こつり。疑似重力の中、改良プラスチックの食卓に、カップがひとつ。無人補給艦から搬入されたばかりのコーヒー豆の袋を開いては、半年前に空になっていた入れ物が久方ぶりに満たされた。ほこりをかぶっていたコーヒーマシンが豆を砕いて、湯が注がれる。芳醇な香りが人工空気をまろやかにほどけば、その男はできたてのそれをカップに注ぎ込んだ。
「おっ、所長。やぁっと補充されましたね」。食堂にやってきた副所長は、所長の手の中にあるそれを見て、自分のカップを差し出した。所長は何を言うでもなく、残り半分を注いでやれば、副所長は苦々しい黒い海に白を垂らし、一口。「…うまっ。味、変わりましたね」。「今まで使ってたのが12年前の品種。これは7年前に開発された品種だそうだ」。「ははー、まあ…遠いっすからねぇ」、と。
窓の外には、巨大な太陽…否、太陽と似たような、けれど約50倍の大きさがある、赤色巨星。かつて『りゅう座γ星』と呼ばれていた星。その巨星の前を飛行する、竜型の機械生命体。水晶のような結晶を身に纏う母艦…仮称『ファフニール』から、無数に発進する小型の機械竜達。圧倒されるほどの巨体はみるみるうちに大きくなり、通り過ぎては、小さくなっていく。次第次第に、肉眼での観測は不可能になった。
ここは、ドラコ星群に属する、エルタニン星系。太陽系地球人が空を見上げ、線で結んで遊んだりゅう座の最も強く輝く竜の瞳、それこそがまさにその場所であった。男たちの故郷から、約150光年。ハイパードライブは改良を繰り返していると言えど、星系基地を作り上げられるほどの物資は運搬できぬ距離。かつてここまで到達した探査船をステーションと騙り、居住スペースとしてだましだまし使い続けている。
さて、何故こんな場所で、おんぼろの船に乗り続けているのか。それは、この星系に棲んでいると思われる生命体の調査のためであった。『ファフニール調査最前線基地』と呼称される船には、所長と副所長、そして補助業務を行うアンドロイドたちのみが搭乗している…否。元はもっと人が居た。けれど、航行中に死んだ。事故やれ、病気やれ。たまたま残った研究者と整備士がそれぞれ所長と副所長を名乗っており、本来の船長やれそのほか諸々は、防腐袋に遺体がしまい込まれている。かれこれ20年間そのままだ。他の有人宇宙船が来たことは、一度もない。
とはいえ、仕事は果たさねばなるまい。コーヒーを飲み終えれば、所長と副所長は艦橋へと向かい、モニターの電源をつける。観測台が起動して、360度が外の景色に包まれる。超小型惑星の衛星軌道上から、その惑星へと望遠鏡を向ければ、そこには1機の機械竜が待っていた。仮称『エルγ』。大型のエネルギータンクを備えた、射撃型の戦闘機…と思われるが、今のところその銃口がこちらに向いたことはない。
〈挨拶〉〈友〉〈疑問〉〈健康〉。翻訳装置が、機械竜の言葉をたどたどしく訳する。〈挨拶〉〈友〉〈健康〉〈肯定〉。パネルを操作して、彼らの言葉で返事をする。他愛もないやりとりを何度も繰り返す間に、言語のサンプルを収集しては、AIに解析を急がせる。すると、彼はいつもとは違う話題を口にした。
〈遠い〉〈星〉〈爆発〉〈観測〉〈変化〉〈誕生〉。おそらくは、ここではない別の星系で超新星爆発が起きたのだろう。〈変化〉〈好き〉〈疑問〉〈問う〉。〈変化〉〈否定〉〈変化〉〈肯定〉。……おそらくは、どっちでもいい、或いは部分的に思うところがあるのだろうか。
この機体は、『ファフニール』から発進したうちのひとつである。母艦たる『ファフニール』本体はかつてりゅう座で繋げられたドラコ星群を高速で巡っており、現在は不在。所謂、留守番である。けれど『ファフニール』をはじめ、機械竜たちはこちらとのコンタクトを友好的に進めてくれている。何かの対価を求めているわけでもなく、何かの恵みをもたらすわけでもなく。だが、これでいいのだ。任務は、彼らとの友好関係の形成と、彼らの言語の解明、そして……。
竜はくいと、首を持ち上げた。機体に共通した竜型のフレームと、体を包み込む水晶…そして、煌々と輝く光をともす、天球儀状の尾の中腹。彼ら機械生命体は、明らかにどこかの段階で有機生命体によって制作されていると推測できる。量産自体は『ファフニール』で行われているだろうが、もし、彼らを製造した有機生命体の詳細が分かれば…そして、なぜ彼らはドラコ星群を巡航し続けているのか、その巡航範囲が、太陽系地球惑星から見たりゅう座と一致するのはただの偶然なのだろうかと。
〈母艦〉〈任務〉〈疑問〉〈問う〉。問いかけを投げれば、竜は首をかしげては、答える。〈母艦〉〈巡航〉〈危機〉〈探査〉。それは知っている。〈疑問〉〈あなた〉〈技術〉〈高度〉〈恐怖〉〈有無〉。竜はまた答える。〈恐怖〉〈不明〉〈……〉〈危機〉〈星〉〈救出〉〈任務〉。
…これでも、だいぶ単語を読み解けてきた方ではあるのだ。意思の疎通はできる、友好的でもある、けれどまだ、ぎこちない。所長はなお、言葉を選ぶ。
〈疑問〉〈あなた〉〈近似〉〈存在〉〈既知〉。竜は言葉を紡ぐ。〈わたし〉〈近似〉〈存在〉〈既知〉。
〈あなた〉〈星〉〈北〉〈光輝〉〈判読不能〉〈判読不能〉〈判読不能〉〈存在〉。
2人は顔を見合わせた。こちらの意図が完全に向こうへ伝わっているのかは不明だ。けれど、新たなる言葉の発生もそうだが、こちらの星を知っているような言葉のつながりを見せた。それも、地球外のことではなく、地上から見た情報を?
「…やはり、彼らは。いや、私たちは…」。所長は額を押さえた。副所長は苦笑した。ともあれ、彼らがこちらを攻撃することは、早々ないだろう。何か、協力を得られれば、よりこの星群を調査するための、良い拠点を作れるかもしれない。けれどその前に、竜は言葉を繋げた。
〈判読不能〉〈判読不能〉〈判読不能〉〈待機〉、〈あなた〉〈広大〉〈国〉〈技術〉〈判読不能〉〈待機〉、〈わたし〉〈星〉〈巡航〉〈危機〉〈探査〉〈任務〉。
そして、竜は飛び立った。遥か遥かの巨星へと。おそらくは、あそこに居住地がある。おそらく彼らは、星の輝きを動力にしている。…長い間研究を続けているというのに、確信が持てる情報はほとんどなく、国が望むような成果は上げられていない。それもそうだ、レポートは本国へと送信しているが、結局研究者はひとりだけなのだから。けれど、これで国も動くかもしれない。
「続けるぞ。アンドロイドに、小惑星への降下指示を出してくれ。残留物質の採取を行う。解析はこの船に任せる。わたしは…先駆種族の存在が示唆されるアノマリーを、データベースから洗い出す。幸い、更新されたばかりなのでな。それと、副所長。採取が終わり次第、ポラリス星系に関する情報をなんでもいいから…いや、生命体に関する観測情報があれば、寄越せ」
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