racmon
2025-12-19 23:43:21
3622文字
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暖笑

お題でいただいた「こたつでだらっと喋るささろ」です!

 とっぷり暮れた車窓からの景色に簓はため息をついた。この季節になると盧笙との楽しい夜更かしの頻度が減少する。誤解がないように言うと、飲み食いしながらのお喋りさえも減っているという意味だ。外が真っ暗で寒ければ、同じく盧笙の部屋も明かりは消え、リビングは冷え切っている。
「暖房つけたら電気代かかるし頭がぼおっとするからええことないねん」
 そう言ったのは怠い滑舌の布団の山だった。盧笙は睡眠を一番の節約と考えていた。さいわい布団や毛布は実家から持ってきたものがたくさんあるため、床についてしまえばこっちのもんというところだろう。簓はそれに抗議はしなかった。節約になるというのもごもっともだし、寝る子は育つというじゃないか。それに、彼が起きていて得をするのは自分だけだと、そう思った。
 とはいえ期待はせずとも足は向く。健やかな寝顔だって、簓を十分に癒してくれるのだ。一段飛ばしに鉄骨階段をのぼり、出来るだけ音を立てないように解錠し、静かに扉を開けた。
「ン?! 電気ついてる!」
 予想外の光が眼前に広がっている。ドタバタと靴を脱いでリビングへ飛び込んだ。ほんのりと、ひと一人分ほどのぬくもりが簓の鼻先から頬を撫でた。
「おーお疲れさん」
 実に健康そうな顔色の盧笙は、この部屋では見慣れないものに埋もれていた。こたつだった。そこから簓を見上げて労いの言葉をかけ、ひらりと手まで振った。
「買うたん! ええやん!」
「ボーナスでな、やっとこさ」
 ぽふぽふと綿を叩き満足気だ。
「着る毛布でもよかったけど、ほれ──」
 ぺらりとこたつ布団をめくると、中には服やタオルが小盛りになっていた。
「外干しても今もう冷たぁなって乾いてんのかようわからんやろ」
 早速所帯染みた使い方をされ、こたつのほうもすぐにこの部屋に馴染めそうでなによりだ。盧笙はこたつの利点をいくつも述べる。簓は手洗いうがいを済ませながら、お互いに届くように声を張る。
「そらもう何wayいう感じやな!」
「朝とかな、着替える前に服あっためてから着れるしええねん!」
「あー! ヒヤッとしてドキィてなるもんな!」
 簓は冷えた指先を揉みながら、そそくさとその暖かい空間へ手足を差し入れた。ビリビリと痺れるくらいに温度差がある。
「でもわりと新鮮やわ、実家になかったから」
「あー俺も」
 簓がぽろっと言ったことに、盧笙は共感を示した。「なっ」と簓はそれに返す。
「お! みかんも買うたんか!」
 天板のど真ん中にはお手本のようなみかんが鎮座していた。フリー素材のイラストで『こたつ』を探すとこんなふうだろう。
「やーこれは職場でもろてんけど、カゴはまぁ買うた」
 盧笙は少し恥ずかしそうにして、一つ手に取る。簓も手際良く剥きながら「こたついうたらこれやもんな!」と喜んだ。
 それから白い筋を取るか取らないか、いきなり半分に割ってから皮を剥くやり方はいかがなものかなど、しなくてもいいような話でめいっぱい盛り上がった。
「ハッハッハ! ハァ──」
「おい寝転ぶな。そんなもん終わりやぞ」
 笑いで腹八分目になった簓はそのまま横になるところだった。盧笙はやや険しい顔で指摘する。「俺は知ってんねん」と、表情が物語る。
「と、経験者は語る?」
 背中がつく前に腹筋1回で起き上がり、その反動で天板に上半身をなげ出す。体が温まるにつれ、どうにも力が入らない。
「届いた初日にやらかした。起きたら3時や」
「平日?」
「平日。その日いちンち体内時計狂ってやばかった」
「ほな先人の言葉を信じて我慢するかあ」
 手持ち無沙汰に指先を泳がすと盧笙の手の甲に触れた。てのひらで包むとくるりと仰向けになったので、そのままゆるく繋いだ。
「お前年始どないやねん」
「どないもこないもないがな。去年──いや今年より2本も生の司会増えた」
 簓の訂正に「細かいな」と盧笙は笑う。
「そらありがたいことや」
「ええかげん下に譲らな思うねんけどな」
「まだ早いやろお前ぇ。その気持ちあんねやったら勝手に力つけた後輩が取っていきよるわ」
「ほなまだ俺の独壇場いうことか」
「そういうこっちゃな」
「まあ俺オモロいからしゃあないかあ」
 簓は間延びした自画自賛のついでに、また無意識にも寝転ぼうと頭の後ろで手を組んだ。
「座っとけお前、ほんまに一瞬やぞ」
 しっかりと盧笙に背中を支えられ、簓の体はバウンドする。盧笙は簓を引き留めておいて、熱心にスマホを見始めた。指はスクロールの動きだ。
「なに見てーん」
 画面の前で指をチラチラさせて妨害すると、羽虫を払うかのようにあしらわれる。わざとらしく悲しい顔を作ったところで、盧笙の口からは嬉しい言葉が出た。
「やめぇ。白膠木簓で検索中や」
「そんなん! これ見たらええやん!」
 嬉々として簓は手帳を取り出した。プライベートの内容は一切書かれていないが、びっしりと予定が詰まっている。簓が売れっ子であることが一目で分かった。
「お前いまもアナログ派か!」
 盧笙にとっては簓の人気度合いなど当然のようで、それよりもやや癖のある字で書き込まれた手帳そのものに目を輝かせた。
「ネタ出しと仕事の予定はなー、なんか書く方がええんよな」
 そうかそうかと頷く盧笙。おもむろに腕をまくり、動かずとも届く範囲に置かれた缶からペンを取った。
「簓、カレンダー取ってきて」
「いやん、寒い」
「お前の方が近いやん、頼む!」
 ほないんじゃん、と拳を突き出し、盧笙が一回で負けた。体を縮こませてすばやく、壁掛けの犬の写真のカレンダーを取って戻った。盧笙は熱心に簓のスケジュールを書き写しはじめた。
「えー盧笙も手帳に書いてや」
「仕事用やもん。気ぃ散る」
「カレンダーは何用なん」
 ペン先が宙でぴたりと止まり、しばらく考えたのちに盧笙は軽く首をかしげて言った。
……生活?」
 たしかに、ゴミの日や近所のスーパーの年内最終営業日の記入があった。そこの隙間をすべて埋める勢いで『簓・4チャン20時』などの情報が追加されていく。
「ウゥンフクザツ〜」
 簓にとっての仕事の予定は盧笙にとっての生活の予定であり、同じ項目ではない。随分前にそうなった。今となってはそれも悪くはないだろう。それでも2人で1冊の手帳で済むくらいの頃が、いつまで経っても切なくよぎる。簓はその感傷を盧笙に隠すことはせず、肩口に頭を擦り付けることで昇華した。
「もうええから風呂入ってこい。俺さっき上がったとこやから今やったらまだぬくいわ」
 盧笙はそう言って、一度だけ簓の髪を優しく梳いた。
 簓はシャワーを浴びながら、今日は盧笙と会えて、たくさん話せてよかったと思った。年末年始は特に時間が取れず、普段考えないことまで思考が飛躍する。
 ──俺らってあとどれぐらいの時間、一緒にいれるんやろう。
 悲観的になっても仕方がないとすぐに切り替えるが、その発想があること自体が、簓としては懸念点であった。何事も前向きにいきたい。
 だから今日のような日が少しでも増えるといい。こたつがこんなところにも効果を及ぼすとは侮れん、などとご機嫌でコックを捻った。
 簓が浴室から出るとスウェットが置いてあった。頭から被るとあたたかく、すぐに冷めていこうとする体を保温してくれた。きっと盧笙はあのこたつの中へ入れてから、ここへ届けてくれたのだろう。簓は自分自身を目一杯抱きしめた。
 ほかほかの簓が寝室の戸を引くと、布団の中から盧笙が顔を出した。
「おーカラスの行水」
「これ、あったかい。ありがとう」
 盧笙は柔らかく微笑んだ。
「髪乾かしたんか」
「うん」
「歯ぁも磨いたか」
「うん」
「ほな冷めへんうちにあっためてや」
 ──一瞬の間。次の瞬間には完璧なユニゾン。
「──布団をな」
「やんな、わかってる」
 少し浮ついたが瞬時にすべてを理解した簓に、盧笙はケラケラと笑った。簓は何か仕返しがしたくて、絡んでみることにした。
「しかしお前は俺に関してわがままを言わんな」
「お前に関して? ──ああ、そういうこと」
「言うわがままも別にないいうこと?!」
 大袈裟に落胆して、本日の他愛ないお喋りも佳境に差し掛かる。やれやれと、盧笙は満更でもなく簓に向き直った。
「そんなん、どないもならんやろ? 俺ら大人やねんから」
 言葉のわりには、愛情が籠っている気がした。
「せやからこういう日は、大事にしましょうちゅうこっちゃ」
 盧笙もこの夜のことを特別に感じていた。
 よく考えてみれば、こたつだって電気代がかかる。簓の思い過ごしかもしれない。いや、案外そうでもないかもしれない。
 盧笙は寒い冬の夜を少しでも長くするために──それは簓と過ごすために──暖かく出迎える準備をこっそりと進めてくれていたのだった。