来羅
2025-12-20 23:05:19
2075文字
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マフラー(風信)

ワンドロライ第23回。




 すれ違う人たちが何やら微笑ましいものでも見る目で見てくるな、とは思っていた。
 雑貨屋のオヤジも気難しい靴屋のオヤジも、おしゃべり好きな野菜屋の婆さんも。中には微笑ましい、を通り越してニヤニヤする顔に、けれども住民相手にその顔はなんだと絡むことはできず、首を捻りながら理容室までの道のりを巡回しながら歩く。
 なんだか背中がムズムズするような感覚。
 こういうとき、大抵の場合、関わっているのはあの人だ。
 養い親で、ボスで、最愛の人。
「大佬!」
 今度は何をしてくれたのか。
 勢いよく理容室のドアを開けた信一に、まだ開店準備中の龍捲風は箒を片手に振り返った。
 その、姿に。
「あー!!」
 思わず指差して叫んだ信一は、たぶん、悪くないと思う。
 今朝は少しばかり冷えて肌寒かったのだ。
 なぜか自分のことは顧みない龍捲風に、何度も口を酸っぱくして言い聞かせた結果、こんな日はいつもより厚着するようになったのは喜ばしい。喜ばしいのだけれども。
「なんで! それ!」
「藪から棒になんだ?」
 訝し気な龍捲風の首元。
 適当に巻き付けたといった感じのマフラー。
 防寒してくれるのはいい。本当にいいことだ。
 いいことなんだけど。
「それ! 俺のガキの頃のやつじゃん!」
……ああ、これか」
 まるで絵具にあるような青、だった毛糸はすでに煤けて色が抜けて毛羽立っている。元々が子供用のマフラーだから、長さだって短い。それに何より、龍捲風が、あの頃はまだ慣れない手つきで縫いつけてくれた鉄腕アトムのワッペンが、ドドンと大きくその存在をアピールしていた。
「な、なんで、」
「懐かしいだろう? 整理していたら出てきてな」
「だからって!」
「お前が俺にくれたんだぞ?」
 そうだけど!
 悲鳴を上げる信一に、龍捲風はからりと笑うばかりだ。
 信一のために買い求め、ワッペンまでつけてくれた唯一無二のそのマフラーは、当時お気に入りだった。
 どこへ行くにも、あまり寒くない日でも、細い首に巻き付けて城砦中を駆け回っていたのは誰もが知っている。会う人会う人に「これ、祖哥哥が買ってくれたの!」と言いまわっていたから当然だ。
 そしてそれが唐突に終わったことも誰もが知っていた。
 理由は簡単。
 信一がサイボーグ009に憧れたからだ。
 風に棚引く黄色いマフラー。
 テレビに釘付けになった幼き頃の信一が目を付けたのは、龍捲風の持っていたくすんだ辛子色のマフラーだった。
『哥哥、とりかえっこして!』
 子供にとっては長いマフラーを首に巻き付け、端を引きずって走る信一を、当時を知る大人たちは皆覚えている。
 どうりで住人たちがあの生温かな眼差しで見てくるはずだった。
 マフラーは信一にとってはむず痒い思い出と共にある。
「えー、その格好で家から歩いて来たのかよ~」
 龍捲風は物持ちがいい。ズボラともいうけれど。
「いいだろう?」
 どこか得意気な顔は、そんな信一の恥かしさなどわかってやっている顔だ。
「捨ててよ」
「なんでだ。まだ使える」
「この間買ってあげた黒のあったじゃん」
「ああ……お前が裸に巻き付けて哥哥にプレゼントってくれたやつか」
「それも忘れて!?」
 顔を覆って蹲った信一に、龍捲風が声を上げて笑う。
 あれは、少し、血迷っただけだった。夜になると大胆なことができてしまうのは信一七不思議のひとつだ。
「最悪だ……マフラーに良い思い出がなにひとつない……!」
「俺にとってはどれも良い思い出だぞ。まぁ、さすがにマフラーで縛ってって言ってきたときは」
「ああああ、もう黙って!」
 慌てて飛びつき手の平で龍捲風の口を覆う。
 恨みがましく見上げれば、緩くたわんだ瞳は悪戯めいている。
 あ、なんかヤバイと思ったのと、その手の平がべろりと舐められたのはほぼ同時だった。
「ギャッ!」
 くつくつと笑いながら再び開店準備に戻る龍捲風はもういつもの読めない顔つきで、つい面白くないと思ってしまったのはきっと必然だ。もしかしたら、それすら龍捲風の手の内だったかもしれない。
「大佬、そっちじゃなくて」
 こっちにして、と両腕を肩にかけるように背後に回し引き寄せた信一は、躊躇うことなくその薄い唇にかぶりつく。その拍子にマフラーを取ってやろうと思っていた。のだけれども。差し入れた舌を甘噛みされて、その気持ち良さに体が熱くなる頃には、マフラーにかけた指先はいつの間にか囚われていた。
「お前に色仕掛けはまだ早いな」
 そうしてマフラーの代わりに信一の手の中にあったのは、色気も素っ気もない龍捲風の持っていた箒一本。
「そっちを掃いてくれ」
………………ずるい」
「返事は?」
「はい、わかりました!」
 キスの余韻を微塵も感じさせない顔は、楽しげだ。
 楽しげで、それなのに、信一を見る目は本当に愛おしくてたまらないのだといったそれだから。
 だから。
「ずるい!」
 叫んだ信一に、また龍捲風が声を上げて笑った。