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ナスカ
2025-12-17 19:24:37
4430文字
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砂漠の王子よ、星砂を掴め②
前回の続きです。
「ガノンドロフ様! こんなところにいらっしゃったのですか!」
同じ顔をした二人の女が、ゼェゼェと息を切らしてよじ登ってきた。どうやら自分が部屋に不在だったことで、宮殿中が大騒ぎになっていたらしい。もう気づかれてしまったことを悔しく思いつつ、ガノンドロフは未だ気を失っている少年を宮殿に担ぎ込むための理由を饒舌に語り始めた。
「コウメ、コタケ! 夜風に当たっていたら、空から子どもが降ってきたのだ! 気を失っていて、すごく冷たい。宮殿の中で、面倒を見ることはできぬか?」
少年の上半身を抱き起こし、ひんやりした体に手を添える。生きているはずだが、急に不安になってきた。もしかすると、死んでしまっているのではなかろうかと思えてくる。
「子どもにございますか?」
「あぁ。戻ろうと思ったら、空から何か降ってくるのが見えて
……
それが此奴だった」
「失礼仕ります」
女たちは少年の身体をあちこち調べ始めた。宮殿に連れ帰っても良いのか。それが一番の難題になる。ガノンドロフはごくりと息を呑んだ。
もしも彼こそが星の遣わした『真の友』だというならば、きっと受け入れてもらえるはず。
「ガノンドロフ様、恐らくこの者はハイリア人にございます」
敢えて気づかないふりをしていたところをすぐに言及され、ガノンドロフはドキリとした。長い耳に、太陽に弱そうな肌をした者となればハイリア人の他にいないだろう。
彼女たちは、ハイリア人にそこまで良い感情を抱いていない。理由はわからないが、度々ガノンドロフに『ハイリア人は悪』だと教えてきた。だがガノンドロフも、言われるまま言葉をただ鵜呑みにする馬鹿ではない。会ったこともない存在を悪だとは思えなかった。
「だが、ハイリア人はオレたち同様地上に生きているではないか。空から降ってくるはずがない」
「
……
左様ですが」
そう言いつつも、納得している様子はない。運命に任せている場合ではない。自分が、彼を、宮殿へ連れて行かねば。そんな衝動に突き動かされる。
「面倒はオレが見る。だから、許可をくれはしないか」
こんなに必死になっていては、何かを疑われるかもしれない。しかしそこにまで考えを及ぼし、口に出すことはできなかった。今はただ、彼を側に置きたい気持ちだけが自分の真ん中にある。自分の体温を分け与えるように、ガノンドロフは少年の冷たい手を一層強く握った。
「
……
仕方がないですねコウメさん」
「
……
そうですねコタケさん」
「本当か!」
ガノンドロフは顔を上げ、笑みを広げた。だが二人の表情は冷静で、こちらの意図を見透かされているとすら思えてくる。
「まだ幼きようですし、一度保護することに致しましょう」
「ですが親御様も心配しておられるはず。身元がわかり次第、すぐに帰しますよ」
当たり前のことだ。子どもの側には大抵親がいるもの。帰るべき家があるなら、そこへ戻らなければいけない。
見つからなければ良い。そう思ってしまうのが、ガノンドロフの正直なところであった。
「
……
わかってる」
「では、お運び致します。ガノンドロフ様のお部屋でよろしいのですね?」
「勿論だ! オレが面倒を見ると言うたではないか!」
「そうでございましたね。では」
ふわりと少年の身体が浮く。コタケは指先ひとつで少年を浮遊させ、移動させるつもりなのだろう。ほぼ直角に等しい傾斜を、子ども一人抱えて降りるのは不可能。他のゲルド族は使えない『魔術』を、この二人は操ることができた。
「ガノンドロフ様は私がお運び致します。全身の力をお抜きになってくださいませ」
『オレをナメているのか? 降りるくらい自分でできる』という言葉が喉まで出かけた。しかしここは大人しくしておくべきだろう。如何せん、こんなところまで一人で登ってしまったのだ。
「あぁ、よろしく頼む」
コウメに身を任せた途端、浮遊感に包まれる。楽ができるという点では評価できるが、内臓までもがふわふわとしてくるのは心地が悪い。
✽✽
自室に運び込まれた少年を、ガノンドロフは自ら抱え、自分の寝台へ寝かせてやった。まずは体温の保持が大切だ。丁寧に布団を被せ、ポカポカハーブで作られた懐炉を掛け布団と敷布団の間に挟む。
「あとは何をすればいい?」
「手足をさすってやりましょう。摩擦熱で少しでも温めてやるのです」
「わかった」
ガノンドロフは少年の足元に周り、靴を脱がせようとした。しかし、その靴は見たことがない形をしている。足全体をすっぽりと覆っており、ゲルド族の履くものとはまるで違う。と同時に、『ハイリア人は靴を履かない』ことをおもいだした。彼らは裸足で大地を闊歩する。
この少年は、本当にハイリア人なのだろうか。そんな疑問を抱きつつもなんとか靴を脱がし、手と同じくらい冷たい白く小さな足をさすり始めた。
「二人とも、助かった。あとはオレがどうにかする」
「何かありましたら、いつでもお呼びくださいませ」
コウメとコタケを下げさせると、部屋は正真正銘二人きりとなった。ガノンドロフは氷のような少年の足を懸命に温めながら、その顔を覗き込む。
見れば見るほど綺麗な顔だ。さらりとした白い肌、高いながらも可愛らしさのある鼻、ほっそりとした眉
……
。総評して、ゲルド族から生まれそうにない顔立ちだ。それ故、珍しさが先行するのかもしれない。
しかしガノンドロフは、幼いながらも自らの美的感覚が刺激されているのを感じていた。間違いなく、彼は美しいと。
「
……
目は、どんな色なのだろう」
早く気がついてはくれないか。そう願いながらガノンドロフは左の体側に移り、そちらの手足を同時にさする。足元にいては、彼が目を開く瞬間が見られない。
「声も、聞きたい」
会話をしたい。名前を知りたい。自分の友となるべくやってきただろうこの少年が、一体どんな為人なのかを彼の口から教えてほしい。家は? 家族は? いつもは何をして過ごしている? どんな遊びが好き?
あれこれと質問を頭の中で並べてては、自分はどう答えようかと考える。けれど一番知りたいのは、この質問の答え。
「
……
オレの、友になってくれるか?」
俯きながらそう小さく呟くと、更に小さく消え入りそうな呻きが少年の口から零れる。ガノンドロフははたと顔を上げ、少年の顔を見た。少年は眉を寄せて、微かに唸っている。意識が戻りつつあるのだ。
「おい、おい、なあ目を覚ませ! 起きろってば!」
ガノンドロフは少年の両肩を掴み、グラグラと激しく揺らした。あとは刺激さえ与えれば、きっと彼の目の色を知ることができる。
「ぅ
……
」
「起きてくれ、なぁ! なあってば!」
揺すられた少年の黒い睫毛が震えて、瞼が重さを持ちながらも上がっていく。その様子にガノンドロフは手を止めた。思わず息を呑む。宝箱を開く直前のように胸が高鳴っていた。
「
……
月だ
……
」
自然とそう口にしていた。顕れた瞳は、優しい顔を見せた月のような金色。その双眸が、ガノンドロフを認識するべくジッと視線を捉えて離さない。
「だれ
……
?」
薄い唇から紡がれた第一声は、静かだ。岩の回廊に軽石を投げて、ぶつかった音がそのまま反響しているよう。同じ年頃の子どもにしては、あまりにも大人しいのが気になるが
……
なかなか目覚められぬほど弱っているのだから仕方がない。
「オレはガノンドロフだ! お前の名は?」
キョロキョロと二つの小さな月が辺りを見回している。ここがどこなのか探っているのだろう。二回ほど瞬きをすると、少年はか細い声で答えた。
「ぼくは
……
アストル
……
」
「アストル? 良い名だ! 濁りのない、良い名前だ」
うんうんと頷きながら、自分とは異なり清音だけで構成された少年の名前に感心する。だがアストルはキョトンとしており、また小さな声で「
……
あの」と訊ねてきた。
「ん?」
「ここは、どこ
……
?」
「ここはゲルドの街だ。お前、空に住んでいたんだろ? わからなくて当たり前だ」
「ゲルド
……
?」
地名すらもしっくりきていないようだ。空の上と言えど、ハイラルではあるだろうに。しかも、彼はゲルドの上空から落ちてきたはずだ。アストルが余程の世間知らずか、空では地上の地名が知られていないか、なのかもしれない。
「
……
よく、わからない。おしえてくれたのに、ごめんなさい」
「気にするな。まだ目が覚めたばかりで、思考がはっきりしていないのだろう。身体を起こせるか?」
こくりとアストルは頷き、ゆっくりと上体を起こした。途端に、きゅるる
……
とアストルの腹が鳴る。尖った耳先がカァッと赤くなって、顔を両手で隠した。
「なんだ、腹が減ってるのか? じゃあ、いいもの食わせてやるよ」
ガノンドロフは武具を立て掛けてある棚に向かう。その裏に手を伸ばし
……
取り出したのは小さめのヒンヤリメロンだった。
「それは、なぁに?」
「フルーツだ。料理番からこっそりくすねてきたのさ」
アストルは首を傾げ、訝しげに「きみ、泥棒なの?」と訊ねた。
「違うぞ。オレはいつかこのゲルドの王になるんだ。ゲルドのものは、皆オレのもの。だから、ちょっとくらい食料庫から頂戴したって構わないのさ」
「おう
……
? 王様?」
「そうだ。今はまだ、学びの最中だがな」
ガノンドロフは刃渡りの短いナイフで、器用にも手のひらの上でサクサクとメロンを切り分けていく。半分に、その半分に、更にその半分に
……
と、食べやすい三角形になったものをアストルに差し出した。アストルは半信半疑な顔をしながらも、ヒンヤリメロンを受け取る。
「美味いぞ、食え」
がぶ、と目の前でガノンドロフは豪快に実食する。危険などないことを証明するためだ。ジュワリとした果肉、広がるとろりとした甘み。その多幸感から思わず唸った。チラリとアストルを見やれば、まじまじとその様子を見つめている。見開かれたまん丸の目がまた愛らしい。まるでスナザラシのヴェーヴィのようだ。
「
……
いたただきます」
小さな口が、はむ、とメロンにかじりつく。寝ぼけたままの月色をした目に、キラリと目覚めの光が生まれた。
「おいしい
……
!」
「だろう、だろう! 遠慮はいらないから、たくさん食べてくれ!」
アストルは夢中で食べ進めていく。一口が小さいため減っていくのは少しずつだったが、そのスピードは早い。あっという間に皮だけになってしまった。
「ごちそうさま
……
すごく美味しかったよ。ありがとう、ガノ
……
えっと
……
?」
「オレの名前は長ったらしいからな。それで良い、ガノンと呼んでくれ」
「ガノン君、ありがと」
二へ、と微笑まれながら名を呼ばれ、ガノンドロフはくすぐったい気持ちになった。ガノン君、などと呼ばれたのは初めてで、なんだか照れくさくなる。
その言葉を心の中で転がしていると、自然にアストルと似た笑顔になれるような気がした。
続く
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