とある町の片隅で、行商が露天を広げていた。分厚い毛織物の敷物の上に、加工前の鉱石や綺麗な装飾品をいくらか並べただけの、小さな店舗。
正直、ダナエは、あまり興味はない。加工はやらないし、職業柄、アクセサリーにも縁がない。
だから、いつもなら素通りするダナエだが、たまたま商品の一つが目にとまった。
「そちらが気になりましたか?」
つい、足を止めたダナエに、店主が穏やかに声をかけてくる。
樫の木を丸くくりぬいただけの、素朴な指輪だ。様々な鉱物や石を使った他の品と比べると明らかに地味というか、目立たない。子どものおもちゃか、何かのお守りにも見える。
「お客様、お目が高いですね。実はその指輪、ここに並んでいるなかで最も貴重な品なのです。一見、普通の樫の指輪ですが、豊穣の女神が宿っています」
「豊穣の女神……私は詳しくはないけれど、シークレットパワーのことかしら」
「その通りです。名は、持たざる者の指輪。指輪の女神の加護により、身につけた者の得た経験を、仲間に無償で分け与えることができるのです。効果を思えば、大切な方へのプレゼントにも良さそうなのですが、いかんせんネーミングが……」
大事な人と、得たものを分かち合う――たしかに、プロポーズなどの場面に良さそうではある。ダナエが自分で使うなら、新兵を手っ取り早く鍛えるには役立つだろうか。……それでは、本人の修行にならないか。
「そんなに良いものなら、あなた、自分では使わないの?」
「私には、この女神は似合いませんので」
指輪片手に、若い店主はポリポリと頭をかいた。
「見ての通りの気楽な独り身、一人旅なものですから」
残念ながら分かち合える人がいませんと、店主は肩をすくめて苦笑いしている。ダナエが見た限り、そんなモテなそうでもないのだが、曰く、「さっぱりです」とのことだ。
「お買い上げありがとうございました。どうぞ、良い旅を」
上機嫌の店主に見送られ、ダナエは露天を後にした。
買ってしまった。
「う~ん……話につられて買っちゃったわ……」
持たざる者の指輪をつまみ上げ、丸い穴から向こうを見透かしてみる。買ったはいいが、どうしよう。
大事な人と、得たものを分かち合う。そのフレーズで、ダナエはつい思ってしまったのだ。自分の得た経験や糧や、見つけた喜び。それらをマチルダと分かち合えたら、どんなに良いだろう。急速に年老いて、死を待つだけの彼女に、与えられるものがあったなら。
しかし、今の彼女にそれはできない。ダナエは、マチルダに与えられるものがないか、今の彼女を救うことができないか、そればかり考えている。自分の持てるもので足りるなら、なんでも全て、マチルダに与えられたらよいのに。
結局ダナエは、持たざる者の指輪を買ったときのまま、もてあましていた。マチルダの容態がますます悪くなり、指輪の使い道を考えるどころではなくなったこともある。
あるとき、ダナエは世話になった若者に、謝礼代わりに指輪を渡した。貴重品で、換金できるほど高価なのは確かである。いらなければ、売るなり捨てるなりしてもらってかまわないし、もしも必要であれば、迷いばかりの自分などより、人の良さそうなあの若者の方がよほど役立てることができるだろう。
「おや、お客様。その指輪」
会計をしようとして、店主が若者の手元に目をとめた。若者の指には、都市の流行とは縁遠い、素朴な木製の指輪がはまっている。
「人からの頂き物です。これが、なにか?」
「不躾で申し訳ありませんでした。過去に同じような品を扱ったことがあるので、少々思い出しまして」
若者は、人の手助けをして、礼にもらったのだと答える。
豊穣の女神を宿す、持たざる者の指輪。若者は弟子を連れて出かけたり、しばしば旅に道連れができたりするから、この指輪の力は大いに役立っている。
それを聞いた店主は、なるほど、貴方と相性が良いのですねと言った。上手く使えば便利だが、気軽に扱うには少々難しい品でもある。
「自分も、少し、鍛冶をするのだけれど……」
ふと、若者が口を開いた。
「この女神の名前、不思議だなとずっと思っていて。豊かにものを得ることではなく、分け与えることを『豊穣』と呼ぶのが」
すると店主は興味深そうに、眼鏡の奥の目を光らせた。
「貴方は、面白い着眼点をお持ちですねえ」
そんなに面白いことを言ったつもりはないのだが。
店主は、指で眼鏡の中央を押し上げて語った。
「貴方がその力を有用だと思うのは、貴方にとってそれだけ周りの人々が大切な存在で、その価値があると認めるからでしょう。多くの戦士や魔道士は、新しく手に入れた知識や経験を、自分だけのものにしたがるものです。当然のことです。すべて、自分の力で得たものなのですから。それを、この女神はあえて、分割する。本来、その者だけが得る権利を持つものを、見返りなく他者に分け与える。それを豊穣と呼ぶ意味は、私にはわかるように思います」
日頃穏やかな店主から、思いがけず滔々と答えが返ってきて、若者は少し意外に思った。豊穣とは女神のことではなく、持ち主の心持ちのことだと言いたいのだろうか。
若者は会計を済ませ、店を後にした。
「今日は少し、貴方の考え方が知れて良かったです。またいずれ、宝石の話でも聞かせてください。……では、アレックスさん」
「ええ、いつでもまたお越しくださいませ、お客様」
アーティファクト使いの若者を見送り、ウェンデルの秘宝の店主は片頬で微笑んだ。
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