都心の一角、高層ビルに紛れたレストラン。その一室で、ノノバナ アマヤメとメルヘカ・タヴィリカは対峙していた。白い布の敷かれたテーブルを挟んで、コース料理をカトラリーで刻んでは口に運ぶ。
二人の男は本日、このレストランに互いの恋人を誘うかの下見に来たのだ。アマヤメが都心の地理にまだ不慣れだった頃、メルヘカが案内した事をキッカケにし結ばれた縁。それは穏やかに続き、良い友人関係を結んでいた。
コースは既にメインの肉料理を過ぎ、甘味まで通されている。このレストランは高い値に見合う味を提供し、更に個室まで用意可能な環境だ。
メルヘカは趣味の範囲で食に詳しいが、それでも料理に満足している。鮮やかで可愛らしいイチゴのゼリーを掬い、メルヘカは舌の上で溶かした。甘露と酸味が丁度よく混じり、素直に頬を緩ませる。
「メルヘカ先生は、いつも美味しそうにご飯を食べますよね」
ふと、同じ料理を味わっていたアマヤメがそう告げた。そちらを見れば、彼のカトラリーは止まっている。中途半端に崩されたゼリーが、物寂しげに揺れていた。口内の甘味を飲み込んでから、その言葉に応じる。
「そうかもだが……それがどうした」
「ああ、いや。羨ましいと思いまして。
自分はなかなか、その、表情に出ないと自覚しているので」
「別に顔に出さなくとも、オマエもオレも言葉があるだろう。馳走への感謝と賛美では足りないのか?」
「好きなモノには、全力で好きと伝えたいです」
ふむ、とメルヘカは顎に手を当てた。彼自身の言う通り、彼の表情は非常に種類が少ない。少なくともメルヘカはアマヤメの笑顔など見たことがないし、激情を顕にする姿に覚えはないのだ。だが感情が無いわけではなく、恋人に喜んでほしいと言う欲も持っている。
「確かにノノバナ、オマエの感情表現の技術は乏しい。だが、オマエが証明したい愛情は恐らく、表に出そうとして出るものじゃない」
「……?」
「その愛を伝えたいのは、本当に世界なのかという話さ」
ゼリーを掬い上げ、メルヘカはゼリーをスプーンの上で震わせた。ツヤツヤの半透明な赤色に、アマヤメの無表情が反射する。それを眺めるメルヘカは異質なほどに暴食、そして同類に対しては世話焼きだ。
「オレは正直、世界というものにオレの愛を晒す気はない」
「何故です? 愛する事は素敵なことじゃないですか」
「愛するという概念は、な。
オマエはオマエの愛し方が、全てに肯定してもらえると思うか?」
「────そ、れは……」
赤いゼリーを食むメルヘカに、ようやくアマヤメの表情が崩れる。とは言えそれも僅かな差異で、何も知らない他人には見抜けない程度だ。明らかな動揺、次いで滲んだのは深い悲しみ。自分の愛が、世界に認められるわけがないという諦め。
メルヘカの愛とは、究極の共有だ。存在の果てまでをも共に、そして貪ることを何よりも求めている。愛する恋人を喰い尽くす日を待ちわびて、また愛する恋人に呑み干される時を夢見ていた。
アマヤメの愛とは、異常な終焉だ。生きて生きたその先で、人は死して灰燼となる。ならば恋人を燃やすのは自分だし、自分を焼くのも恋人だけがいい。そんな仄暗い焔の欲望。
「一般的に愛というのは素晴らしいことだ。だが、それをどう扱うかに正解も間違いもない。多数派と少数派には分かれるだろうが、それだけだろう」
「……間違いも、ない」
「ああ、それは断言してやる。
オマエの愛も、間違いではないんだ」
二人の違う愛情を、事細やかに語り合ったことはない。それでも心理学に長けたメルヘカは、アマヤメがそんな自分に悩んでいることを見抜いていた。心中願望に近いコレは、誰にも許される訳がない。
そんなアマヤメの罪悪感を、メルヘカは少し理解できた。自分もそうやって、何かに受け入れられない事実へ恐怖した時期がある。だがメルヘカの結論として、それは全てに跳ね除けられても構わないのだ。愛する存在にさえ拒絶されなければ、自分たちの愛は息を続ける。
「ありがとうございます。少し……気が楽になりました」
「それなら良い。気持ちが沈んだままの食事など、褒められたものじゃないからな」
小さく微笑んだメルヘカに、アマヤメは頷いて食事を再開した。彼が赤色を味わい、恋人の名を口にしてこう告げる。メルヘカはそれを決して否定せず、共犯者を歓迎した。
「ここの料理は美味しいですね。リンさんを誘って、また来ようと思います」
「ああ、是非そうするといい。フルコースを共に味わいたいと思う、それもまた愛の行為に該当する」
【アミューズからプティフールまで】
それは、揺り籠から墓場まで共にするのと変わりないだろうから!
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