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タロ文庫の作品置き場
2025-12-18 13:52:37
3952文字
Public
作品
雨と真珠は童話になりたい
2025-09-13
Ep3ラスト直後の話。こういう思わせぶりなチクチクシリアスはあまり書かないのでリアタイ執筆ならではで新鮮でした。
『最後の真珠』はアンデルセン童話です。幸せになるために必要な最後の一つって意味で使いました。
Ep3でハンター達がダーツの的にしていた似顔絵ってパンが描いたのかな。
作中出てくる猫とか犬とか兎とか、は俳優ご本人のペット由来です。家族〜
体温がじわりと溶け出して混じり合うような、呼吸が歯車のように巡り合うような、そんな抱擁をしばらく続けて暫く、泣き虫の吸血鬼がのろりと顔を上げた。
まばたいた弾みでほとりと、また夜色の瞳からひとつ涙が落ちて、彼を抱きしめていたパンの服に吸い込まれていく。パンはアンデルセン童話の『最後の真珠』のようだと思った。
パンが手を伸ばすより早く、ラーミン自身が長い指の背でもって目元を拭い、ふふっと口元を綻ばせた。
「パン、絵を見せて」
涙声を隠しもしない吸血鬼はパンが握りしめたままのノートを覗き込む。繊細なタッチの鉛筆画はパンの指が触れていた部分が少しなびいてしまっていたが、美術品のようなラーミンの特徴を正確に捉えていた。
「凄い。初めて描いたとは思えないな」
ラーミンは泣いた後で水分量の多い目を輝かせながら部屋の隅に立て掛けてある肖像画とパンのスケッチを見比べて喜色に富んだ声を上げる。おかげで、ラーミンへ見やすいようにノートを傾けていたパンの指がぴくりと跳ねたことは知らない。薄く開いていた唇を固く結び、喉元に迫り上がるものを唾と一緒に飲み込む。そしてゆるゆると吐息を吐き出してから、言葉を選んだ。
彼に嘘はつきたくない。本当に返答を聞きたくない問いかけも、したくない。
「絵画の修復の仕事もよく入るから、正確さは職業病だよ。貴方の油絵もなるべく元通りにしたつもりだ」
「うん、ありがとう。でもこっちの方がハンサムな気がする」
泣いたカラスはどこへやら、にっこりと大きな口で半月の弧を描く。頬のえくぼまで見せつけてくるラーミンに、パンはパンで瞼を半分落として目を半月型に細めた。
「なんでだと思う?」
「なんでだろう? 当ててもいいの?」
質問返しの戯れに言葉の代わりに眼差しで答えてやれば、心が読めるという吸血鬼は嬉しげに笑みを深めるからパンも写し鏡のように口元を緩めた。笑えた自分を頭の片隅では冷静な自分が俯瞰している。
スケッチの正確性は、生業のせいだ。何度も描いてきた。仕留めなければいけない標的は、望遠の性能がいいカメラでも胸元に隠したピンホールカメラでも、監視カメラにすら残らないのだから。人違いは許されない。違えた先が人間だったらただの殺人になってしまう。
……
じゃあ自分たちがしている『これ』はなんだ?
パンの手元でノートが少しよれた。
「パン、お願いがあるんだ。いつかあの子達の絵も描いてあげてほしい」
パンの笑みを愛おしそうに視線でなぞっていた夜色の瞳が目を覗き込んでくる。僅かに震えたまつ毛の動きは知られてしまっただろうか。
「あの子達も吸血鬼になってから自分の姿を久しく見ていない。吸血鬼は不死だけど望めば緩やかに歳を取ることが出来る。今の姿を見せてあげたいな」
特にキーアーはだいぶ大きくなっている。
子の成長を喜ぶ親の顔にパンは慎重に頷いて見せた。指先は先日描いた三人の吸血鬼の輪郭をまだ鮮明に覚えている。
「彼らが望むなら」
「そうだね。気持ちの押し付けは良くない。でもパンが描いてくれたらきっと喜ぶよ」
それはどうだろう。
ダーツの的になるよりは、吸血鬼たちに三者三様の反応を示された方がマシか。
「パーンー」
知らずにノートへと落ちていた視界の中に突然にゅっと暗色の髪が入り込んでくる。ラーミンは本当に子供のようだ。大きな身体を無理矢理捻じ曲げて、ノートの男よりずっとずっと色彩豊かな顔がパンの視界を占領した。
「一つ約束して。その時は私よりハンサムに描かないで」
「何ですか、それ」
突き出た唇は繊細なキスをしたものと同じとは思えないくらい幼くて、パンは込み上げてくる感情のままプッと吹き出してしまった。口元と共に心が緩まる。
こむら返りを起こしていた記憶も新しく、無理な形で膝枕のようになっている相手の身体をゆっくり引き起こせば、今度はこてりと頭を肩に預けてきた。柔らかい髪が首筋をくすぐる。左腕の外側は寄り添う人の体温で温まっていく。
「パン」
呼びかけが甘えの含まれた密やかなものへと変わった。
「もう一つお願いがあるんだ」
「なんですか?」
「君は自画像を描ける?」
「
……
あれだけぼくを撮っておいて?」
メータットから与えられたセルフォンのアルバムは既にスクロールが出来るほどパンで埋まっている。柔らかな髪に頬を寄せれば「んーん」と鼻にかかった息と共に頭がふわりと横に揺れた。
「きみが私と一緒にいる絵が欲しい」
「ラーミンさん」
「昼間にバラの庭でカメラをこう
……
逆さまにかざして、自分と私に向けただろう? きみとバラしか映っていなくてすぐに辞めてしまったよね」
「あれは」
普段の癖で、と続く言葉は首にぐりぐりとめり込む大きな小動物に阻まれる。
「人間はそうやって親しくなった者同士でくっついて写真を撮るってメータットから聞いた」
ズルイとでも言いたげな幼い声色に顔を向ければ、アーモンド型の目をまあるく広げてパチパチと瞬いていた。おねだりの顔も随分見慣れてきたがそれはクレーンゲームのプライズ品とは違うのだ。
「絵の背景は小さな家と花でいっぱいの庭がいい。時間帯は夕方」
「ラーミンさん」
「二人だけが寂しかったら、猫や犬やウサギを描き足してもいいよ。でも私はきみの隣にいさせて」
「待って、ラーミンさん。ぼくは画家じゃない」
それに、それは日中に語った自分の夢じゃないか。瑞々しいバラが咲き誇る空間が現実離れしていて心の綻びからまろび出てしまった、かつての理想郷だ。沢山のものを失って独りだった自分が好きなものに囲まれて穏やかに誰かと共に生きていく夢。誰かは誰でもいいわけではない。
心の拠り所にしている愛する人と同じネックレスの先端を赤い光で煌めかせて、ラーミンが身を起こした。ノートと鉛筆を持つ手に大きな手が重ねられる。
「知っている。きみが何だって良い。何者だって構わないんだ」
ラーミンの顔は幼な子から与える者のそれになっていた。人によって尊厳を奪われた三人の人間の生きたいと願う気持ちに応えた吸血鬼。パンには何を与えようというのか。
「普段は筆を握っていなくても、きみの手で」
手の甲がぬくもるくらい温かい吸血鬼の手がゆるりと鉛筆ごと包み込み、愛おしいと言うように親指で撫でさする。パンはたまらなくなってラーミンの指を握り返した。ペントハウスのカーペットは音の一つも立てずに鉛筆を受け止める。
「私を哀れな吸血鬼から幸福の吸血鬼にしてくれる?」
鉛筆よりも銀の硬さや冷たさが馴染んでいる手だ。紙を擦るより肉を裂くことに長けている。そんな手を宝物のように手中に収められて、今度はパンが泣きそうになった。口の中いっぱいに苦味が広がり、目の奥がぶわりと緩む。
自分とラーミンはどこまでも違った。それがとても苦しい。
自分がラーミンのそばにいるのは彼が純血種の吸血鬼だからだ。それが愛情表現だと言われたら自分からキスをすることだって出来やしない。明確な理由が、ある。
ラーミンが引き止めてくる理由もそうであって欲しかった。パンの秘匿を理由にして欲しかった。それなのに、彼が差し出してくるのはどこまでも彼の色でだけ染まっている気持ちだった。
ラーミンは雨だ。信頼と寛恕がしとど降る。どんなに抗ったところで避けられない。降りしきる雨にふやけてしまった土壌は水を空へ還せない。
雨の中なら泣いていることを誰にも知られずに済むだろうか。
それでもパンの目の中からは涙が溢れ出ることはなく、瞬きと共に胸中の想いを散らした。そうして一つ小さく息をついてから、ラーミンへと真っ直ぐに目を合わせた。
「じゃあ、ぼくからのお願いもきいてくれるなら良いよ。されっぱなしはフェアじゃない」
震えを誤魔化すように声を張ったからか、またアーモンド型の目が見開かれパチパチと瞬き、すぐに頭が小刻みに振られた。
「うんうん、良いよ。パンのお願いなら何でもきく」
キュピキュピと効果音が付きそうなそれに、せめて内容を確認してから決めてくれと口の中で苦味を転がしてから、パンはラーミンの手の中に収められていない方の指で吸血鬼のえくぼに触れた。涙を拭った親指からは得ていない感触がする。
「ぼくにも貴方の頬を抓らせて」
「どうぞ好きなだけ引っ張
……
っにぇくりぇ」
言うが早いか差し出された頬を触りたがる親指とで挟みこんで摘んでみる。老いを知らない弾力でもってするりと逃げられそうになり、人差し指は指先から指の側面に変えて面積を増やした。
「思ったより柔らかい
……
」
つい口からポロリと出た言葉に、頬を好きにさせている吸血鬼は目をたわませた。それが不相応に甘くてパンはすぐに手を離してしまった。勿体無いという疼きと、何をしてるんだと我に返る気まずさを抱え込む。
「もういいの?」
「は、はい」
「またいつでもやってくれ。パンが同じ楽しみを分かってくれて嬉しい」
にっこりと顔中に広がるラーミンの感情を、眩しく思う。
ラーミンは他人を気遣い自分の孤独を噛み締める寂寥を知っている。心の傷の癒やし方を知っている。その瞳から溢れる涙の温度も、しなやかな髪の感触も、体温のあたたかさも、頬の柔らかさも。愛する者が共感してくれると嬉しく思う気持ちも。人間のそれと何ら変わりはなかった。
ラーミンが自分とどこまでも違っていれば良かったのに。それが叶わないならば、自分がラーミンにとっての『最後の真珠』となろう。
パンは「同じですね」と呟いて、カーペットの上から拾い上げた鉛筆を手の中にしっかりと握り込んだ。
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