲の良い後輩〟なだけ。
『良い?』と言われたら目を閉じるしかなかった。触れてくる手に身を委ねて、唇を割って入ってくる分厚い舌を受け入れる。熱に浮かされるみたいに舌を絡めて、息が止まりそうなキスをした。初めてのことだらけで混乱する俺をと違って、なんだか余裕な木兎さんがちょっとだけ憎らしかった──普段は俺に頼りっぱなしのくせに。
 若気の至りに流されるままにお互いを慰め合うようになり、覚えたての行為に溺れた。内側に溜まった熱を発散するだけの行為のはずなのに、キスをしながら木兎さんの大きな手に包まれてしまったらもう止まれなかった。二人だけの戯れは一年ほど続いただろうか──結局俺たちは〝先輩と後輩〟という曖昧な距離感のまま木兎さんの卒業の日を迎えてしまった。
 一度離れてしまえば、高校時代の全ての出来事は無かったことになったみたいになってた。一年遅れで大学生になった俺はもう木兎さんの世話をすることもなくなっていたし、すっかり普通のエースになった木兎さんは大学リーグで活躍している。バレーボールをやめた俺はただの大学生で、木兎さんにはもう俺は必要ない。
 たまに梟谷の集まりで顔を合わせた時も俺は〝単なる後輩〟として振る舞ったし、木兎さんのことは〝尊敬する先輩〟として扱った。そうするしかなかった──だって俺たちの間にあるのはもう〝同じ部活の先輩と後輩だった〟っていう関係しかないんだから。
 インターンだの就活だので飲み会に出る頻度もだんだん少なくなり、就職する頃には木兎さんとは年に一回会うか会わないかで落ち着いた。せっかく久しぶりに会ったんだからと、隣同士にさせられることに多少の気まずさはあった。何かの拍子に一瞬触れ合う手や足にドキッとしながら、何でもないような顔をするので精一杯だった。
 大阪に拠点を移した木兎さんは全日本から声がかかるような選手になっていて、俺も立派な社畜になった。もうそろそろ顔を合わせることも無くなるかと思ったのに、どうしてかあのひとは毎年律儀に年末年始の飲み会にはやって来る。有名になったからといって、学生時代の交友関係を疎かにしないのはあのひとらしいんだけれども。高校を卒業してからもう十年近くなるっていうのに、まだ俺はあのひとの隣に座るたびに胸を刺す棘に苦しめられている。
 担当する先生の家から会社に戻る道中で木葉さんからの『今年は年末な!』というメッセージを受け取って、俺はひっそりとため息をついた。吐く息が白くなるぐらいには気温の下がった街は、相変わらず浮かれたイルミネーションに包まれていた。

 ◆◆◆

 学生時代から比べると店のチョイスもずいぶん落ち着いた。木葉さんが接待で使うこともあるという和食の店は、広めの個室に掘り炬燵で元バレー部の大男達にも都合がいい。皆いい年の社会人になったとはいえ、いつものメンバーで鍋を囲んで酒を酌み交わせばあっという間に時間が戻ったみたいになる。
 たらふく食べて飲んで座卓の酒がビールから日本酒や焼酎に移り変わる頃になって、ようやく〝本日の主役〟が登場となった。
「わりぃ、遅くなっちゃった」
「相変わらず忙しそうだな、木兎。今日はなんだったんだ?」
「スポンサー周りってやつ? 俺はツムツムについてっただけだけど」
 当然のように俺の隣にストンと腰を下ろして、木兎さんは手酌で空いたグラスに残っていたビールを注いだ。ぐっと一息にそれをあおると、木兎さんの喉がゴクンと鳴った。
「木兎さん、何か注文しますか?」
「んー、もうそろそろお開きじゃね。ここにあるもん飲んどくよ」
「そういうわけにいかないでしょう、ハイボールでいいですか?」
 他のメンバーたちと近況報告をしながら、木兎さんは俺の声掛けにへらりと相好を崩した。
「ありがと、あかあし」
 宴はそろそろ終わりかけで、ほんの少し顔を出しただけの木兎さんはニコニコと皆の話を聞きながら相槌を打っている。運ばれてきた酒と一緒に頼んだ軽くつまめる物を木兎さんの前に置きつつ、俺はぼんやりとその様子を眺めていた。
「今シーズンも調子良さそうだなあ、木兎」
「おかげさまで、絶好調!」
 綺麗に手入れされた髭と、目尻に浮かぶ笑い皺。ひと懐っこい表情は変わらないものの、ずいぶんと落ち着いた顔に心臓がキュっと縮む気がする。タブレットやテレビの画面越しに見ることが当たり前になっていたから、年に一度のこの距離はどうにも心臓に悪い。
「木兎のそのヒゲ、誰の影響だよ……びっくりしたぞ」
「なんかオトナって感じするじゃん、ヒゲ! けっこうウケ良いんだよ〜」
 ガハハと大口を開けて笑いながら、木兎さんは顎下に蓄えられている髭を撫でた。あのゴツい手でカミソリを使って毎日髭を整えているんだろうか。その様子が想像できなくて思わず口元が緩む。
「まあ俺たちもいい歳になりましたから」
「中身全然変わってねえだろうが、木兎は!」
「うるせえぞ、大きなお世話だ」
 皆から総ツッコミを受けて、木兎さんは決まりが悪そうにワシワシと頭を掻いた。何を思ったのか太く逞しくなった腕が俺の方に伸びてきて、ついでみたいに俺の頭を掻き乱す。
「あかあしだって、なんかオシャレな頭になってるじゃん」
「俺も大人になったんで」
「マネしないでよ、もー」
 ごく自然な動作で頭から肩に降りてきた木兎さんの手が、そっと俺の体を引き寄せた。触れた肩の分厚さが彼の選手人生を物語っていて、俺たちが離れていた年月の長さを思い知らされる。本当に良い選手になったな、木兎さん。
「中身もちゃんと落ち着いたってばー」
 楽しい気分で飲んだ酒が、俺からほんの少しだけ判断力を奪っていた。触れたままの肩と肩が離れないことを、おかしいと思えなかった──だから油断した。
「もう昔の俺じゃないから」
 畳の上の置いていた俺の手に、大きな手が伸びてきた。周りから隠すみたいに掘り炬燵の下に導かれて、手と手が重なる。硬くなった指の腹が俺の手のひらを撫でて、皮膚と皮膚が合わさる感触にぞわりと背中が総毛立った。
「──っ」
 なんでもない動きのはずなのに、どんどん鼓動が速くなる。いま触れてくるのは記憶よりもずっとゴツい手だけれど、熱っぽい感じは遠くなった高校時代の記憶のままだ。されるがままになっているからか、俺の手を撫でる動きは止まってくれない。
「あかあし」
 内緒話をするみたいに耳元に寄せられた唇から、俺の名前が溢れ出る。ほんの少し掠れた声が驚くほどセクシーで、甘ったれだったあの頃の声を上書きしてしまった。
「ね、二次会ブッチしよ」
 節くれだった指が俺の指に絡んで、ギュッと握りしめてくる。どうしてもその手を振りほどけなくて固まっていたら、焦れたように掘り炬燵の下から木兎さんの足が伸びてきた。ちょんと突かれて返事を催促してくる。
「いいでしょ? あかあし」
 良い? と言われて、俺が拒まないのをわかっているんだこのひとは。
……ほんと、わがままなひとですね」
 俺の心まで絡めとろうとするわがままな手を、愛しいと思ってしまった。
 やんわりとこちらから握り返したら、より強い力で握り返された。たぶんもう、逃げられないな。
「知ってるクセに」
 わがままで、甘ったれで、ずるいひと。フフンと鼻で笑った木兎さんは、今度は俺の手をしっかりと握り込んだ。
「いいですよ、べつに」
 十年越しで燻り続けた俺の思いを今ごろになって無理やり掘り返してくるんだから、本当にタチが悪い。
 掘り炬燵の下で手に手を取って、俺たちは抜け出すタイミングを見計らうのだった。

 2025.12.21