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net20156
2025-12-20 23:01:02
2493文字
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第26回 五歌ワンライ【激励】
歌姫が言ったんだよ、「がんばれ」ってさ。
居酒屋の狭い個室で宴もたけなわになった頃。
一番奥の席に座っている歌姫は、船を漕ぎながらうつらうつらと僕の肩に何度かもたれかかってくる。
ぶつかる度に体勢を立て直そうとしていたけど、何度目かの接触でついにそのまま体重をかけてきた。
歌姫は酒癖は悪いけど、強いわけではない。
目の前で一緒に呑んでいる七海や硝子は顔色も変えずに同じピッチで平然と杯を重ねているが、歌姫は一通り大騒ぎした後はスイッチが切れたように眠りに落ちている。
僕の隣では伊地知が肩をすぼめてちびちびと烏龍茶を口にしていた。
硝子と七海が、出張で上京した歌姫と呑んでるって知ったら、そりゃ任務帰りに合流するでしょ。
おかげで1級呪霊もあっという間に祓ったんだし、いいことづくめじゃない?
個室に上がり込むと歌姫はなんかきゃんきゃん吠えてたけど、今夜は僕が全部払うよって言ったらすぐ納得してたし。ちょろ。
視線を右下に落とすと、歌姫の漆黒の睫毛が伏せられている。さっきまで泣いたり喚いたりしてたせいか、生理的な涙でしっとりと濡れて光っていた。しかし寝たままでも右手でビールジョッキは離さないんだから見事なものだ。
頬を指先で突ついてみると、うにゃうにゃと意味不明の言葉を発しながら、その瞼が開けられた。
「
…
んぁ、なに、すんの
…
っ」
「起きた?」
眠り姫のご機嫌はまだ斜めのようだ。
「歌姫もさぁ、強くないんだからほどほどにしとけば?」
「うっさいわね
…
あんたこそ飲めないくせに、なんで居酒屋きてんのよ
…
」
「こーゆーとこって結構スイーツの品揃えいいんだよね。それに1級呪霊を祓除した任務帰りの後輩を労わってくれてもいいんじゃない~?」
歌姫の顔を下から覗き込むと、悔しそうに唇を噛みながら、両手で頭をわしゃわしゃとかき混ぜてきた。そーゆーことじゃないんだけど、気持ちいいからそのままにさせておく。
「ほんと、あんたみたいな口の減らない生意気な奴に見合いだけはたくさん来るってんだから世も末ね
…
」
「なに歌姫、見合いしたいの?」
「ちげーよ!」
「あんなの、じじい達が勝手に持ち込んでるだけじゃん」
京都の五条家に立ち寄る度に釣書の山が置かれているが、一枚も開いたことはない。
それよりは歌姫の狭いアパートに押しかける方がよっぽど楽しい時間だ。
「それに僕だって好きな人くらいいるよ」
歌姫は飲みほそうとしていたビールでごふっ!とむせ返した。
「マジぃ?! あんたそんなの全然興味なさそうっていうか、誰かに一途になる誠実なイメージないんだけど」
「歌姫は僕をなんだと思ってるわけ?」
「あんたこそなんでそう思われないと思ってるわけ??」
確かに特定の彼女は作ったことがないし適当に業界外で発散してたことはあるけど、一体誰のせいだと思ってるのか。
なんだか面白くなくて、目の前の溶けかけたクリームソーダのアイスを口に放り込む。
「でも"好きな人"ってことは、付き合ってはないってこと?」
「そうだね」
「相手は知ってんの、あんたのその
…
気持ち的なアレは」
「知らないんじゃないかなぁ」
「えーっと、それってこの業界の人?」
「まーね」
恋バナには興味があるのか、妙に歌姫が食いついてくる。
はー
……
と意外そうに頷いてるから、ほんとその鈍さに呆れを通り越して苛つきすら湧いてくる。
「そっかー、あんたもそんな人並みの感情があったのね
…
」
ほんと僕のことなんだと思ってんのこの女
…
。
人並みの普通の男と同じで、好きな女をオカズに抜きまくるのも数えきれないくらいやってるけど。
人の気も知らず、歌姫は残り少ない枝豆をちょびちょび摘まみながら、一人でうんうんと頷きながらぶつぶつ呟いてる。なんか酔っ払いの変なモードに入ってきたな。
「
…
あんたはさぁ、いっつも人のことからかってばっかりだしほんとムカつく後輩だけど、それでも幸せになればいいなぁとは思ってんのよ。そりゃ曲がりなりにも御三家当主だからさ、相手の負担とかいろいろあるかもしれないけど、そーゆーのは二人の気持ちが通じ合ってれば乗り越えられるじゃない」
「そーだね」
「だからまずは当たって砕けろよ!あ、でも相手のことからかったりしたらだめよ。あんたが軽口たたかずにちゃんと真剣に向き合えば、相手も応えてくれるわよ。生徒を指導する時と同じよ」
「生徒と同じねぇ
…
」
僕が素直に聞いてるものだから、先輩風を吹かせられるのが嬉しいらしい。
「まあ頑張りなさいよ。こーゆーのはタイミングと運なんだから、なるようになるわよ!」
酔っぱらいのおやじみたいに、歌姫が何度も背中をばんばん叩いてくる。
自分で言ったんだから、覚えてろよ。
「
――
うん、じゃあ頑張っちゃおうかな」
テーブルの向こうで七海が何か言いたそうにしてるけど、僕は何もしてないもんね。歌姫先輩がくれるありがた~い激励を受け取ってるだけ。
「そうそう、その意気。うじうじ黙ってるなんてあんたらしくないじゃない。やる時は一気に行け!!」
「オッケー」
ジョッキの残りを一気に煽った歌姫は、気持ちよさそうにまた船を漕ぎ始める。
今後はその肩を遠慮なく引き寄せて僕の膝に寝かせた。仰向けに寝落ちしたその顔はあまりに無防備で、半開きになっている唇を指先でなぞってみる。
ここに色んなものを突っ込みたいなんて想像も頭をよぎる。
「
…
庵さんはあくまで一般論を言ってるだけだと思いますが」
御猪口を手にした七海が野暮な突っ込みを入れてくる。
「おまえも僕の幸せは願ってくれるんだろ?」
「それは否定しませんが、庵さんの幸せも願ってますよ」
「ならなんの問題もないじゃん」
とりあえずこのままホテルに背負っていって、水飲ませて目を覚まさせたら、何から頑張っちゃおうかな。
歌姫先輩の言葉通り真剣に向き合えば、相手も応えてくれるんでしょ。
覚悟しててね、歌姫。
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