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タロ文庫の作品置き場
2025-12-18 13:51:28
2785文字
Public
作品
おやすみクリスタル
2025-09-06
Ep3放送前に書いたラミパン。Ep2のラーミンの愛情表現が「キス」一択だったので、愛情表現もっとありますよってツッコミがわりに書きました。パンの葛藤を添えて。BUのテーマソングをフューチャーしています。
すっかり取り替えられた真新しいドアは果たして今自分が持っているカードキーで反応するのだろうか。そう逡巡した隙にやんわりと手首を掴まれた。振り返れば廊下のライトに柔らかく照らされた吸血鬼が眉尻を下げている。
「パン、今日は色々とすまなかった」
ロックを解除してドアを押し開けながら、おやすみなさいと言うつもりだったシュミレーションは容易く崩れ、パンはラーミンへと向き合い小さく首を振った。
「それなのにずっとそばに居てくれてありがとう」
今度は縦に、出来るだけ小さく。
人間に襲われ、吸血鬼に殺意を向けられた。どちらも目の前にいる男に起因しているがどちらからも助けてもらった。パンは身の内が大きくうねる感覚に今日何度目かの奥歯を噛み締め、慎重に唇を開いた。
「貴方も疲れたでしょう。今日はもう休んでください」
ではおやすみなさい、と続けようとした動きはラーミンの目の輝きに阻まれた。美術品のような造形の二重瞼の中があたたかく灯る。
「今夜も一緒のベッドでは寝れないの?」
「駄目です。部屋へ戻って」
「ケチ。ぶー!」
即答するパンに美術品は瞬時にカートゥーンのアニメになる。落差に未だ慣れないながらも負けるものかとパンは一層表情をフラットにさせるが、何が楽しいのかラーミンの口からは柔らかな笑い声が漏れた。
その吐息がふと途切れ、吸い込まれる頃にはまた男の表情が変わる。
なんなんだ。コロコロと。
だがパンはこの空気を知っている。こう直近で何度も醸し出されれば学習もする。ざわりと顔まわりの産毛が立ち、感覚がラーミンへと向く。ラーミンの小さな頭が傾き、廊下のライトが遮られた。
「っ、ラーミンさん」
「んぶっ」
唇に求めるものの感触が当たりそうになる直前に、パンの指先が二人の間に挟まった。よく動けた。指の腹に当たる柔らかさを脳が処理するより早くパンは左手でラーミンをそっと押し返すと、そのまま人差し指を驚いた顔をしている男へと向ける。
うすうす思っていた疑惑はパンの口から素直に飛び出した。
「どうしてそんなにキスしたがるんですか」
ところ構わずではないけれど、二人きりで会話が一区切りする度に空気を作られるなんてたまったものじゃない。
「どうしてって、愛情を示しているだけだけど。私がきみに愛情を向けるのは嫌?」
嫌じゃない。だからこそ明確にしておきたいのだ。
耳をしゅんと垂らすかわりに眉を下げる吸血鬼にパンの脳は回転を早めた。現代に目覚め落ちたばかりの吸血鬼との認識の擦り合わせには育児に似た粘り強さがいる。
「貴方が見たドラマでの愛情の示し方はキスだけだったかもしれないけれど人間の愛情表現は他にもあるんです」
「他にも?」
「手を握ったり、抱きしめたり。そもそも触れ合いだけじゃない。言葉だってある」
「そうなのか。例えばどんなものがあるんだ。教えてほしい」
困ったような顔のまま、本当に幼児のような純度の高い眼差しを向けてくる。やめてくれ。お礼や謝罪が素直に出せる人だ。気遣う言葉も自分の状態も。だからここで教えたらこれから先、それをパンに差し出してくるのだろう。躊躇いなく。そう、色鮮やかでクリスタルのように煌めく透き通った感情を。
思わず出そうになった言葉の代わりにパンは口を微かに歪めた。
「貴方はぼくとの仲直りに指切りを使いましたよね」
「あぁ、あれはメーキンから教わったんだ。いつもキーアーとしていた」
「じゃあ同じように人間だった彼らから教えてもらってないんですか?」
狡い躱し方だったかもしれない。目線を上に向けて唇を尖らすラーミンは数多の記憶の棚から探し出せたのか、パンが数回瞬くうちににこりと笑った。
「教えてもらったよ。握手やハグのことなら知っている。肩を叩いて、もちろん言葉もかけてやる。だがそれは友人や兄弟での愛情のことだろう」
ラーミンがパンの人差し指にそっと指を添える。僅かに絆創膏の上を撫でられた。
「きみへの愛情とは違う」
ドクリと心臓が大きく動いた。血液が押し出されて身体をめぐり、パンが奥底に潜めているものを喉元まで押し出してくるほどの拍動だった。
ラーミンは何も違えていない。
「パン」
自分を呼ぶ声の温度を、鼓膜は記憶と連動させる。目が覚めると曖昧になってしまう、たっぷりの多幸感と少しの焦燥感に心が浸る熱い夢。
「私はきみに愛していると言ってもいいのかな?」
「っ!」
バクバクと高鳴る胸がうるさい。押し上げられてくる衝動を、喉を何度も嚥下させて必死に抑える。
「愛の言葉を使ってもいい?」
口への接触を断られたラーミンの唇が絆創膏の上に寄せられて、傷口から血の代わりに何かを欲した。現実世界での触れ合いは夢の中のようにパンを甘やかに包んではくれなかった。こじ開けてくれるな。血以外はあげられない。
「じ、時間を、ください」
その時がくれば、いずれ。彼は知る。
無理矢理引き絞った声帯はひしゃげた声をラーミンへと放ってしまったが、彼はパンの目を見てスッと離れていった。小さく笑んでいる口からも熱が引いていた。
「きみが嫌がることはしない。でも愛情は示したいから、やっていい事があったら教えて」
「ラーミンさん」
突然ふいた風は突然止んだ。身は軽くなったが後に残った誠実さに胸はまだ痛む。強い拍動はパンが止めていたものたちを動かしてしまう。
握られていた手も離されてラーミンが一歩、廊下へと下がった。淡い暖色のライトが優しい吸血鬼の純粋さを照らしていて、パンはたまらずハッと息を吐いた。
「パン、おやすみ。ファンディーナ」
良い夢を。
それを貴方が言うのか。
パンがドアを開けて部屋に入るところを見送るつもりか、立ったままにこやかに小さく手を振るラーミンに今度はパンが一歩前へ出た。踵を少し上げて見誤らないように目は開けたまま、鼻先に触れた肌は滑らかで。
吸い込んだ匂いは間違いなく体温の温かさだった。
至近距離の身体が身じろいだのが分かってパンはドアの側まで引き下がる。ルームキーを持った後ろ手でカードリーダーを探した。
「これはドラマでやってなかったですか?」
「パン
……
」
「ファンディーナ、ラーミンさん」
先程とは違う意味で胸がざわめく。ピッという解錠音に手を滑らせながらドアノブを押し下げ、部屋へと滑り込む。ドアが閉まりかける隙間から頬に指を添えてポカンとした表情のまま突っ立っている吸血鬼が見えた。もしかしたらパンがした行動を知らないかもしれないが、もうドアを開けて確認する気はない。
パンは鼻の奥に残るラーミンへの感情を胸へと落とすように小さくひと啜りした後、大切に閉じ込めるために心臓の上を絆創膏を巻いた指先でトントンと叩いた。
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