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タロ文庫の作品置き場
2025-12-18 09:57:42
3536文字
Public
作品
交差する相似
2021-09-21
WT×メクバル走り書き。
ウィンが一時帰国した時の空港での一コマ。ワンスアポンアタイムを視聴済みの方とネタバレOKの方推奨です。
『悪い、少し遅れる』
ウィンはセルフォンの電源を入れてすぐにティームへ短いメッセージを送り、目の前の表示に舌打ちをした。
手の中でピコンと着信音がして白い饅頭のキャラクターがOKマークを作っているスタンプが返ってくる。続いてサムズアップしてウィンクしているスタンプも。それを本人へするように画面越しに親指で撫で、腰に巻いたシャツをめくりジーンズの尻ポケットにおさめた。
三ヶ月ぶりに降り立ったスワンナプーム国際空港。入国手続きを終えるとタイ特有の湿度とパクチーや香辛料の仄かな匂いが鼻をくすぐってウィンの胸を少し締め付けた。ホームシックの自覚はなかったが、実際には全くなってなかったわけじゃないことを自覚する。母国の匂いを嗅いだだけでこうなら、実際に確実にシックを起こしていた可愛くて厄介な恋人に会ったら一体どんな風になるだろう。ウィンは最後にしたビデオ通話の中のキラキラした黒目を頭に浮かべて胸を高鳴らせた。
それなのに最後の最後で手間取っている。
ウィンははやる気持ちを吐き出すように鼻で大きく息を吐いた。
預けたスーツケースをピックアップする為のターンテーブルが大変混み合っていたのだ。ウィンのイギリスから乗ってきた飛行機の荷物は、アメリカのロサンゼルスからの便と相載されてしまい、出てくるスーツケースの量も多ければピックアップ待ちの人だかりも凄かった。
イライラが全身に行き渡り足が小刻みに揺れ始めた頃、やっと見慣れたメタルシルバーのスーツケースが吐き出されてきた。ウィンは長い足を存分に生かし大股でターンテーブルに近づくと自分のスーツケースを引っ張り上げた。車輪が地面につくとともに税関に向かってまたも大股で歩き最小限の時間で空港内につながる自動ドアをくぐり抜けた。伊達に長い間コンマ数秒を競う世界で生きていない。
ドアを抜けると圧倒的に増えたタイ語の音と文字、一層強くなった香辛料の匂いを身体に取り入れ、ウィンは一番帰国を実感できる相手を目を凝らして探しながらゆったりと歩いた。肌に刺さる冷房の空気もイギリスとは違う。機内で着ていた長袖のシャツを腰に巻きタンクトップで剥き出しにした肩と腕に冷たい空気が撫でていった。地毛に戻し短く切ってから出発した髪も今は前髪が重く垂れて空気の流れでゆれるので手で払う。
「こっち!」
その冷気の流れが突然遮断されて腕を強く掴まれた。低い声が鋭く言葉を放ち、遠くを彷徨っていたウィンの視線と意識をすぐそばに引き寄せる。
「遅かったな。どうしたんだ? 連絡もしないで、心配したんだぞ」
艶やかな黒髪に、まあるい額。
見上げてくる黒目が空港の眩い照明を受けてキラキラしている。
ティーム。
ウィンの鼓動がトクリと脈を打ち身体全体に緊張に似た痺れが流れる。それは歓喜でなくてはいけないのにウィンの思考外、本能の部分で違う信号を発信していた。
ウィンが動けないでいると、眼下の相手の眉間にグッと皺が寄った。黒目の上の瞼がスッと動き、ジト目が掴んでいる腕を見つめる。視線を感じてトライバルがチリッと疼いた。
「これ
…
なんだよ。タトゥー? 向こうで入れたのか? ピアスも。いつ? おれ、聞いてない」
「お前、何言ってんだ?」
声そのものは耳が愛おしがっていた彼の声に違いないのに、静かに短く喋る口調がウィンの血圧を下げた。
相手もウィンの第一声を聞いて降ろしていた目線をバッと勢いよく上げた。ウィンの愛すべきジト目は凪いだ湖面のように静かにひたりと見つめてくる。その中に戸惑いと微かに傷ついたような色味が見えてウィンはますます混乱した。
立ち尽くす大男二人は後から出てくる人の流れに大きく影響をしており、それに気づいた彼が掴んだままのウィンの手を徐に引っ張り歩き始めた。少し強引で少し必死なそれにウィンの足が二、三歩動く。
「とりあえずこっちに。おれもお前に、伝えたいことがあるから」
「ちょっと待て」
お前?
ウィンはティームに甘いしティームもウィンに生意気な口を利くことも多い。が、呼び方だけはいつでも変わらなかった。
ウィンの眉がピクリと動き、力を入れて立ち止まると掴まれた腕を振り解く。
「あっ」
「なんだよ」
お前って、なんだよ。
イギリスに行っている三ヶ月の間にどうしたらこんなに違和感を感じられるくらいになる?
そういう気持ちを込めて睨むと、目の前の男は振り解かれた指をふよりと宙を彷徨わせてから身体の脇に降ろした。薄く開いていた唇が僅かに震え、それを押し殺すように内側に巻き込みグッと噛み締める。それが静かに開いて言った言葉にウィンは母国語がわからなくなったかと耳を疑った。
「ついさっき連絡があって、お前に一番に伝えたかったんだ。おれも申請が通った。来年度からお前と同じところに留学する」
「待て! 待て待て待て!!」
なんだよって言ったのは「お前に伝えたいことがある」に対してじゃないし、留学ってなんだだし、またお前って言ったし。
「喜んで、くれないのか」
「いや、違う。そうじゃない」
焦って大きな声が出た自分に対して、男の目が悲しみに潤む。ティームと同じ顔でネガティブな表情を浮かべられるとウィンの身体は否応無く握りつぶされるような痛みで引き攣る。
多分この言葉は自分が聞く類のものではない。
ウィンは目の前の肩を両手で力強く掴んだ。実体がそこにあるのかを知りたかった。時間が経てば経つほど、会話をすればするほど違和感が大きくなる。世界の歪みを感じる。
さては新手のドッキリの出迎えかと浮かんだ考えは、瞬間に打ち消された。
掌の下、薄手の長袖のトレーナーの更に下に感じる肩は知ってるはずの筋肉の硬度を感じず、ウィンは更なる違和感にくらりと目眩がした。
ティームじゃない。
じゃあ誰だ。
自分を知っている風体のこの男は誰だ。
「あんた誰だ?」
「メク、どうしたんだよ」
「俺はメクじゃない」
「その冗談つまらないぞ。そのスーツケース、おれがやったステッカー付けたままで
…
ふざけてるのか」
自分ではない者の名前で呼ばれ、その男が戸惑いを怒りに変え始めた顔でウィンの足元にあるスーツケースを顎でしゃくった。
促された先は見慣れたシルバーのスーツケース。だが持ち手の近くに見慣れぬ小さな風船のステッカーが貼ってあった。
ウィンはそのステッカーに目が釘付けになった。
何が起きてるんだ。オカルトの世界にでも紛れ込んだか。
背筋がヒヤリとしたものが駆け巡る。その瞬間、
「おおぉい! 先輩! 向こうでの寒さにやられちゃったの?! 出迎えが遅くなったのはごめんって言ってるだろ。フードコートにいたの!」
飛び込んできた声に今度こそ細胞が歓喜に震えた。
「先輩ってなに?! さっきからおかしいよ。スーツケースのステッカーが剥がれちゃったのはごめんねって俺も言ってるだろ」
そしてその後に続いた声にまたも背筋が怖気に襲われた。
戸惑う声は録音した自分の声にそっくりで。
声のした方へ自然と向けた眼前に突如現れたのは、会いたさが積もり積もった黒髪のまあるい頭。それがつんのめるように体当たりしてよろけた隣の縦に長い身体は、鏡を見ているようで全く違う。
あっ、と掌の下の肩が揺れた。
「ティーム!」
それと同時にウィンは叫んでいた。ピクンと反応して上がる顔が自分を捉える。
艶やかな黒髪、まあるい額に驚きで見開いた黒目に空港の照明がキラキラと入り込んでいる。
少し間延びした低い声が自分を呼ぶ。
「ウィン先輩」
これをずっと待ち望んでいた。
「ティーム、お前
…
」
「先輩、その人」
「メク?」
「ルーン?!」
感動の再会に対し隣と斜め前から自分たちに似た声が重なってくる。ウィンがチラリと視線を動かすとティームに両手で腕を掴まれている自分そっくりな男がいて、その密着度に無意識に眉が寄ってくる。華奢なメガネの大きなレンズその奥の、薄闇色の目がウィンと同じ様にすがめられた。ずれてもいないブリッジを中指で押し上げている。その視線を追ってみれば、自分の手がティームに似ている男の肩を掴みっぱなし。その手首を相手が掴みっぱなしの状態だった。
スワンナプーム空港。黄金の土地を意味するタイの空の玄関口のターミナル二階では、今日もただいまとおかえりが様々な想いを乗せて飛び交っている。
四人の間にも視線も気持ちも疑問も確信も色々飛び交っているが、まずはこの場に相応しく、その言葉を本来伝えるべき相手に対して各々口にすることにした。
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