ojinuko
2025-12-20 00:01:00
2967文字
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夜陰に薫る

大公様が視察任務から戻った不死鳥の騎士を癒す短いお話です(成人指定はしておりません)
ジョシュクラアンソロジー《Light my flame》を拝読してインスピを頂きました!

The Garden of Phoenix〜不死鳥の庭園〜開催おめでとうございます🎊

「もっとよく見せて、兄さん」
 腕まではだけた真紅の大公服を白いシーツの上に引きずりながら、ジョシュアはクライヴの半身に乗り上げた。
 たかだか十日程度の視察任務をこなしてきただけに過ぎないのに、過剰ともいえる太閤殿下の憂慮はなにも今に始まったことではない。
「なにもない、大丈夫だ。心配するな」
「兄さんはいつもそう言うんだ。大丈夫って言葉の意味を理解しているのか甚だ疑問だよ」
 伸ばされた白い手が頬をなぞり、顎の髭を撫でながら鎖骨のあたりまで下りてゆく。少々強い言葉とは裏腹に、その指は優しく慈愛に満ちていた。
「そんなに信用ないのか、俺は」
 長い金の髪を結わえた髪紐を思わせぶりに解いてやれば、しばらくぶりに柔らかな唇がしっとり重なる。互いに存在を確かめるかのごとく、しばし体温と唾液を交換し名残惜しく視線を絡ませた。
 信用なんてどの口が、と長い口づけを離したジョシュアが唇を尖らせた。クライヴもこのくらいで誤魔化せるとは端から思っていない。
 確かに、多少の傷や怪我ならばジョシュアの手を煩わすまでもないとやり過ごしてしまうことはある。ジョシュアはそれが気に入らないのだ。ただ今回に限っては任務中も傷を作るような出来事はなかったし、見せなければならないようなものは本当に何もない。
「そうだね、見た目は変わらないようだけど」
 でも、と言葉を区切ってジョシュアはクライヴの肩を押して波打つシーツの上へ組み敷いた。
「随分エーテルが弱ってる。……もしかして、あまり寝てない?」
「あ、それは……
 上から見透かすような半眼に見下ろされ、クライヴは思わず言葉を濁した。
 参ったな、この眼の前には隠し事のひとつもできやしない。
 確かに今回の視察は頼みの文官が体調不良を訴えたために少々立て込んでいて、皆が寝静まってから書類仕事など細かな業務を自身の手で片付けていた。そのため多少休息が不十分だったことは否めない。
「あなたのことだ、文官の不測の事態をひとりで穴埋めでもしたのだろう?」
 ふん、と勝ち誇ったように鼻を鳴らし、ジョシュアは朱い口角を上げた。
――知っていたのか。
 まあ、冷静に考えれば大公たるジョシュアが知っていたって何らおかしくはないのだ。遠征や偵察任務には必ずひとりは教団の者が紛れているという。クライヴにはそれがどの人物なのか知る由もない。
「すまない、だが……
「いいよ、あなたはそういう人だ。ただ僕に隠し事はできないからね」
 言い訳すらさせてもらえないまま、ジョシュアの手がクライヴの両目を覆った。おもむろに視界が遮られ、かすかな薔薇の香りが鼻腔を通り抜ける。
「目を閉じて。エーテルを整えておくよ、眠くなったらこのまま寝ても構わないから」
 ああ、と短い返事をして言われた通りに目を閉じる。少し冷たい手が肌を滑る感覚が心地良い。触れられた部分から温かなエーテルがじわりじわりと体内を巡り出した。
 不死鳥の穏やかな炎に全身浸かり、夢とうつつの狭間をふわふわと漂う。圧し掛かっていた重力など瞬く間に霧散してエーテルの巡る音まで聞こえそうな心地がした。
 気づかぬうちに随分と気を張っていたのだろう、疲れていることにすら気づけていなかった己を知った。
 光の粒がまぶたの裏で泡沫のように柔らかく弾けては赤く溶けてゆく。確かめるように肌の上を滑るジョシュアの指先。柔らかなエーテルで満たされる感覚に身を任せながらも、どこかもどかしくて思わず膝をすり合わせた。
 不死鳥の力が傷を癒す時もそうだ。傷が大きければ大きいほどその感覚は快感により近く、高みへ昇る欲を抑えきれなくなる。
 ただ今回はエーテルを整えているだけだからなのか、強烈な感覚はない。しかし、上がりきらない熱がじくじくと歯痒くてじっとしていられない。
「っふ……、ン……
 たまりかねて身を捩るが、ジョシュアはそれ以上触れて来なかった。
 もどかしい疼きをどうすることもできずシーツを握りしめたクライヴの手に、ジョシュアの手が重なった。
「つらいかな。もう少し我慢して、兄さん」
 その声を聞いた直後。
 エーテルの流れが変わったのを感じた。
 深いエーテルの海へゆらゆらと沈んでゆく感覚。ジョシュアの存在そのものとも思えるほどの濃厚な、温かな炎のようなエーテル。
 まるで全身くまなく不死鳥の癒しの炎に包まれているかのような、深い悦楽。筋肉、腱、神経……肉体も精神も身体のすべてが弛緩する。瞼を上げることすら億劫で、クライヴは腹の奥底から迫りくる抗いがたい恍惚感に降伏しその身を委ねた。
「今はおやすみ、クライヴ。あとでゆっくり楽しもう――
 耳許で低い声がそう囁いたとほぼ同時に、昇り詰めたようにふっと意識が飛んだ。
 
――俺はどうしたんだ、今は何時だ……
 突然意識が繋がった。目を開けると、寝台を覆う紗の天蓋布が見えた。
 ジョシュアの寝室。
 小さな蝋燭の灯りがちらちらと心許なく揺れている。
 そうだ、ジョシュアに呼ばれてここへ来て。
 ああ、眠ってしまっていたのか。
 着ていたはずの騎士装束は知らぬ間に脱がされ、何も身に着けていない。
 ゆっくり身を起こすと、少し眩暈がした。
 エーテル酔い独特のゆらゆらと地に足がつかない感覚に軽く頭を振って、乱れた髪をかき上げた。
「兄さん、目が覚めた?」
 天蓋布を捲り、柔らかな絹のガウンを纏ったジョシュアが滑るように寝台へ入ってきた。湯浴みでもしていたのだろうか、いつもの薔薇水の香りが天蓋で囲われた狭い寝台に漂った。
「ああ……眠ってしまったようだ、すまなかった」
「謝る必要はないよ、眠らせたのは僕だ」
 気分はどうかな、と白い手が汗ばんだ額に当てられた。ジョシュアの手はいつも心地よい。
「少しエーテル酔いをしているようだが、気分は悪くない」
「全く、あなたはいつもひとりで無理をし過ぎなんだよ。心配する僕の身にもなって欲しいな」
 どの口がそれを言うか、と思ったが言わないでおいた。
 しばし見つめ合い瞳で会話を交わして、どちらからともなく唇が重なった。最初は触れるだけ。小鳥が啄むような軽いキスを経て、濡れた唇を吸って、だんだん口づけが深くなる。舌を絡ませ熱を味わい、吐息を交換する頃には鎮まっていた体内の炎がまたぽつぽつと灯り始めた。
 したい?、とジョシュアが意地悪くクライヴの勃ちあがり始めたそれをシーツの上から手の甲で探る。まだ夢うつつの意思は置き去りに、身体はそれだけで瞬時に熱を上げた。渇望に押し出された甘い吐息を聞き、ジョシュアが満足げな笑みを見せる。
「したい、早く来てくれ……
 半身に掛かるシーツを持ち上げ自ら膝を開いて、不敵な笑みを浮かべる大公殿下を誘う。全てはジョシュアの思うままに。
 いい子だね、と低い囁きとともに捲ったシーツの上に組み伏せられた。
 すっかり馴染んだ不死鳥のエーテルが身体の内側で沸き立つ高揚感に、クライヴはぶるりと身震いをした。
 
 淫靡に重なり蠢く影の営みを、揺れる蝋燭の炎が薄い紗の天蓋に写し出す。
 真夜中の薔薇は、官能を纏ってより深く匂い立つ。
 夜は薔薇のためにその幕を開ける――