タロ文庫の作品置き場
2025-12-17 13:58:31
5533文字
Public 作品
 

壁の本領

2022-05-16
WT創作企画HempRopeFestival(2021/11/15-30)の『BodyGuard AU』
書きたいシーンだけ書きました。
以下本文に活かせてない部分の多いざっくりな人物紹介です↓

ディーン…警備会社社長兼現場リーダー。元SP。退職して会社を立ち上げたら下の二人がくっついてきた。
プルック…元SP。運転が上手。追跡を撒くのが得意
ウィン…元SP。ティームのトレーナー。オールラウンダー

ティーム…新入社員。抜群の身体能力があるが故に捨て身で警護しがちでよくウィンに怒られている。
ミュー…ティームの同期。盗聴や盗撮の発見が得意。トレーナーはプルック。

パーム…タイ料理店のシェフ。何者かに脅されており、友人のデルの紹介でディーンの会社へ警護を依頼する。

 ドンッと強い衝撃を身体に受けてティームは奥歯を噛んだ。
 だが覚悟していた皮膚を突き破られる痛みは来ず、その代わり視界を金色が覆い耳に低い呻き声が入ってくる。その声がウィンだと気付くと共に、自分の身体が馴染みのある長い腕に包まれていることを理解した。
 様々な音はその後から追いかけてきた。
「パーム、中へ」
 ティームの背後では身を縮こませたパームがディーンに抱えられてコンドミニアムの中へと駆け込む。左耳に入れたイヤーモニターから上のフロアにいるミューへとディーンの鋭い声が出す指示が入ってくる。
 ウィンは一瞬ティームに全身を預けていたが、腕を後ろに引き、肘を相手のこめかみ目掛けて打った。よろける濃紺のスーツ姿の男が体勢を整えるより早く、今度はウィンの長い足が後ろ蹴りを繰り出す。
 地面を転がる男は運転席から降りてきたプルックによって掴み上げられ、車のボンネットへと押しつけられた。ボコンッという大きな音と共に男の手から黒い傘が地面に落ちる。
 持ち手部分が無い、黒い傘だ。
「つ、ぅ
 ウィンの肩越しに相手を押さえつけているプルックを眺めていれば、耳元にまた低くウィンの呻きが聞こえた。
 男が持っていた黒い傘の欠落している部分は先程ウィンが蹴り飛ばしたことによりウィンの身から抜けて同じように地面に転がっている。傘の持ち手の先にはエントラスの照明を眩しく反射するナイフがついていて、刀身をべっとりと赤く濡らしていた。
 ウィンの身体が崩れ落ちていく。慌てて抱き止めるティームの右手がぬるりと滑り、全身が総毛立った。
 黒いスーツから離した掌にはナイフと同じ赤がついて温かい毒のようにティームの皮膚に浸透し指先が震え始める。
「せ、んぱ
 喉奥からかろうじて絞り出した声は、ディーンのパームが無事に部屋へ到着した報告とプルックによる襲撃者を取り押さえた報告の応酬に重なって自分でも聞き取れなかった。
『ティーム、ウィンの様子は?』
「ティーム!」
 細かい耳鳴りがして二人の声がぼやける。何も言えないでいるティームの代わりに、ウィンがティームのワイシャツにつけたピンマイクに向かって苦しげな声を出した。
「まだ生きてるよ」
 まだ生きている。
 ウィンの言葉にティームは脳から全身へと一斉に指示を出した。動け。やるべきことがある。
 ティームは思考をクリアにするともう一度奥歯をグッと噛み締め、プルックを見上げた。プルックは後ろ手で拘束した男をボンネットから引き起こし、ティームに向かって力強く頷く。
「こっちは大丈夫だからウィンを病院へ。任せたよ」
「はい」
 コンドミニアムの出入り口からミューと警備員が駆け寄ってくる。それを視界の端に入れて、ティームはウィンを抱き起こし先程までパームが乗っていた後部座席に横たえると運転席に回ってエンジンを起動させた。
 バックミラーに痛みで顔を歪めるウィンがうつり、ティームはギュッと狭まりそうになる視界を無理矢理前へ向けてアクセルを踏み込んだ。
 タイヤに甲高く擦れる音をさせて公道へと飛び出していく。
 今が渋滞の時間帯でなくて良かった。アクセルペダルを思い切り踏み込みたい気持ちをギリギリ押さえつけて法定速度を少し超えたスピードで走らせていると、車内の無線にディーンから近くの大学病院に受け入れの準備が出来ていると連絡が入った。
「ウィン先輩、聞こえた? もうすぐ病院だからね」
 ウィンカーレバーを操作しハンドルを切るタイミングでバックミラー越しにウィンへ声をかける。いつも自由自在に動く眉は眉間に寄せられ、揶揄い倒してくる口は開いたまま短い呼吸を忙しく吐き出している。
 その様子にまた身体が震えそうになるのを全力で押し留めティームは冷静になれと己を叱咤した。
 ここで自分が事故を起こすわけにはいかない。もらい事故も起こすわけにはいかない。安全に周りをきちんと見て可及的速やかに病院へウィンを送り届けねば。
 ウィンはまだ生きている。
 ティームは手についたウィンの温かな血液で濡れたハンドルを滑らせないよう力いっぱい握って目の前の道を睨みつけた。
「ティーム」
 ウィンの声が震えている。ティームはハンドルを持ち替えながら素早くスーツの上着を脱ぎウィンの身体の上へと放る。出血で体温が低下しているのかもしれない。
 放ったスーツは警備会社へ入社したティームがあまりにも安価なリクルートスーツばかり着ていたのを見咎めたウィンに連れて行かされたテーラーで仕立てたものだ。これなら国王の警護もこなせるな、なんて楽しそうに目を細めて笑ったウィンは、そのスーツの下で浅い呼吸を繰り返している。
「ティーム」
「なに!!」
「パームは無事か?」
「無事だよ! ディーン先輩が、さっき言ってただろ」
「そうか。お前も、偉かったぞ」
 呼吸の合間からウィンのこぼす言葉が聞こえる。運転に意識を向けながら、ぼやけそうになる視界を瞬きを増やすことで押しとどめる。
 口の中が苦い。心臓がキリキリと痛む。
 いつも飄々として入社以来ずっとティームを構い倒しているウィンは、現場に一度出ると鬼のように厳しかった。プリンシパルが『いつもと同じ生活を送ること』を最優先に考え、『何も起きなかった』状態で任務を終了させることが重要だとティームにずっと言い聞かせていた。
 だから本来は未然に防がなければいけなかった。
 雨予報の出ていない日に長傘を持った人物など、不審でしかなかったのに。
 車から降りるパームを一旦制止し自分が助手席から先に降りて確認しなくてはいけなかったのに。
 状況判断が遅れてしまい、襲撃者の腰だめの突進に対してパームを自分の背で隠して相手の前に立ちはだかることしか出来なかった。
 ボディガードは〝動く壁〟と呼ばれることがある。だがそれは最終手段だ。そこまで事態を悪化させないことこそがボディガードの本来求められるべき姿である。
 職場の先輩として後輩を厳しく咎めるところのはずなのに、ウィンの声が二人でいる時のように柔らかく聞こえた。
「ティーム」
 荒かったはずのウィンの呼吸が凪いでいる事に気づき、ティームは身体の震えが抑えられなくなってきた。
 最悪だ。考えたくない。
「ウィン先輩もう喋んないで!」
 声に水気が含み始めた。目の奥は熱くなるが指の先はどんどん冷えてくる。
「お前は、無事か?」
「無事だよ! 喋んな!!」
「良かった」
 はぁと吐き出されたウィンの呼気が安堵を伴っていて、ティームは音が鳴るほど歯を食いしばった。
 何が良かっただ。何も良くない。ティームは襲撃者と対峙した時に傘の仕込みナイフが刀身をきらめかせる様子を見ながらエントランスから飛び出してきたウィンの声を聞いた。
 ティーム、と。
 今までずっとプリンシパル優先に仕事を完璧にこなしてきたウィンが、ティームの〝壁〟になったのだ。
 沢山の感情が膨れ上がって出口を求めてティームの腹の中を暴れ回る。バックミラー越しに睨みつけるとウィンが乱れた金髪の隙間から横目でじっとこちらを見ていた。
 目が合うと力なくふわりと笑って、
「おぃい、泣くなよ。後で、美味いもの、食べさせてやる、から」
 そのまま目を閉じた。
 血の気のひいた真っ白い顔は、明け方に盗み見ている穏やかで大好きな寝顔のそれで、ティームは大声でウィンの名前を叫んだ。
 いつももっと見ていたくて息を殺して起こさないように眺めていた顔を今は引っ叩いてでも目を開けさせたい。
 ようやく病院の看板が見えてきて運転を止めるわけにもいかず、ティームの目はバックミラーと前方を世話しなく行き来させながら真っ赤に充血していた。
 泣いてなんていない。涙はまだこぼしていない。
 だってウィンはまだ。
 自分の呼び声にウィンの唇は青く、薄く開いたまま応えない。赤く濡れるほど吸い合ったこともある、その感触はもう薄らいでしまっていた。この仕事が終わったら続きだなんて、言ってたくせに。
 飄々と笑った後に真剣な顔をしてティームの心も信条も攫っていった口は、その約束を破ろうとしているのか。
「ずっとおれの側にいるって、言っただろ!!」
 悲痛な叫びが車内に響き、後にはティームの引き攣れた呼吸だけが残った。
『ティーム』
 その長いようで短い二人の時を動かすように車内の無線がガガッとがさつき、ディーンの低い声がした。ティームが無言でいるともう一度ディーンがティームに呼びかける。
 そうだ、自分はまだ勤務中だった。
はい」
 ティームは一つ鼻を啜り、音になるかならないかの声で応えると暫く沈黙した後にディーンがポツリと呟いた。
『イヤーモニター、聞こえるか?』
「え?」
 普段からウィン以上に厳しいディーンの聞いたことのない柔らかめのトーンに、ティームはのろりとハンドルから片手を離して指先でヘッドを耳に押し付けた。
 メンバー全員と繋がっている双方向の通信はワイシャツにつけたピンマイクの音を拾う。ティーム以外のメンバーも全員押し黙る中、車のエンジン音や外の騒音の合間を縫って微かに聞こえてくる音に耳を澄ました。
 すぅすぅと規則正しい空気が揺れる音。
 イヤーモニター越しでなくても聞き覚えが充分にあった。
 ティームは目の中の水分を散らすように瞬きを繰り返した後に鼻から大きく息を吸い込み、力強く吐き出した。
 その鼻息でディーンもティームが理解したことが分かったのだろう。渋い表情が思い浮かぶような声で事実を述べた。
『寝てる』
『ふはっ』
『ちょっとプルック先輩、笑ってないでこっち手伝ってくださいよぉ』
『ミュー、ごめん。そういえばウィンは三徹だったなって』
『はぁこの状況で眠れちゃうウィン先輩、流石』
『よっぽど眠かったんだね』
 今まで仕事をこなしつつウィンの安否を気にしていたプルックやミューの呑気にも聞こえる声が続き、ディーンが咳払いで諌める。それすらも少しわざとらしく、ティームはハンドルを引っこ抜いて無線機に投げつけたい衝動に駆られた。
 横たわるウィンは自ずとピンマイクに口を寄せる形になり、その息遣いから何まで全部丸聞こえだったのだ。
 それに全く気づかず生の声を剥き出しの耳だけで拾っていた。
 バックミラーに映るウィンの顔が見慣れているのも当たり前だ。いつも見ている寝顔なのだから。蒼白な顔色を心配する心を残しつつ、それでもティームは盛大に舌打ちをした。
「もう病院に着くんで一旦切りますね。詳細は後ほど」
 ピンマイクに吐き捨てるように言い放つと乱暴に無線機の電源を切った。
 今更ながらシートベルトをしていないことに気づくももう病院の救急搬入口はすぐそこで、既に看護士が待ち構えているのが見える。
 ハンドルをゆっくり回しながら搬入口に横付けするティームは徐々に戻ってきた平静の中で、先程吐き出した自分の言葉もメンバーに丸聞こえだったことに気づき打ちのめされた。
 くっそやろう!!
 心の中でもう一度大きく舌打ちして肩越しに振り返り、すやすやと寝ているウィンの顔を思い切り睨みつけた。
 
 
 
 とはいえウィンは全治二ヶ月の重傷で、それを聞いたティームは再び震えることにはなったのだが。
「なんで自分の大事なものを守っただけなのに始末書を書かなきゃいけないんだ。それもちゃんとパームに被害はいかなかっただろうが」
「ウィン先輩うるさいよ。いいから早く書け」
 ベッドに付けられたテーブルの上でタブレット端末を開きながらブーブーと文句を言っている金髪のちょんまげに、ふんと鼻で息をつく。
 ボディガードとしてあるまじき発言については個人的に心に留めて言及せずにいよう。
 パームの警護が終わった後、ディーンからティームに言い渡された仕事がウィンの始末書が書き終わるまでの監視だった。そういう名目でウィンの側に居ろと言外に言われ、ベッド脇のパイプ椅子に座っている。
 やっとキーボードをカチャカチャいわせ始めたウィンをじっとりと横目で見て、ティームはセルフォンで最近ずっと眺め続けている画面をすいすいとスクロールした。
「おい」
「なんだよ」
「何食べるか決めたか? 退院したら連れてってやるからな」
 別に泣いてないけど、と言いそうになるのを飲み込んで、代わりにタブレット画面とウィンの間にセルフォンを挿し入れた。
 白い丸みのある指が画面を上から下までスクロールする。
「ここにある店を制覇する」
 食べて食べて食べまくらないと気が済まない。
 ウィンがページのヘッダーの載っているロゴを見てニヤリと口角をあげた。実家が経営する見慣れたホテルのロゴマークだ。一階のロビーラウンジ、地下の日本料理、上層階のフレンチや中華料理のレストランにスカイラウンジバー。
「一日じゃ無理だな」
誰も一日で回るなんて言ってない」
 ウィンのアーモンド型の目がティームを捉えて柔らかく細まる。大きな口がチシャ猫のように開き、舌がペロリと口端を舐めた。
 ティームは急激に居心地が悪くなり口をモゴモゴさせて椅子に座り直す。
「そこのホテル、ルームサービスも美味いから楽しみにしておけよ」
 くつくつと高く掠れた馴染みの笑い声が聞こえる。キーボードを叩く音は先程よりも随分と軽快だ。
 ティームは大きく咳払いをした後、手元に戻したセルフォンでレストランのページから客室へのページへのリンクをこっそりとタップした。