河童の皿箱
2025-12-18 08:55:10
1652文字
Public 遊戯王:短め(2025年度)
 

赤と白と、もうひとつ

セアミンが散歩しながら彼岸花を抓むだけ

 山からくだるは恵みの水。小川をゆるり、さらさらと。散歩道にあるその畦道は、かつて農業に使われていたが、今は手付かず。背丈の高い草がワァッと繁茂しては、道行く能楽師の膝下ぐらいはすっぽり隠れてしまうほど。もう少ししたら、腰の曲がった町内会の人々が刈り込みに来る。能楽師も、揃って参加するつもりであった。何せじい様ばあ様たちが可愛がってお菓子をくれるのだ。お能を見せれば、手を叩いて笑って、喜んでくれる。それだって、ほのかな日々の彩。行かぬ手はない。

 能楽師は日傘の下、ぽつぽつと歩く。すると、探していたそれがあった。草々の間には、真っ赤な真っ赤なのぼり花火。毒を持つ。血のように赤い。そんなこんなで、死の象徴ともされるその花。手元を手拭いで包み、ぷつんと手折って眺めれば、ぽんやり顔の能楽師も、ふふふと微笑んだ。
 まだ幼かった頃。こうして散歩をしていた時、初めて見たこの真っ赤な花が、あんまりにも美しくて、こうして手折ったことがある。すぐ近くにいた絵師が「毒があっから、ちっと気を付けてくれな」と、自分の手ぬぐいで花を包んで持ち手を作り、そして持たせてくれた。クルリ踊って見せてみれば、彼らは笑ってくれた。それ以来、この季節になれば咲き誇るこの花が、楽しみになった。綺麗だから、美しいから、それもそうだけれど、幼い頃の思い出が、より心を小さく湧き立たせた。

 真っ赤な真っ赤な花の道。山々の木々はまだ青く、日は暑く。日傘をまだまだ手放せない。けれど、夜にもなれば、絵師と楽師が月を見上げ、つられて見上げればあぁ、良い頃。「今年はどの酒にしようかね」、なんて相談しているのも、時折聞こえてくる。能楽師にとって、酒はまだ飲めるものではなかったが、いつかは肩を並べて飲めれば、大好きな彼らは喜んでくれるだろうかと、空想で遊ぶ。

 そうしてまた、畦道を歩いていけば。辿り着いたのは山の麓。咲き誇るのは、真っ白な花火。ちょっと珍しいその花もまた手折って、手拭いの中に入れてやる。白と、赤との華やぎが、今この手の中。それだけで、やはりどうにも愉快になって。またふふふと笑みがこぼれる。
 そういえば、と。手拭いの中の花を見る。大昔は非常食で食べていたんだったっけ。そんなことを思い出した。もちろん、言いつけは守る。勝手に食べる気にはなれない。毒は恐ろしいものだから。けれど、あの小さな丘の上に住む、花と香りの魔法使いたちなら、これを食べる手段を知っているかも。いつかは、食べてみたい。そんな願いを書き留めて、能楽師は帰路につく。

 赤と、白とが手の中で揺れる。日傘の影に、小さな子。まだ幼くとも、過去を知り、己が過去持つ、能楽師。いつもと違った畦道に、一歩踏み入り、また一歩。さくさく草が倒れて、踏んで。蛙が飛び跳ね、虫が鳴く。ふと顔を上げてみれば、「あ」と声を上げた。道の向こうで、手を振っている。あれは、絵師だ。そしてそのすぐ近くに、もっともっと珍しい花が。
 たまらず駆け出す。大きく手を振る大きな腕の中めがけて、能楽師は軽い足取りで走る。走る。待ち侘びていた青い髪。大きな体にドンとぶつかれば、「おかえり」と抱きしめてくれた。
 「ねえ、見て」。能楽師は手の中の鮮やかな花火を、ずいと差し出した。「っふふ、取って来たのか。あぁ、綺麗だな」、と。絵師が笑って放してくれる。その隙狙って、近くの畔へ。
 「ねえ、見て」。指さす先には、黄色の花火。「きれい。かわいい」と、口にすれば、絵師もまた隣に座った。「こりゃあ鍾馗水仙か? 珍しいな」。そう言って、彼はまた手拭いを取りだして、手折っては、赤と白に添えた。「しょうきずいせん?」。と尋ねれば、「んまあ、だいたい彼岸花の仲間だ」、と。

 「さ、そろそろ帰るか。せっかくだから、花差しも出そうな」。「うん」。
 いつも通り、彼は傘を手に取って、空いた手と手で繋いでは、小さな歩幅で家路へ。手の中、風に揺られる3つの色に、また微笑んだ。