フリンズさんと喧嘩した後の話


 ――やばっ。
 
 フラッグシップのカウンターに座って大好物の「ベリーとお肉のソテー」食べていたのだが、今一番会いたくない人が入店してきたのを見てしまった。その瞬間、テーブルに片手を付きヒラリと飛び越えてカウンター内へと逃げ込む。自分の運動神経と反射神経の良さに感謝した。
 デミアンさんが驚いて一瞬だけ目線をこちらに向けたが、両手を顔の前で合わせて頭を下げてみる。察してくれたのか何も言われなかったし、私の食べかけの料理と飲み物をカウンター内に下げてくれている。出来たバーテンダーさんで助かる。
 
 ――コツ、コツ、コツ。
 
 聞き慣れたリズムの足音が近づいてくる。でも今はフリンズに会いたくないんだよ……
 見えてはいないが、カウンター席にフリンズが座ったことが分かる。しかも私の定位置の隣を選んだ様子。カウンターテーブルの上に、コトンっとランプを置く音がする。
「こんばんはデミアンさん。いつものをお願いできますか?」
「こんばんはフリンズさん。注文承りました、少々お待ちくださいね」
 私はカウンター席から絶対見えない位置にいるのだが、冷や汗が止まらない。ひとまず少しの猶予時間だと考えて、昨日の失態の言い訳を考えておくことにしよう……
 
「こちらをどうぞ。今日はお一人なんですね」
「ありがとうございます。えぇ、冒険者協会の無理な依頼を一人で挑戦した彼女に小言を言ってしまいまして、今日はフラれてしまいました」
……なるほど」
 そう、ちょーっとだけ敵が多くて予定外の怪我をした話をしたところ、フリンズがすごい怖かった。……小言レベルではないよアレは。でも報酬美味しかったし、依頼は完遂したから良くないか?
「仮にも冒険者なのですから、自分の依頼受注範囲を弁えなさいと伝えただけなんですけどねぇ」
「それは確かに、そうかもしれませんね」
 カランっとグラスの氷を鳴らしつつ、フリンズはデミアンさん相手に愚痴っている、珍しい。まぁ原因は私なんですが。
 
――おっと、次の注文分のお酒が足りなさそうなので、倉庫に取りに行ってきます。少々お待ちください」
「わかりました。お待ちしていますね」
 ――しめた。デミアンさんの後を付けて倉庫に匿ってもらおうと思いついたのだ。
 カウンター席から見えないように移動して、デミアンさんの後を追う。少し離れてからデミアンさんの裾を引っ張り、振り返ってくれた彼に急いで書いた『私もついて行っていいですか?』というメモを見せる。
 
――ダメですよ」
「ひぃっ」
 
 耳元でフリンズの声がした。
 いつのまにか真後ろにいるフリンズに、悲鳴をあげてしまった。いつもより数トーン低い声が滅茶苦茶怖い。
「すみませんねデミアンさん。こちらは僕が受け取りますので」
――えぇ、はい……お願いします」
 トラブルにも滅多に動じないデミアンさんも流石に引いてるじゃないですか。巻き込んでごめんなさい、後でちゃんと謝ろう。
 ひょいっと肩に担がれて、カウンター席の定位置に下される私。んー、逃げられそうにない……
 
「それで、何か言いたいことはありますか?」
 カウンターに肘を付き、私の顔を覗き込んでくるフリンズ。私は彼の方を見る勇気がなく、テーブルと睨めっこをして冷や汗をかいている。
「はい……怪我してすみませんでした。以後、依頼内容によっては断ることを検討します……
「はい、是非そうしてくださいね」
――でも依頼は完遂したから良くない?」
「何も良くないですね」
 顔を上げてそう言ってみたが、ピシャリと言い切られる。あやばい、笑顔に見えるのに目が笑ってない時の顔してる。
 
「はぁ……、もしどうしても依頼を受けたい場合は、僕を呼んでください。手伝いますから」
「ほんと?!わーいフリンズ大好き!!」
 ちょっと大袈裟に喜んで、フリンズに抱きついてみる。よし、今回はこれで誤魔化そう。
 

 ***
 

 食べかけだったご飯をデミアンさんが温めて再提供してくれた。ご飯は残さず食べる派なので、とても嬉しい。フリンズは追加注文したお酒を飲んで、私が食べ終わるのを待ってくれている。
 
「そういえばさ、」
「はい、どうしました?」
「フリンズは、いつから私がここに居るってわかってたの?」
「最初からですよ。入店時に見えていましたし」
「そうなのか……何もかもバレていたの……。あれ?でも、カウンター内は見えなかったはずよね?」
――さぁ、それはどうでしょう」
……んん?」
 カウンターテーブル上に置かれたままだった彼のランプの炎が、少し揺らめいて見えた。
 
 
『一瞬だけのかくれんぼ』