ortensia
2025-12-17 22:13:38
1458文字
Public 傭リ
 

きすのはなし。リ視点と傭視点。


 初め、思わず首を少し引いてしまう。いつもこのワンクッションが必ず入る。
 そしてそれを宥めるように首筋を小さな手で撫でられて、改めて唇を寄せられる。
「おまえはわたしにこうしてたのしいのですか?」
「きすのことか?」
 こくりと頷く。そもそもこれはきすなのだろうか。
 こちらの質問の意図を咀嚼している間際らしい男は、首筋から顎にその指を移動させていた。
 焦れて来て、自分でも自分の顔に右手で触れる。全体的にのっぺりとしている。こすり合わせる唇もなければ、柔らかい頬もなく、潤いを湛える眼球もない。それっぽい凹凸で、顔のようなものをそれっぽく形成しているだけだ。こちらが自分の顔をさすってるのが奇妙に映ったか、男が少し笑いながらも、一つ答えを出したようだ。
「思ってるだけだ。」
「思い?」
 顔に当てたこちらの右手の上から男も手を重ね、その両手がどちらも顔に掛かる状態になった。
「おれがおまえに向ける思いが、寄せた顔でおまえおまえに伝わる、想像するんだ。」
 願いにも似ている、男は笑いながら言った。
「顔を寄せたその先から、触れた指先から、合わせた心臓の響きから、おまえにおれの思いが、余すことなくおまえの体中に届くように。」
 そう言う男にとって、口付けは必ずしも唇を合わせたいことではないらしい。
「それがおまえにとってのきすですか。」
「おれはそう解釈してる。」
 でも、この男もよく分かっているわけではないそうだ。おどけてそう言うと、また顔を寄せて来た。もう、首は引けない。

 初めは首を少し引かれる。いつもこのワンクッションが、必ず入る。
 対したことじゃない。そうすることでこの男が何かに納得したり安心するなら、このルーチンで構わない。
 それをお伺いを立てるように、その首筋を撫でる。
「おまえはわたしにこうしてたのしいのですか?」
「きすのことか?」
 こくりと頷く。そもそもこれはきすなのだろうかと、改めて思う。
 こちらの質問の答えを考えている間、相手は焦れて来たのか、自分でも自分の顔に右手で触れ始める。男の白い顔は全体的にのっぺりとしている。きすとは言うが、こすり合わせる唇もなければ、その顔は柔らかい頬もなく、また、潤いを湛える眼球もない。それっぽい凹凸で、顔のようなものをそれっぽく形成しているだけだ。
 たぶんこの男には、人の顔というものが、よく分かっていないのだ。口付けも、ものを飲み食いすることも、お喋りなこの男だが、声と言葉を使うだけで、相手に伝えるということを、よく分かっていないのかも知れない。だから口は動かない。
 そう思うと、なんだか微笑ましくなってしまう。
「思ってるだけだ。」
「思い?」
 顔に当てた相手の右手の上から、こちらも手を重ねる。その不思議な顔を、相手の右手ごと両手で包む。そこに眼球はないが、真っ直ぐと目が合う。分かってる。伝わってる、きっと。
「おれがおまえに向ける思いが、寄せた顔でおまえおまえに伝わる、想像するんだ。」
 近過ぎたら目では伝えられないだろう。それでも、顔を寄せたそれは願いにも似ている、自分で思わず笑ってしまう。
「顔を寄せたその先から、触れた指先から、合わせた心臓の響きから、おまえにおれの思いが、余すことなくおまえの体中に届くように。」
 だからやっぱり、これがきすなのかは分からない。
「それがおまえにとってのきすですか。」
「おれはそう解釈してる。」
 そう伝えれば、相手も笑ったので、もう一度顔を寄せた。


—————————————————————
いつもリアクション絵文字等ありがとうございます。