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タロ文庫の作品置き場
2025-12-17 14:23:08
4014文字
Public
作品
あいだの世界
2020-08-08
一年生の頃の二人。
フォロワーさんからのリクエスト『NutKinで買い物or食事してほしい』でした。
性格悪そうって言ってもらえて嬉しかったです。
テーブルに置かれたナットのセルフォンがまた震えている。
硬い素材のテーブルとの接触面がバイブレーションと共にカタカタと不快な音を立て続けていて、キンはラーメンを口に含むついでに対面のナットをチラリと見た。ナットは自分の視線にもセルフォンの動きにもまるで気にも留めずに、箸で持ち上げた麺から湯気を退かすように息を吹きかけていた。
せっかくオープンしたてのスープが美味しいと評判の店なのに味覚に集中出来ない。口の中を空にしてから、キンは苛立ちを隠さないまま言葉を放った。
「ナット、鬱陶しいんだけど」
それ、と顎をしゃくって対応するよう促してもナットは麺をすすっては息を吹きかけてレンゲでスープを飲むばかり。頬いっぱいに詰め込んで咀嚼する様子が子供のようでますます腹が立つ。
キンは箸とレンゲを丼の縁に引っ掛けてひとつ舌打ちをするとガタガタいっているナットのセルフォンを鷲掴みにした。着信画面に表示されている名前に、眉がくいっと上がる。
また女が変わっている。
彼の交友関係を把握しているわけではないが気づいたら付き合っていて気づいたら別れている。部活で出会ってから半年と少し、ナットが女性関係で感情を浮き沈みさせてるところを見たことがない。つまりは来るものを拒まず去るもの追わず、自分の上を女が通り過ぎていくのを流しているだけだ。
キンは画面をナットに見せながらセルフォンを振った。
「彼女じゃないの?」
「昨日まではな」
なるほどねとキンは頷きながら、ふとある考えが浮かび口角を綺麗に上げた。苛立ちが大きかった分、余計に楽しい。
「俺が出てもいい?」
「は? なんで」
「〝妻〟が追い払ってやるよ」
キンの言葉を受けてナットが顔を上げた。先日結んだ協定の名称に、彼は興味の色を目にたたえている。
やっとこっちを見たな。
キンは一度水を口に含み唇を湿らせてから通話ボタンをタップした。
「ハロー。ナットは今、手が離せないんだよね。言いたいことあるなら伝えとくよ」
通話先の人物の声を聞くより先に話し出すと相手が違うことに気づいたのか押し黙る。キンはその隙を逃がさない。
「ちょっと
…
ナット、くすぐったいよ。がっつきすぎ」
ほんの少しセルフォンを遠ざけてナットに話しかけるフリをする。くすくす笑いながら思わせぶりにゆっくり息を吐き出す。
丸い黒目を細かく左右に動かして驚いた顔をしているナットを面白いなと思いながら、キンはセルフォンの底面マイクに唇を寄せた。
「ねぇ」
低く湿り気を含ませて囁く。
「俺達が何してるか
…
わかる?」
秘密をそっと押し付けるように声を出せば、向こうから息を吸い込む音がして通話が切れた。
呆気ねぇな。
キンは鼻で笑って大人しくなったセルフォンをナットに放ると、落ちてきた前髪を耳にかけて箸とレンゲを持った。やっとラーメンの味がわかる。
「あ、美味い。この店当たりだな」
「キン、なに今の」
鶏ガラの透き通ったスープをレンゲで啜ると、ナットがもごもごと口を動かしていた。左手でセルフォンの背面を撫でている。
「嘘は言ってないだろう。お前はラーメンを食べるのに忙しい。美味いからがっついて食べてた。俺はそれをくすぐったいと思った。それだけ」
箸をナットの鼻先に突きつけて、小首を傾げて笑いかける。
「あの子が何か勘違いしただけ」
「何か
…
ね」
ハハ、と乾いた笑い声を上げてナットもまた丼の中身を啜り始めた。
自分たちには二人だけの協定がある。
所属する大学のチア部は近隣の大学の中でも群を抜いて有名だ。部員それぞれに個性があって光っている。同じ土俵に乗って潰し合うよりは別の視点からセンターを目指した方が効率的なので、自分はナットと手を組んだ。
少し思わせぶりに接触すればあとは周りが邪推して勝手に盛り上げてくれる。責任を伴わない煽るような行動は、気分の高揚だけピンポイントで味わえてとても気持ちがいい。こんな手軽で楽しい事は他では味わえない。
ナットとだけだ。
「そういえば、こないだ誕生日だったよな。キン」
丼の底に溜まっている麺のかけらを箸で探していると、そこにぽちゃんと肉団子が放り込まれた。言われた言葉が唐突すぎて一瞬対応に遅れる。ナットがニカッと歯を見せて笑っている。キンは正反対に眉を潜めて嫌な顔を作った。
「ハッピーバースデー」
「おい! まさか食い残しがプレゼントって言うんじゃないだろうな」
「冗談、冗談」
ムッとしながらも肉団子を一口で口に放り込む。美味しい、嫌いな味じゃない。ナットが隣の席に置いてる鞄を漁って紙袋を取り出した。
とん、とキンの前に置く。
「こっちがメイン」
鞄の中で少しひしゃげてしまった紙袋にはリボンが曲がって付いている。どちらにもキンの知らない店のロゴが印字されていた。真意を探ろうとキンがナットの目をひたりと見つめるも、ナットに他意はないのか頬杖をついて笑ってるだけだった。
中に手を突っ込んで濃紺一色のつるりとした箱を取り出す。開けるとシルバーのネックレスが入っていた。先端に十字架が付いている。正位置ではなく上から下に貫くようにチェーンが通っていて、付けるとちょうど十字架が横たわる。
盛大に眉根を寄せてキンがナットを仰ぎ見る。
「お前な
…
」
「気に入らなかった? 似合うと思ったんだけどな」
気に入るかどうかの前に困惑する。似合うかどうかを考えながら選んだのかと思うと、困惑する。
友達というカテゴリーの中でもナットは遠い位置にいるとキンは思っている。ナットがつるんでいるのはブレイブだし、キンはガールズギャングといる事が多い。仲間ではあるが交流の質が違う。二人きりで大学外に出掛けるなんてほぼ無い。
趣味嗜好なんて知らない。箸の持ち方が不器用なのも肉団子が嫌いな事も今日知った。部活中に身体を寄せるパフォーマンスはあっても心はそういう距離にある。
それでよく身に付けるものを贈れるな。それも適当でなく吟味したというのか。
首の後ろを手のひらで撫でているナットをどんなに見つめても他意が見当たらなくて、キンは探るのを諦めた。
「いや、大丈夫。ありがとな」
デザインはキンが自ら手に取るタイプのものではないが決して悪くはない。軽く笑って礼を言うと、ナットがあっと小さく声を出して頬杖をといた。目が少し開いて黒目がキラキラしている。
「つけてやるよ」
「は?」
言うが早いかナットが立ち上がり、テーブルを回って側にきた。箱の中からネックレスを持ち上げて留め具を外しキンの首に添わせる。突然の出来事に動けないキンの後ろ首に両手を回して引き輪に金具を引っ掛ける。力なく開いてるふっくらした唇から小さく吐かれた呼気が顎をかすめる。
まるで抱きつくみたいな距離の詰め方にキンは目を見張った。ものの三秒ほどでナットは離れて元の席に戻っていったが、キンの思考は戻ってこない。
「よし、似合ってんな」
うんうんと顎に指を添えて自己満足に頷いているナットを見てやっと喉の奥から声が出た。
「お前って、」
自分の声が掠れているのはナットを呆れているからか、ほんの少しだけ指先がうなじに触れた感触が擽ったかったからか。
「たらしこむのが上手いよね」
「ん?」
「何でもない」
知らずに止めていた息を気づかれないようにゆるゆると吐きながらキンは首を横に振った。
女が途切れないわけだ。人畜無害なベビーフェイスにのんびりとした言動と仕草で油断しているところに距離を縮められる。その意図を見出す前につれなく離れていく。波が引く時のような力で引き摺り込まれる。ナットのその世界に入る気がない自分でもうっかり何かを持っていかれそうになった。無自覚と自覚をうまく使っていて、たまったものじゃない。
喉が乾いたわけでもないのにストローで思い切り水を吸う。口の中が冷やされて冷静になった。
「そろそろ行こっか」
ナットに声をかけて立ち上がると首にかけられたばかりの十字架が元々下げていたシルバーの羽とぶつかった。
この後に合流するガールズギャング達は、キンの胸元のこれを目敏く見つけてからかってくるだろう。カイモックには写真を撮ってもらって是非ともファンページに載せてもらおう。ナットにも共通した意図があったかは確認してないが、投げられたボールをうまくキャッチしてコントロールするのが〝女房役〟としての役割というものだ。
ネックレスを誕生日プレゼントで贈るなんて『普通の友達』の距離じゃないって、知ってるか?
それぞれの会計を済ませて店の外に出るとナットが背中を叩いて、
「美味かったよ。また来ような」
と笑って歩き出した。
その後ろ姿を背景に、キンはセルフォンをインカメラにして空にかざす。ナットだと明らかにわかるギリギリの距離で彼を入れて、十字架を指で掴むと唇の横につけてニッコリと笑ってみせる。適当にトリミング加工をしてチア部のSNSにアップロードした。
画像内のネックレスにナット個人のアカウントのタグをつけておいたからファンがきっとまたコメントを書き込むだろう。キンは何一つ嘘はついていない。あとから気づいたナットの苦笑顔が見ものだ。
「なぁ、キン。おれの誕生日プレゼントはヘッドフォンで良いからな。ワイヤレスの、ハイレゾの」
「は? リクエストしてくんなよ。そっちのが高いだろ」
「いやいや、それ結構したから」
「嘘つけ」
「肉団子もつけたろ」
「お前の食べ残しなんていらないし!」
肩で肩を押すとナットが笑い声を上げる。それにつられて自分も笑った。
楽しい。
自分とナットだけでつくっていくこの世界に、他に求めるものはキンには何も無かった。
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