青色
2025-12-20 21:55:35
4173文字
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燭鶴「撫でられたい」

恋人なのに光忠くんから頭撫でてもらったことないから頭撫でられてみたいな〜と思ってる鶴さんの話。
光忠くんはみんなにも優しくて甘いけど、恋人にはことさらに優しくて甘い、これは真理です。

赤ブーのwebオンリー「エアブー」に展示として出してたものです🏃

 鶴丸の恋人である光忠は、手のひらが大きい。

 大きいだけでなく、厚みがあって、関節がはっきり節張っていて、手袋をしていてもしっかりと武骨な男性の手だ。それを鶴丸は好ましく思っている。
 その手のひらで、光忠はよく誉を取った短刀たちの頭を撫でている。小さな身体の彼らの頭がすっぽりと光忠の手のひらに収まっている様子はとても微笑ましい。微笑ましいけれど、鶴丸は少し、拗ねたくなるような気持ちになるのだ。

 というのは、鶴丸は恋仲という立場なのに、これまで頭を撫でてもらったことがないからだった。

 彼と恋仲になってからまだそんなに長いわけではない。身体の関係なんかはまださすがにない。けれど、手を繋いだことはあるし――自分の手と比較してあまりに男性的な手だったのでどきどきした――、頬に触れるくらいのキスだってしたことがある。そう、つまり、関係は順調に進んでいるのだ。
 それなのに、鶴丸は光忠に頭を撫でてもらったことがない。頭を撫でるなんて行為は、触れ合いとしてはかなり初歩的なもののはずで、実際、鶴丸が光忠の頭を撫でることはときどきあった。

 なのに彼から撫でてもらったことはないのだ。

 短刀たちは頭を撫でてもらえるのに、どうして自分は撫でてもらえないのだろう。あっ、大人だからか? いや、でも! 大人だって頭を撫でられたいだろう! 特に大好きな恋人には!

 そんなことを考えている毎日の中の今日、単独遠征から帰ってきた鶴丸は執務室で、ちょうど誉を取ってきたばかりの太鼓鐘貞宗が近侍の光忠にそれを報告して頭を撫でてもらっているところに居合わせた。

「貞坊!また誉を取ったのかい?鶴さんからも撫でてやろう」
「へへ!次もまた俺が誉を取るぜ!」

 二人から頭を撫でてもらって嬉しそうな貞宗が、執務室を出ていく。鶴丸は遠征が大成功だったことを近侍の光忠に報告して、彼に向かって軽く頭を下げた。貞宗と同じように頭を撫でてもらうつもりで。

……?」

 鶴丸の行動の意図が分からなかった様子で光忠が不思議そうにしている。鶴丸は言いたいことが伝わらなかったことを不満に思って、口をへの字に曲げた。

「光坊、俺の遠征は大成功だったんだぞ? 誉と同じようなもんだ」
「あっ、そうだよね!ごめん、労りが足りなくて。お疲れ様!」
「いや、そうじゃなく、は、ない、が……、その――

 鶴丸は、光忠が誉を取った貞宗にしていたように、頭を撫でてもらいたいのだ。それは大人だって褒められたいからだし、何より光忠が恋人だからだ。恋人に、褒められたい。子供みたいに。
 ただ、それをはっきり口にしようとすると、急になんだか照れを覚えてしまって上手く言葉にまとめられない。おかしい。こんなに頭を撫でられたいのだから、素直にそう言えばいいだけなのに、いざそうなるとどうして照れてしまうのだろう。鶴丸は困ってしまって少しだけ俯いた。

「あっ、えっと、もしかして、鶴さんも頭を撫でられたい、……?」

 視線を落としている鶴丸に目線を合わせるように、光忠が少し屈んでこちらを覗き込んだ。金の目が、とても優しい色をしている。改めて言葉にされて尋ねられると、なんだか自分がとても子供っぽい欲求を抱いているようで恥ずかしい。大人なのに。少し顔が熱い。

「それは、その、」
「待って、ごめん、訊き方が悪いね。えっと、……鶴さんのことも、僕、撫でてもいい、かな?」

 光忠は困ったように笑って、続けた。

「いや、僕ずっとね、鶴さんの頭を撫でたいなって思ってて、……だって鶴さんの頭って丸くて小さくてかわいいでしょう? だから鶴さんの頭を見かけるたびに撫でたいなぁって思ってたんだけど、ほら、鶴さんは僕より大人だし、格好良いから、なんかそういう子供扱いみたいなことするのどうなのかなって思ってて。あっ、えっと、本当に、頭を撫でたいのは子供扱いしてるんじゃなくて鶴さんのことが好きだからなんだけど」

 思いのほか饒舌に言い訳めいたことを口にした光忠は、苦笑している。

「だから、鶴さんが撫でられたいって思ってるんだったら、撫でてもいいのかなって思って、さっきみたいに訊いちゃったんだ」
「そ、うだったのか」

 鶴丸は照れが落ち着いてきたので、いつもの調子で頷いた。なんだ、光忠も頭を撫でたいと思ってくれていたのだ。

「俺はきみに頭を撫でられるのは大歓迎だぜ?何も光坊がためらうことはないんじゃないか」
「いや、なんていうか、人が見てるところで年上の人の頭を撫でるのはなんか良くないよ」
「そうか?俺は別に気にしないが……。恋人なんだしな。光坊が撫でたいと思うときに撫でてくれ」
「そっか。じゃあ、これから、撫でたいと思ったときに撫でちゃおうかな」
……い、今、は?」

 にこにこと微笑んでいる光忠が、このままだとどうも今は頭を撫でてくれない気がしたので、鶴丸は期待を乗せて尋ねてしまった。いつでも彼に頭を撫でられたいので、今も、今すぐ、頭を撫でられたい。

「うん、今も、ね。ちょうどこの場には僕らだけだし」

 そう言って光忠はこちらに向かって手を伸ばした。頭の上に手のひらがかざされて、鶴丸はなんとなく目を伏せた。ぽん、と彼の大きい手のひらが鶴丸の頭の上に乗る。そして、大事なものに触れるような繊細な手つきで、よしよし、と頭を撫でられた。

「よしよし、鶴さんはいつも頑張ってるよ。えらい子」

 鶴丸はただ頭を撫でてもらうだけのつもりだったので、労りの言葉が付いてきて動揺した。確かに、ことの発端は貞宗にしたようにしてほしいというものだったから、労りが付いてくるのはおかしくないのだが、光忠の声音はとても優しいだけではなくてとても甘かったから、なんだかどきどきしてしまう。
 内心の動揺をごまかすように、鶴丸は頭を撫でる彼の手のひらに、ぐい、と頭を押しつけた。いいから黙って撫でてくれ、という意味で。撫でられるのは心地よかったから。

「ふふ、鶴さんはかわいいね」

 光忠は相変わらず優しい手つきでこちらの頭を撫でている。指先が髪を梳いて、頭皮を撫でていく。ときどき、たわむれのように頭を撫でた指先が耳まで落ちて、耳の縁をくすぐっていく。
 かわいい、と彼はまた言った。鶴丸はなんだか落ち着かない心地で体温が上がっていくのを感じていた。頭を撫でられるのは嬉しいけれど、どきどき、する。身体が芯を失って、へなへなとなるような。
 短刀たちに対するような子供に向ける手つきを想像していたのに、これは、なんていうか、もっとずっと甘い、行為で。

「な、なんか違うぞ、光坊」

 鶴丸が光忠の手のひらから逃げるように身を引きながら言ったら、光忠はなんだか残念そうにしている。もっと撫でていたかったのに、という感じだ。

「違うって、何が?」
「いつも短刀の子らを撫でているのとなんか違う、だろう」
「えぇ? それはそうだよ。だって短刀の皆はかわいい仲間たちだけど、鶴さんは恋人だから」

 恋人は、恋人らしく甘やかさなきゃ、と光忠は言った。

「そういうふうに鶴さんを甘やかしていいか分からなくて、ちょっと遠慮してたんだけど、鶴さんも撫でられたい――甘やかされたいみたいだから、いいよね」

 彼はとても甘い表情で微笑んで、もう一度鶴丸の頭を撫でた。とても甘い手つきで。頭を撫でたついでに指先はそのまま頬にすべり、頬を包まれ、親指で唇を撫でられる。
 鶴丸はまたどきどきしてしまって、しかし、その先を期待して、続きをねだるような目で光忠を見た。その視線を受け止めて光忠が顔を寄せる。鶴丸が目を閉じると同時に、彼の唇が鶴丸の唇に触れた。溶けてしまいそうになるくらいの長い口づけ。彼と触れている部分が熱い。なんだか頭がぼんやりする。

 ゆっくり唇を離した光忠が余韻でまた軽く頭を撫でる。そして言った。

「ふふ、僕、鶴さんといつでもこうしたいなって思ってたんだ。さっき鶴さんが人目は別に気にしないって言ってたから、これからはいつでも撫でたり甘やかしたり、させてね」

 ぼんやりしていた鶴丸は急に冷静さを取り戻して、慌てて首を振った。

「光坊は人前で俺を撫でたり甘やかしたりするのは禁止だ……!」
「えっ、どうして」
「き、きみの手がけしからんからだ!いや、良い手だと思っている!が!ちょっと、その、刺激が強――、とにかく!二人だけのときだけにしてくれ」

 慌てて言葉を重ねる鶴丸を、なんだかおかしそうに光忠は見つめて、そして微笑んだ。

「うん、じゃあ、僕のこの手は、鶴さんと二人きりのときだけに取っておくよ。……、今は、二人きりだから、もう少し撫でても、……いい?」

 光忠が上目遣いで尋ねるから、鶴丸はおずおずと頷いた。
 こちらが頷くのを見て嬉しそうに微笑んだ光忠は、さっきよりも甘い手つきで鶴丸を撫でた。鶴丸がへなへなになってしまうくらいに。

 結局このあと、あんなに頭を撫でられたがっていた鶴丸がもう十分だと降参するまで、鶴丸はそれはそれは甘く頭を撫でられて甘やかされたのだった。
 二人で執務室を出る頃には鶴丸はふにゃふにゃになってしまっていた。光忠の恋人に向ける手の甘い力は恐ろしい、骨抜きになってしまう。

「本当に、頭を撫でるのは二人きりのときだけだからな」
「もちろんだよ、こんなにかわいくなっちゃう鶴さんのこと、みんなに見せられない」

 光忠がキリリとした表情で言って、そして笑う。つられて鶴丸も笑ってしまう。二人で部屋に戻る途中、人がいなさそうだったから、鶴丸はそっと光忠と手を繋いだ。

……?」
「俺は光坊のこの大きな手が好きなのさ。今日でもっと好きになった。だから、その、二人きりのときだったらいつでも遠慮なく、……
「ふふ、この手で甘やかしてほしいんだね。それはもちろん! 僕の手は、鶴さんのものだよ」

 そう言って愛しそうに微笑んでくれた光忠の手が、ぎゅっと握り返してくれたのが鶴丸は嬉しかった。

 光忠の手の甘やかしで鶴丸が積極的で甘えん坊な大人になっていくのは、そう遠くない未来だった。