神と祖国のためにっていうモットーで動く白髪混じりのチャプレン
――俺の部隊に随行した牧師
――は、時折慰めるように告解を勧めた。最年少で海兵隊の特殊部隊隊長をやってるからプレッシャーも少なくないだろうって、そんなふうに理解を示して軽く、気さくに。俺はそれに、長らく信じるものは自分の感覚と指先だけだって返して来たけれど、たまには神やその母に頼りたくなる日もあった。例えば自分のミスで作戦が失敗した日や、部下を亡くした日や、若すぎる敵兵を殺した日なんかには特に。
でも、俺は結局、今回の派兵中にチャプレンに頼ることはなかった。多分、俺のなけなしのプライドがそうさせたんだろう。誰よりも勇敢で、誰よりも強い海兵隊員であるところのスタンリー・スナイダーは、神に縋るような男じゃなかったから。
とはいえ、別に俺に信仰がなかったわけじゃない。子育てを終えて教会で聖歌隊を率いているお袋や、古い十字架をガレージに置いてた親父や、神について易しく語ってくれた婆ちゃんなんかが俺にたった一人の男の存在を、胸に刻みつけくれていたのだ。
けれど、それはいつしか今を生きる、やはりたった一人の男に捧げられることとなってしまった。神は世界を創造し、我々を愛してくださる
――それが真実なのだとしたら、俺はそのたった一人の男に十一の時に出会ってしまっていた。言うなれば、この世に顕現した奇跡に奪われてしまったのだ。そんなことを言ったら、あのチャプレンは気絶するかもしれないが。
そう、俺はゼノ・ヒューストン・ウィングフィールドって名の男によって自分の世界を形造られ、そして彼に確かに愛されていた。自分でもイカれてる考えだと思うけど、それでも俺を救ってくれるのは恋人の存在だけだった。砂埃の中で立ち尽くす時、俺の旗になるのは彼だけだった。俺の救いになるのは、忠誠を誓い、やがて人生の終わりに包まれることになる国旗ですらなかった。
そうだ、俺のたった一人は、あんたなんだよ、ゼノ。あんたは分かっちゃいねえかもしんないけどさ。俺には、あんただけなんだ。
そんな俺が久しぶりに夢を見たのは、合衆国の地を踏んで雑事をこなして、ゼノと熱心にファックした、言うなれば再会の夜のことだった。
夢の中で、俺は二人分の足跡を背にして、ゼノと海辺を歩いていた。
それは夢だったので、海と同じく真っ青な空には、どんな仕組みかは分からないが、今までの俺の人生の思い出が映し出されていた。俺はそれをぼんやり眺めながら、ゼノと共に穏やかな海辺を歩いた。俺達を包む空にはゼノに出会う前の俺、ゼノに出会ってからの俺、ゼノと結ばれてからの俺、ゼノと離れてからの俺、そして、初めて戦友を亡くした日の、今も目に焼きついている真っ赤な血があった。空が真っ赤に染まった時、海辺には俺一人だったから、俺はそこで、あぁ、これは夢だって思った。いつかチャプレンが説教した、いつだって、自分が一人きりだと錯覚する困難の時だって、あなた達は神と共にあるっていう、退役軍人がありがたがる有名な詩にまつわるエピソードが現実と混ざり合って、俺はゼノを思っているんだってそう考えた。そして、そんなに俺はあんたにイカれてるんだろうかって思った。夢にみるくらい、神にあんたを重ねるくらい、俺はたった一人にイカれてるんだろうかって思った。いや、そんなの分かっちゃいたけどさ、いざ無意識下で突きつけられると、割と来るものがあったから。
目を開くと、珍しくゼノが俺を見つめていた。まだあたりは薄暗いのに、彼の黒い目はじっとこちらを見ていた。俺は冗談を言うのも忘れて、それに見入った。ゼノはただ俺を慰めるように、こちら側を見ていた。触れることもなく、なのに視線で慰撫していた。
「ゼノ
……?」
俺が名を呼んでも、彼はすぐには答えなかった。ただ視線で俺を撫で、慰め、愛してくれた。それは夢の中にいたゼノと似ていたが、俺のイメージの中の彼とは少し違った。何かを期待するような、それでいて優しく包み込むような、そんなものが彼からは感じられた。
「おはよう、スタン」
滑らかな声での挨拶は、紛争地で繰り返し想像したものだった。一日をあんたと一緒に始められたらって、俺は基地の隙間から吹き込んでくる砂を払いながら、ずっとそう考えていたのだ。緊張続きの日々の中、穏やかな日常を俺はずっと求めていた。
「良い夢だったかい?」
「夢? まぁ、みたけど、何で?」
「レム睡眠の特徴の眼球運動が見られたし、指先も少し動いてた。呼吸も少々乱れていたしね。それで、どんな夢だったんだい?」
「
……神様の夢」
「へぇ、君が信仰を持っていたとは初耳だ」
そりゃああんたには言ってないからね、俺はそう思う。
たった一人の男があんただってことは、俺は誰にも言っちゃいない。この世界を作ったのがゼノ、あんただってことは、あんたに愛されればそれで良いって思っていることは、誰にも言っていない。お袋にも、親父にも、婆ちゃんにも、チャプレンにも言っていない。もしかしたら、俺はそれを墓場まで持ってゆくのかもしれない。
「こう見えても、小さい時はお袋の命令で聖歌隊にいたんよ」
「本当に? 長い付き合いなのに知らなかった!」
まるで親友でしかなかった頃のように気軽にゼノは言い、けれど、その後すぐに俺にキスをした。俺はそれを受け入れ、そして彼に同じようにキスを返す。
「まだまだ秘密はあるぜ? あんたが知らない俺なんて山ほどいるさ」
「でも、それも全部僕のものだろう?」
ゼノは楽しそうに笑い、俺にまたキスをする。俺はそれを再び受け入れ、彼の唇を食む。そして裸のまま抱き合って、穏やかな空気が漂うベッドルームで指を絡める。
そう、俺の全部はあんたのものだ。あんたが俺の世界を、いや、俺を形造り、愛してくれた。俺はそれを受け入れ、生きてゆくのだ。どこにいても、紛争地にいても、合衆国にいても、それだけを思って生きてゆくのだ。
俺はゼノを抱き締める。キスを繰り返し、時間の感覚があやふやなまま、朝に向かって時間を進める。
なぁ、俺はあんたの夢をみたよ。チャプレンの説教に出てきた神に、あんたを重ねたんだ。決してあんたには話せない、そんなつらい時ですらあんたが共にあるって、そう信じたかったんだろうな。
俺はそんなことを思い、ゼノの唇を舐める。もうお喋りをやめてしまった、そんな唇を舐める。熱っぽい息が漏れる、そんな唇を舐める。幸い、今回の休暇は長い。だから、あんたと長くいられる。いつだってあんたは俺の側にいたけど、それでもこうやって触れていられるのは何よりも嬉しかった。愛されているいって分かって、すごく嬉しかった。まるで、彼にとっても俺がたった一人であると言われている気がして、そして全てを許された気がして、俺は救われたのだ。
俺はゼノを抱き締める。繰り返しキスをして、朝が近づいて来る中時間に追われて抱き締める。俺にとってたった一人の男をただ愛したくて、愛されたくて、ただ、俺は恋人を抱き締める。
◆感想いただけると嬉しいです!
https://wavebox.me/wave/xfx46a4nqxkbgstr/
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.