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タロ文庫の作品置き場
2025-12-17 11:32:07
2754文字
Public
作品
知らない顔
2022-11-28
WTWT ep3
経営学部トリオの教室でのシーン。トゥン視点。
山のように動かなかった友人二人が最近グラグラと揺れているのを興味深く眺めているトゥンが自分も若干ソワソワしていることに気づいた話。
BU版トゥンが水泳部になったおかげで水泳部員および経営学部のトップ(攻)率の高さにウキウキしますね。
トゥンワン寄りで書いてます。
傾国の美女という故事成語を知った時に、美女のカンスト具合よりも人の上に立つような人間が自分の感情をコントロール出来なくなる感覚について興味を持った。
公人が私情を優先するだけでなく、その私情すら誰かの手の上にあり見事に転がってみせるのだ。一体どうすればそうなるのか。
そんな風になっちまうやつの顔を是非見てみたいものだ、と。
確かに自分はその時思った。割と最近まで思っていた。
それが今、目の前に居る。近しい友人で、二人も。
先に座っていた自分に挨拶をした後、斜め後ろに座った男は徐にセルフォンを取り出して長い指をちょこまかと動かす。どうやら熱心にメッセージのやり取りをしているらしい。
今までセルフォンを見る時は講義や部活の連絡事項か天気と渋滞を確認する程度、もしくは誰かから連絡が来ても一瞥、弟妹だった時だけ一言二言打ち込んですぐにリュックに仕舞われていた。
それがどうだ。
トゥンが後ろを振り返った姿勢で顔を凝視している事に気づいている癖に、ディーンはセルフォンの画面から一瞬たりとも目を離さない。指は時折止まり、口端を僅かに緩めてはまた短く打ち込みを続けている。
まるで相手がそこにいるかのように柔らかく目を細めるものだから、朝飯は適度に食べたはずなのに胃のあたりがもたれたような気になった。
トゥンが制服の上から密かに腹を撫でていると、バンッとそこそこの音を立てて青いリュックを机に放るように置いた男が、絵に描いたような見事な剣呑さを全身に纏っていた。こちらは少し突いただけで、蝶のようには舞わず速攻で蜂のごとく刺してくる。普段からヘラヘラしているタイプではないが、持ち前の美貌を表情筋一つ動かさず眼光のみで人を圧してくる迫力は、付き合いが短くないトゥンでも少しだけ肌がヒリついた。
先日の朝とは雲泥の差だ。
見てるだけで潤いベールが肌を乾燥から守ってくれるようなしっとりした表情を後輩相手に撒き散らしていた癖に。それも隣の男とは正反対にセルフォンを一瞥して鼻で強く息を吐いたらそのままリュックの中に投げ入れた。まるで相手がそこに居ないことが不安で堪らないというようにきつく眉を顰める。
本当に面白い二人だ。知らない顔をたくさん見せてくる。
トゥンの中でこの二人のイメージは二人揃って純度の高い青だった。ただ物質が全く異なる。
ディーンは絶対零度の氷壁だった。それが今、日だまりのような少年に身の内を溶かされている。
片やウィンは青い炎。ディーンと同じく冷静だが、高温の持ち主。これはディーンのように日だまりで溶ける男ではない。もっと直接的な炎色反応を起こす金属片に触れられて、バッと炎の色を変えた。完全燃焼の青い炎を不完全燃焼の違う色に変えて揺らがせている。
トゥンは出会ってから今まで無変化だった友人達の変わりように思わず独り言を溢してしまった。
「二人とも目の前にオレがいるのに見えない誰かばっかり見てんのな」
「あ?」
気が立っているウィンがいち早く反応した。今のウィンにはトゥンの言葉はどれもこれも引っ掛かる。またも鋭利な八つ当たりの視線を向けられて、その攻撃を追い払うように顔の前で手を振った。こんなことで怯むようなら、このやたらめったらに圧の強い水泳部の双璧とつるんでなどいない。
「今まで動かざること山の如しだったお前らがいっぺんに他の誰かさんにグラついてるのが面白いって言ったんだよ。そんなところも仲良しか」
「ディーンと一緒にするな。勝手に邪推するな。死にたいのか」
金髪の蜂が羽音を立てて威嚇してくる。それをチラリと見ることもなくセルフォンの画面に目を落としたままのディーンが静かに口を開いた。
「トゥン」
呼ばれて顔を向ければ、ディーンの深みのある緑がかった目も上がり、じっとこちらを見つめた。
トゥンは珍しく探りを入れてくるような眼差しに嫌な予感がして心のシールドを厚くした。
「お前にはそういう人は居ないのか」
そら、きた。
まさかディーンから訊かれるなんてな。本当に山が動いた。
「そういうって?」
ディーンは手に持っていたセルフォンを伏せて机に置いたが、逆にトゥンはセルフォンを起動させた。目を下に向け、頻繁に押すアプリのアイコンを見る。
「側にいない時ほど思い浮かべる顔の持ち主」
それを聞いたウィンは上体ごと窓の方に向け、外を眺めてやり過ごす態度を示した。そんなことをしなくても今のディーンは確実に答えがわかっているウィンを除外している。
トゥンは、心持ちが正反対の水泳部の双璧を交互に眺めてひょいと眉を上げると「さぁ?」と戯けて見せた。
親指でとつっとアプリをタップしてもう一つの世界へログインする。
トゥンのセルフォンの画面がお馴染みのタイトルロゴからフィールドへのスタンバイ画面になるのをディーンも見ていたのか、これ以上トゥンの口が開かない事もあり「もうすぐ教授が来るぞ」とだけ忠告して身を引いた。
そうだ。もうすぐ講義が始まるというのに、なんでタップしたのだろう。朝のタスクは全部終わらせてあるというのに。
チーム編成の中にあるメンバーのアバターを眺める。最高レベルの武装をしている一番上のアバター。右上の丸は赤く、オフラインを示してもう半日だ。
その時、青いリュックの中からピロンと音がして、そっぽを向いていたウィンが電光石火でセルフォンを探し出した。画面を見て、今度は細長いため息をつく。トトトッと素早く操作してまたすぐにリュックに入れられた。
「ウィウか?」
「あぁ。兄貴が出張に出て居ないから、顔を見なくてすんで勉強が捗るってさ」
「相変わらずだな」
自分より付き合いの長い者同士の会話を聞くともなしに聞きながら、見つめる先で赤い丸が今すぐオンライン中の緑に変わらないかと、彼のアバターが待機状態でゆらゆら揺れているのをただ眺めていた。今すぐ緑に変わったら、講義を抜けて自分も入る。
先日、いつも炭酸みたいに弾ける罵声が凪いで沈む音を聞いた。努力が数値化するゲームの世界でトップレベルにいる者が現実世界で努力を認めてもらえないと溢していた。
効率的にこちらの弱点をつく冷静さがあるのにちょっと挑発するだけでオーバーキルしようと全力で向かってくる。自分にだけしてくるフグみたいな反応がいつからか楽しみになっていて、次第に画面の向こう側にいる人物が気になっていた。少し知ったらもっと知りたくなる。この距離感を遠ざけたくない。
ワン、だってさ、名前。
いつか口に出して呼ぶことはあるのだろうか。
側にいない時ほど思い浮かべる顔なんてない。
だってまだ顔を知らないのだ。
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