河童の皿箱
2025-12-18 08:48:57
960文字
Public 遊戯王:短め(2025年度)
 

秋の夜長

娑楽斎とワゴンが秋の夜にぶらつくだけ

 チリチリと。小さくなくなく虫の声。リンリンと。草木の合間を掻き分けて、男がふたり。足が進んで踏むたびに、草が倒れて、虫が跳ねる。ぴょんこぴょんこと、蛙が跳ねる。
 「なあ、どこに行くんじゃ?」。後ろの雅楽師が尋ねれば、先ゆく浮世絵師は笑う。「どこかって決めなきゃダメだったか?」と。楽師が首を傾げれば、けれど絵師は指さした。高き高きに丸い月。薄雲ひとつも纏わぬ球の、淡く滲んだ月明り。あぁ、そうだ。ここのところはあの、一歩も外に出たくないような苛烈な暑さも和らいで、朝方と夜には、絵師はどこかにうろついているようだった。
 「ひとり占めなんて勿体ないだろ」。絵師は少しだけ顔を逸らして、また向き合っては、楽師の手を引く。暗いくらい森深く。いつも行かないような、山道の奥へと。ぼんやり光る楽師の手と、浮かぶ月だけを頼りに、ぐんぐん進んでいく。そうして進めば、開けた場所に出た。よく目を凝らすと、大きな池に行き当たった。絵師は迷うことなく靴を脱ぎ、足を池に浸しては、その縁に座り込む。楽師も真似して水に浸かれば、ジンと冷たい湧水の、あぁなんと。

 「涼しくなってきたな」。「あぁ、夜も長くなってきた」。「中秋、にはまだ早いか」。「んんそうじゃなぁ」。
 電波も届かぬような場所。ただあるのは池と月と、友。なるほど、これが求めていたものかと。楽師は合点がいった。目を閉じれば、暗闇が。耳をすませば、虫の声。足に触れる冷たさと、手を包み込むあたたかさと。ふ、と息を吐けば、体にこもった熱が逃げていく。
 「良い場所だろ」。「あぁ、えぇ場所じゃ」。それからふたりは話すでもなく、寝っ転がっては空を見た。木々の隙間に覗く月。満月にはまだ早く、あぁでもきっと、胸の揺らぎは古来のもので。もう一度息を吸って、吐く。暑さに深まった緑の香りが、まだ蕾の金木犀が、胸をいっぱいにしては、息と共に体中の力が抜ける。
 ぱしゃり、と。隣で水しぶきが跳ねる。絵師がいたずらに水を蹴飛ばしたようだった。真似して、ぱしゃり。蹴ってかけるわけでもないが、どうにも愉快な気持ちがふつり、湧いてくる。ぱしゃん。足の指の間が開けば、キンと冷たさが入ってきては、熱をさらって清めてくれる。

 「……気持ちがええ」。呟けば、小さく笑う声がした。