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タロ文庫の作品置き場
2025-12-17 14:00:26
4988文字
Public
作品
解を求めよ
2022-05-16
俳優AU。WinTeamと俳優さん逆転しています。
演じているシーンは、ウィンの俳優さんの2022/3/9のツイートあたりを参考にしてください。またも書きたいところだけ書きました。すみません。長編書ききれる胆力が欲しい。
「なんだそれ、やり直し!」
「イテェ!」
瞬き一つで厳しい顔に戻ったウィンが中指でティームの額を弾く。至近距離からの容赦ない鋭い痛みに思わず大きな声が出た。二人の間に作っていたほのかに甘い空気が霧散し、殺伐としたため息がウィンから吐き出される。
「お前は音声ガイダンスか? ただそこに書いてある通り名前を呼べば良いってもんじゃない」
「なんだよ、思い切りデコピンすることないだろ。痕が残ったらどうすんだ」
「そのくらいメイクで隠せる。お前は良く知ってるよな」
「ヒア!」
じぃんと脳まで響いたそれに額をさすりながらティームはイラつく気持ちを視線にこめてウィンを睨んだ。
このシリーズの初仕事であるスチール撮影の時にメイク係にたしなめられた言葉を思い出してカッとなる。『ティームは新人だから今日は大目に見るけど、あまりあからさまなのはマナー違反よ。ちゃんと隠してあげるけど、どこで見つかるかわからないからね。相手にも伝えておいて』と耳の下に付いていたキスマークにポンポンとコンシーラーを押しつけられた。憤死するかと思った出来事を起こした張本人がよくもまぁいけしゃあしゃあと言ったな。
しかしティームは言いたい文句を全て奥歯で噛み砕き、ウィンから離れてペットボトルの水を大きく煽った。睨んだ先のウィンが思いの外真顔で、そんな状況にしたのはティームだったから。
ウィンの役の名前を呼ぶ。たったそれだけのことでリテイクを出し続け、このシーンの撮影は一旦切り上げられた。
見かねたウィンが事務所の稽古場へ引っ張ってきて、二人で演技の立て直しをしているところだった。
今に集中しろ。
冷たい水で口の中をリセットし、両手で頬をパンと叩いてから元の場所に戻る。稽古場の床、ウィンの真正面へどかりとあぐらをかいた。
ウィンの眉がひょいと上がり、先程までと同じようにティームの指先を手に取る。
「今度はそいつの気持ちを確認しながら進めていくぞ」
高い体温が伝わってきてティームもこくりと頷き、もう一度意識をその世界へと浸した。
彼が自分に誕生日プレゼントを渡す。箱の中から出てきた指輪を見て彼を見上げた。
アルファベットを数字にして並べたんだ。オリジナルデザイン。ゴールドに少しだけどダイヤも。お金に困ったら売れるようにした。イベントでつけてね。
周りのスタッフの冷やかしにマネージャーのカメラ、自分からの視線をうけて彼が早口で説明する。自分は口元に笑みを浮かべながら注意深く彼の真意を探る。
中指のサイズで作ったから
…
右手の方が似合うと思う。
彼は箱から指輪を抜いて自分の中指へと。それを試すように嵌めようとしてくれた指輪に薬指を近づける。
目があって微笑み返される。静かに柔らかく、だが揺るがない意志を含んで名前が呼ばれる。
それに対して自分も彼の名前を呼んだ。
「そこにどんな気持ちを込めてるんだ、お前のそいつは」
「ピーを好きだって気持ちだろ。やってんじゃん」
「もっと感情の色を乗せろって。それじゃあ弁当の前で好きなおかずを叫んでるのと一緒だ」
ティームは顔の中央に目鼻口を寄せて皺くちゃになりながら、うーと低く唸り続けた。
自分ではやってるつもりだ。
映像出演がほぼ無い無名のティームが初めてもらった長編シリーズのW主演。
俳優の若者が出演作品で出会った人々との交流を通じて成長していくストーリーだ。特にウィンの役とはお互い唯一無二のパートナーとして絆を深めていく。
それが親愛なのか恋慕なのかは明かされない。ただ彼ら二人は隠すこともしない。
というのが作品のコンセプトの一つになっていて、目下ティームの頭を悩ませている。監督は役者にも彼らの感情の正解を教えてくれなかった。
ティームが思うに自分の役の男の子はウィンの役の青年が好きだ。彼も自分が好きだ。プラトニックなものかもしれないが愛には違いない。じゃなかったら誕生日に自分がデザインしたフルオーダーの指輪なんてプレゼントしない。ティームの役の男の子は多分青年が自分を好きな事を知っている。だから自分も好きだという気持ちを伝えたくて、そういう風に彼を呼んだのだ。
その〝好き〟が、ウィンのFCからのフードサポートでいつもある焼肉弁当への喜びと一緒だなんて心外だった。
だがここでずっと立ち止まっているわけにもいかない。明日にはこのシーンを含めてもっと先まで撮り終わらないとスケジュールが押してしまう。迷惑はかけられない。
ぐるぐる考えすぎて熱くなった頭皮の熱を逃すように黒髪を両手でくしゃくしゃに掻き混ぜる。
あまりにも呼びすぎて「ピー」がゲシュタルト崩壊を起こしている。
「ティーム」
詰んでしまったティームに、ウィンが小さく首を振ってから静かに声をかけた。
徐に自分の頭に手を伸ばし、一つに括っていた髪ゴムを解く。金色の髪がぱさりと降りて、ウィンの勝気な目尻を少し隠した。手櫛で結い癖を整えて、即席で青年の姿を作り上げた。
「お前の目の前にいる男の名前を呼んでみろ」
「ピ、ピー?」
ティームはウィンのやろうとしている意図を確認するようにただポツリと呟く。それに対してウィンは軽く頷いてじっとティームの黒目を見た。
「会えて嬉しいって気持ちで呼んでみろ」
「え?」
「だから、色んな呼びかけの練習。久しぶりに会えて嬉しいとか、迷子を見つけてくれて嬉しいとか、何でも良いから自分の中で作って感情込めてあいつを呼べ」
目を背けないようにかウィンがティームの両肩を掴んで固定する。見つめ合う距離はウィンのリーチの長さ分だ。
髪をおろしたウィンは目を伏せてからもう一度ティームに目を合わせると、その表情は少し柔らかくなった。アーモンド型の目の輪郭は変わらないのに黒目がまるくなる。
あの青年だ。
ティームはそこに見つけた人の名前を呼んだ。呼び声に反応して一つ瞬いた彼にあたたかくなった心はあの子のものか。ティームはそれを深く考えることをやめた。
「怒って」
決して目を逸らさず表情も変えず薄く開いた唇だけでウィンは指示を出す。
ティームの役の男の子はあまり彼に怒ることはない。それでも嫌なことがあれば我慢せずに伝える。激昂はしない、ひたすら地を這うような低い声をぶつける。それを彼が取りこぼさないと知っている。
「
…
P’」
「哀しい」
「ピ
…
」
自分が悲しみに包まれていることを知ると彼はいつも以上に優しくて微笑んでくれて、嬉しいけどそんな風に甘やかされたくなくて、その感情を口から出したくない。
躊躇いと、これも自分だと知ってほしい気持ちが拮抗して、溢れ出た。
「楽しい」
これが一番素直に呼べる。気が合わないと思っていた青年は懐に入ってみれば居心地の良い人だった。自分のバイオリズムと似た生活を送っていて、活発な時も眠くなる時も一緒だった。同じ時間の中で自分が動けない時は動いてくれて、動きたい時や動かなければいけない場面では引いてくれる。感受性の高い彼の感情の毛羽立ちに対するどうしようもない不器用な慰め方でもちゃんと凪いでくれるところも、それが良いと言ってくれるのも、自分は嬉しかった。凹凸がぴたりと合う。二人で揃って何かと向き合う時の無敵感は爽快だ。
一緒にいると楽しい。いつまでも一緒にいたい。一緒にいたいと思ってほしい。
「ピー」
彼が好きだ。こんなに安心して自分を出せる人はいない。この人となら何でも出来るし、したいと思う。
ティームは自分の中が役の男の子でいっぱいになるのを感じた。リラックスした状態で自分の思うようにあの子として身体を動かせた。
見つめる先でウィンの目が弓形に細まって、これはウィンと彼のどちらだろうと思考が巡る瞬間に形のいい唇が静かに柔らかく動いた。
男の子の名前を呼ぶ。
照れたように、困ったように、眩しそうに、誇らしげに、少し怯えて、傷つかないように、男の子に期待しないように。
先程までカメラの前で何度も何度も聴いてきたこちらの行動を咎める声。
複雑に幾重にもヴェールを纏っていて、ティームの胸がぎゅっと引き絞られる。
期待してよ、この指にあなたが指輪をはめて良いっておれが思ってることを。未来のおれや誰かのための配慮なんていらないんだ。
この世でたった一つの、二人のためのゴールドリングは、そこまで意味を込めたのにサイズを外して逃げ道を作られた。彼が最後の一歩を踏み込んでこない切なさとどこまでもこちらを慮る優しさ、こちらから彼に向ける感情を全部は受け止めてくれないもどかしさで何かが迫り上がってくる。
そんなところも好きだよ。おれが全部貰っていくね。
明かさないけど隠さない自分の気持ちが、こぽりと溢れた。
「ピー」
これが最適解だと心の底から伝えたい感情が声に乗った。それはきっちり目の前の男に届いたのか、綺麗な墨色の目が揺らいだ。
今までよりも深い没入感に、ティームはそれが青年なのかウィンなのか分からなくなった。揺らいだ瞳にざわつく胸臆はティームの記憶を引き摺り出す。
事務所の社員旅行でウィンと一夜を共にした。『教えてやろうか? そういう演技』と言ったくせに何度も押し付けられた熱い身体は演技じゃなかったことくらい、ティームにも分かった。それなのにウィンは旅行の後にその事に触れない。それなのにティームからは離れない。このシリーズだってウィンが指名したバーターだった。何本かシリーズに出演していたウィンの満を持しての主演シリーズで、そんな大切な仕事の相手にティームを選んだ。ウィンは皆に優しいけれど皆にこんなことするわけじゃない。
ではその特別の出どころは何だ? 自分ばかりが安心感を植え付けられて、自分ばかりが惹かれていく。
教えてほしい。この気持ちを渡していいのか。
「ヒア」
訊く事が出来ない問いかけの代わりに役に引っ張られる形でウィンを呼んだ。
甘くて、必死で、上擦った。
「っ
…
」
ウィンの目が見開き、肩に指が食い込んだ。じっと見つめ合うと真っ直ぐ伸びた腕が緩まり、距離が縮まっていく。逸らすことのない目は瞬きを忘れてじわじわと滲んでくる。
視界がウィンの顔でいっぱいになった時、ふとウィンが目線を下にずらした。つられるように目を閉じれば、唇に柔らかいものが押し付けられる。
それはすぐにティームの下唇を食み、咄嗟に開いた口にピタリと合わさった。熱い舌が絡みつくから思わず差し出すと優しく吸われて夢中になる。ウィンに合わせて何度か唇を動かしていると、顎が上がるタイミングでゆっくりと離れていった。
肩を掴んでいた手も解かれ、唾液で濡れた口角を親指が拭う。目を開けた先には熱っぽい目をしたウィンがいた。
張り詰めた空気をウィンの掠れた声が断ち切った。
「
…
あの子はあいつをヒアとは呼ばないだろ。本番ですんなよ」
ぐっと耐えるように眉根を寄せた後、立ち上がって解いていた髪を再び結う。大きな手で集めた前髪を器用に括って、晒された顔には青年の余韻はない。
一連の動きを追っていたティームは咥内に溜まった熱を吐き出すように大きく息をつき、ウィンに言い返す。
「たまに呼んでたよ。他の人に揶揄われて、〝助けて、ヒア〟って。監督だってそういうアドリブはOKって言ってくれたし」
「そうだったか? とにかくこの場面じゃNGだ。その前のセリフはちゃんと出来てたから明日まで感触逃すなよ」
「わっ」
ウィンは座ったまま見上げるティームの前髪をいつも以上にかき回して、事務所に戻るぞと稽古場を出て行った。
「ちょっと! ヒア!」
普段のウィンならエアコンと電気を消せとか鍵ちゃんと締めたんだろうなとか、ティームを最終退出者にならないよう口煩く言いながらドアの横で待っている。
パタンと閉まったドアに向かって、ティームの解を得られない呟きが当たった。
「
…
あの人だって、皆の前でキスなんてするかよ」
ティームは乱された前髪をそのままに立ち上がり、唇と舌に残る明かされないけれど隠されないウィンの余韻を指先でそっと辿った。
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