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あんころ
2025-12-19 21:25:07
4078文字
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伊奈スレ
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お題:「外を出歩くくらい許してよ」
お題ガチャ第5弾。
明確に伊奈スレ。断章後3年目の話ともっと先の話。
全年齢だけどちょっと露骨な話もしているのでご注意!
「着いたよ、ここだ」
収容施設から軍用車で移送されたのは、一見するとただの日本のアパートのようだった。道中していた目隠しのせいで太陽光が目に刺さってうまく像を結べないが、2階建てのようだった。スカイキャリアで見下ろした地区にもこんな建物が数多く並んでいた。
今度の移送先。罪人で、囚人であるはずの己が暮らす場所。(正確には分からないが)3年ほど暮らした施設は解体になり、スレイン・トロイヤードは界塚伊奈帆預かりとしてこの施設から開放する。半年前に聞かされたソレが真実だったのだと、遅まきの実感が襲ってきて身震いした。
「僕らの部屋は2階の真ん中。今は他の部屋に住んでる人はいないけど、たまに軍の関係者が宿舎がわりに使うらしい。監視の意味合いもあるだろうね」
「
……
」
呆けてまともに答えを返せなかったのを気にとめる様子もなく、伊奈帆はその建物へさっさと歩き出す。この数年で彼ともまともにコミュニケーションが取れるようになったと思っていたが、今日はうまくいかなくてもどかしい。それでも彼に依存するしかない自分の甘えにも嫌気がさす。
オーバーサイズの服の下で拘束されている両手を気にしながら、歩いにくい大粒の砂利が敷かれた駐車場を小走りに追いかける。とんとんとん、と軽快な音を立てる階段を登ったさきで、伊奈帆が玄関ドアを開けて待っていた。
「どうぞ」
妙な気分をどうにか顔に出さずに押し込めて、開け放たれた部屋の中へと足を踏み入れた。もう出られることはないだろうという予感もあれば、死に損ねている自らを責め立てる声もまだ聞こえる。けれどそんな己の内側とは不釣り合いに、見渡した新たな住まいは本当にただの家のようだった。
案外広くて助かるね、と背後から声がする。距離が近い。これから同居という形になるので、否が応でもこの距離に慣れなくてはいけない。
「いくつかルールは必要だけど、好きに暮らしていいよ。前よりはずっと自由だ」
「ルール
……
」
「隠し事はしないとか、玄関で靴を脱ぐとか」
指摘されて、靴を履いたまま室内に一歩踏み出していた足を引っ込めた。日本はそういうものだったか。
「慣れてないし、しばらく窮屈だろうけど」
「別に、構わなくていい」
本心だというのに、伊奈帆は全くそれを受け取る様子がない。相変わらずの無表情で、快も不快もなくただそこに立っている。
「そのうち、外を一人で出歩けるくらいの許可はもぎ取るよ」
「いい、気にするな」
「
……
そう。よろしくね、スレイン」
「ああ、よろしく」
◆◆◆
「スレイン、どこ行くの」
その声音は信じられないくらいに感情的だった。彼にしては、という枕詞は付くけれど。
相手の行動を咎め、それによってささやかにでも傷ついたことを子供っぽくアピールする
――
つまるところ拗ねていることを前面にだした声だった。ここまで明瞭なのは想定外だったが、幸い、こう来るだろうという方向性は多少予想できている。嘘をさとられないよう慎重に、用意していたセリフを意識してさらりと吐き出す。
「ちょっと買い物に」
「だめ」
目の下に立派なクマをつくった成人男性に睨まれると意外と怖い。けれど負けるわけにもいかないので、軽薄を装って肩をすくめる。
「外を出歩くくらいは許してくれ」
「だめだ。今日は家で徹底的にダラダラしようって言ったのは君だろ」
そう、それは正しい。昨日のスレインは確かにそのようなことを言った。けれどスレインがこのワーカーホリック男に伝えたかったのは「いい加減仕事を休め」という話であり、つまりダラダラする対象は伊奈帆だけで自分は入っていない。しかしそれを伝えていないのも事実で、もしかしたら
――
信じがたいことにほとんど確信しているが
――
界塚伊奈帆は「スレインと一緒にダラダラ過ごす」ことを楽しみにしているようだった。
ただダラダラするのではなく、ひとつ屋根の下暮らす恋人と一日中家で過ごし、同じ食事を摂り意味のない会話をし、触れ合いたい
……
俗物的な表現をするとイチャイチャしたい、ということらしい。
信じがたいけれど、それが彼にとっての幸福なのだということは痛いくらいに理解している。否、理解はできないが、そういうものだと主張するこの男のことは信用している。二人暮らしを始めてもう何年も経って、それなりに良い関係を築けている。だから彼の休息に「イチャイチャする」のが含まれているのならば、この肉体を差し出すのも悪くない。
それに、最中の彼のとろけて落ちそうな瞳は可愛いし、初々しかった手つきも最近は随分慣れて
――
という回想を、昨日のスレインもした。それはもう存分に。
具体的に言うと、二人で使う予定だったコンドームをすべて消費してオナニーに耽った。明日は休みだから、と死にそうな顔で早朝に出ていくところの伊奈帆に「それなら明日は家から一歩も出ずにしっかり休め、ダラダラすることを学べ」と説教をした足で、多忙な彼にかわって片付けでもしてやろうと寝室に向かってしまったのが判断ミスだった。久しく触れ合っていない彼の匂い、久しく潜り込んでいない彼のベッド、それからベッド下のとても他人には見せられないものが詰まった収納ケース。色々とおかしくなるには十分すぎる五感と記憶に揺さぶられて、ついついそのまま伊奈帆のベッドで及んでしまったのだった。
すっかりご無沙汰だったので、翌日そういうことがあるのかもと思ったら止められず、けれど前日にシーツをだめにするわけにもいかず、自身にも数々の玩具の類にもコンドームを装着して全力で向き合ってしまった結果
――
伊奈帆も数を把握しているであろうそれをすっかり空にしてしまったのだった。死ぬほど気持ちよかったし、久々に死にたくなった。
その日のうちに買い出しに行く時間も体力もなく今日を迎えてしまい、伊奈帆はすっかりその気のようだし、もう後戻りができない。コンドームがごっそり減っていることを知られたらいたたまれなさで消えてしまえる自信がある。
だからこっそり、伊奈帆がシャワーを浴びている間にすぐ近くのドラッグストアに行ってしまおうと思ったのに。浴室に引っ込んだはずの伊奈帆はどこも濡らさず、すぐに出てきたのだった。運が悪いのか彼が目ざといのか。ひとつだけの赤銅はじっとりと湿度の高い気配を漂わせている。何もかもを見抜く左目はもういないらしいが、あまり突飛な嘘を隠せる気配もしない。
「必要な買い出しならついていくけど」
「一人でいい、ドラッグストアに行くだけだ」
「ドラッグストア?」
まずい、そうだった。界塚伊奈帆という頭がいいくせにネジを数本飛ばしてしまった男は、スレインの心身をいっそ恐ろしいほどに気にかけている。左目に頼らずとも高性能な脳みそを銃弾でぐちゃぐちゃにかき混ぜてだめにした責任はスレインにあるはずなのに、まるで伊奈帆がスレインの全責任を負っているかのような気遣いっぷりだった。実際スレインが何かしでかしたらその責任は界塚伊奈帆大尉が負うのだが、いや今はそうではなく。
「どこか悪いの?」
「い、いや、そうじゃない
……
」
じゃあなに、と訊きながら伊奈帆は靴を履き始めた。まずい。一緒に行くのが一番あり得ないのに、今日の伊奈帆はスレインと離れるつもりがないらしい。昨日の自分が恨めしい。
「一人で行ける」
「別に二人でもいいだろ」
「先に風呂に入っててくれ、帰ったら僕も入る」
「二人で入ろうと思って」
だからすぐに出てきたのか。しかしそれは狭いだろう、どう考えても。狭いのが目的かもしれないが。
「スレイン、隠し事は無しといったはずだ」
「いつの話を
……
」
「スレイン」
まずい。どんどん深刻な方に勘違いさせている。本当に、彼が想像しているようなことは何もない。なのに核心へ言及することを避けて安心させるすべが、脳内をどうひっくり返しても出てくる気配が微塵もない。当たり前だ。核心なのだから。
彼の感じているであろう不安と不信感、たぶん心配もしている。それらをまとめて天秤にのせる。もう片方には自分の矜持だとか羞恥心だとか、そういうくだらないものを。どちらに傾くかなんて、明白だった。
「コンドーム、を、買いにいくだけなので!」
なので付いてこなくていいです、という部分は言葉にならなかった。尻すぼみのセリフは言葉にできた部分もちゃんと聞き取るに足るものになっていたのか怪しい。まあそれはいい。肝心なのは前半部分だったし、伊奈帆は目をぱっちりと見開いている。あまり見かけない、驚いている顔だ。それだけで十二分に伝わったのがよく分かる。
「
……
まだあったと思うけど」
「いや、その
……
昨日、えと」
「使ったの? 全部?」
「う、
……
はい」
あの量を
……
? と伊奈帆が呟いている。そんなにあっただろうか。あったかもしれない。色んなものをとっかえひっかえ突っ込んだり押し当てたりしすぎて記憶が曖昧だ。
「ますます君を行かせるわけにはいかなくなった」
困ったような声で恐ろしいことを言う。本当に困ったらしい顔をしながら、その目の奥に灯る熱に否が応でも視線を吸われる。掴まれた手首が熱い。
ナマでも気にしないけれど、それは駄目だとスレインに教えたのは紛れもなく目の前の男だった。自分のうっかりで彼の優しさを剥ぎ取ってしまうのは嫌だったし、それに外に出て一人になって、火照った頬を冷まして平静を取り戻したい。このまま雪崩込んだら何を口走るか分からない。
「あなたのためにも、僕のためにも必要なものだと」
「君に場所を教えてない予備がある」
「え」
今度こそ手を強く引かれる。退路を塞がれ、逃げ場を失い、手を引かれて向かうのは彼の寝室だ。
「
……
おてやわらかに」
「できると思ってるのか、きみ」
ダラダラとは程遠い休日になる予感に頭痛を覚える。やはりドラッグストアには行くべきだったかもしれない。
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