タロ文庫の作品置き場
2025-12-17 09:19:47
3857文字
Public 作品
 

何か忘れていませんか?

2022-02-15
『そんな目で見てろ』と不思議な連動をしている世界線WT
2021.12.25-31までネットプリントに登録していた折本の話です。ネットプリントしたら忘れ物には注意してね、という話です。
ちなみにティームは忘れていません。

 ティームはウィンの部屋のドアを開けると靴を脱ぐよりも先に手に持っていた紙束をベッドに放った。特に揃えられてもいなかった紙はウィンのあぐらの膝頭に当たり、ウィンは眉間に皺を寄せて呆れた声を出した。
「お前なぁ」
「なんだよ。紙でチェックしたいって言うから急いでコピーして来たんだろ」
 いつも通り小煩く回ろうとするウィンの抗議を聞いている余裕はない。珍しくウィンを阻んでティームの口がぶつぶつと文句を言いながらシャツの胸ぐらをはためかせて服と肌の間に風を送った。急いで帰ってきたせいで熱気がたまる黒いスラックスに苛つきながら椅子にどっかりと座り、ラップトップのスリープをタッチパッドに指を擦り付けて解除した。
 目の前に広がるのはまだ導入部分しか書けていないレポートだ。
 提出期限は明日。
 指定枚数が少ない事と経営学と繋がっているテーマなことが救いだった。
 ティームは焦りを逃すように大きくため息をついて、部屋の主が二年前に書いたレポートとラップトップの画面を交互に睨みつける。
「せめてページ順にして持ってこいよな」
 背後から聞こえてきたウィンのぼやきと紙を揃える音に重ねるようにキーボードをカチャカチャと打ちはじめた。
 
 
 
 ティームに余裕がないのは二つのレポートの提出期限が重なったからだった。次から次に課題を出される事は経済学部一年生の通過儀礼ではあったが、部活にかける時間や体力を削るわけにもいかないティームにとって両立が難しいスケジュールだった。
 そんなティームのピンチを常に側にいるウィンが気づかないわけがなく、こうして付きっきりでサポートしてもらっていた。
 ウィンはウィンで多忙な事はティームも充分に分かっている。いつもはラップトップごと差し出してそのままチェックしてもらっていたが次のレポートの打ち込みがあるから出来ず、印刷して赤ペンチェックを入れて貰わないといけない事も分かる。その為にはコンドミニアムの一階にあるプリントサービスの店でデータをプリントアウトする事も、そこにティームが行っている間にウィンが自分の過去のレポートを引っ張り出して用意してくれた事も、分かっている。
 更にラップトップの横に最近ティームがはまっているジャスミン茶のペットボトルがストローを挿した状態で置かれている事も、それで胸の奥がぽわっと暖かくなった事も、ティームは忘れているわけではなかった。だからこそ甘えて、少しの苛つきで当たってしまう。
 ごめん、先輩。ありがとう。後でゆっくりお礼するから。
 ティームは殊勝なことは全部心の中だけで呟いて、実際の口からは低い唸り声でウィンへの八つ当たりの悪態を呟き続けていた。
 勿論ウィンにとってはティームの余裕の無さからの八つ当たりは、飼い猫に尻尾でタシタシされるレベルである。
 三色ボールペンをくるりと回してからペン先をティームの文面に添わせ、高くて掠れている声がティームの文章を静かに読み上げた。黙読よりも声に出した方が頭に入ってくるというのがウィンの持論である。論文のチェックだけでなく英語の家庭教師をしている時も流暢に問題文を読み上げるから、ティームは隣でたまにこっそりと聴き惚れていた。
 今も背中に響く心地良い声色と的を得た指摘にウッとなりながら、レポートに添付するグラフに必要な数値を手早く入力する。
「『タイは、インド、ベトナム、フィリピンなどのように中国との間で領土問題を抱えていないこともあり、インフラ整備への参入に柔軟な姿勢を示している。』はぁ、領土問題入れてきたのか。今回はよく書けてるな」
「だろ? ちょうど近代史でその辺のことやったから入れちゃった」
「じょーでき」
 ティームはウィンの声に鼻でふふんと得意げに笑った。ウィンもティームの着眼点の良さに機嫌良くページを捲る。
 ウィンに褒められた。これならAも取れるかもしれない。
 少し気分が高揚し、ウィンが用意してくれたストローに口をつけて花の香りが鼻を満たすまでジャスミン茶を啜った。
「『ウィンの長い指がティームの柔肌を楽しむように腰のラインに触れる。』」
「ぶ――――っっっ!」
 お茶はティームの喉には通らず目の前のラップトップを避けて立てかけてあるコルクボードめがけて噴き出された。ウィンの何かしらのメモやお気に入りのポストカードにかかりまくったが今は気にしていられない。
「『ティームはまだ終わりそうにない行為の予感にふるりと震え、か細い声で弱々しく言った。もう無理、これ以上は部活に出れなくなっちゃう』……なんだこれ」
「それはこっちのセリフだ! なっ、なに、え? 何、言ってんの」
 ぽたぽたと唇から伝うジャスミン茶を手の甲で乱暴に拭って、ティームがウィンに向かって突進した。胸ぐらを掴んで前後に大きく揺さぶろうとした動きを読まれて、逆に首に腕をかけられぎゅうとクリンチされる。
「落ち着けってティーム。俺じゃない。ページ捲って出てきた文章を読んだだけだ」
 顔を首筋に押し付けられ高い体温と嗅ぎ慣れたウィンの匂いに余計頭を混乱させて、それでもティームはなんとか首を回してウィンの手元の紙を覗き込んだ。ところどころに台詞のような文章が入っていて、混乱中のティームにもそれが小説だと分かった。
「あーこれ、俺とお前の創作小説じゃないか?」
「なんで先輩とおれ?」
 何の自慢にもならないがティームはウィンとの関係を公表しておらず、ディーンとパームのそれぞれの親友や部活の先輩後輩としてうまく誤魔化せていると思っている。この大学の学内サイトにこうした創作小説を好むページがある事も知っている。自分とパームのも少しはあるとマナウから聞いて二人揃って首を高速で横に振ったこともあった。
 それ以上に解せん、とティームは深々と眉間に皺を寄せた。
「まぁあいつらの周りに男が二人いたらくっつけたくなる人間もいるんじゃないのか? それよりなんでお前のレポートに混じってるんだよ」
「そんなの、おれが知りたいよ」
 恐らくこれはティームの前に複合機を使用した人物の忘れ物だろう。コンドミニアムには同じ大学の学生も多く住んでいる。自分とウィンが登校も下校も一緒なところを見て『ハッシュタグWinTeam』でも作ったのか。
 くそ、誰だ。
 それもそれも、あろうことか、いかがわしいことをしている小説じゃないか。
 ティームはチラ見えする文章を追って顔を熱くしていると、ウィンの腕が抱き込むように深くなった。何だよと思っているうちに手に持っていたペンで紙に何かを書き込む。
『こういう時のティームは部活を気にする余裕はない』
「おぉおい! 先輩!」
 ひしゃげたタイ文字を見てティームは思わずウィンの腕の中から抜け出そうともがいた。ウィンがケタケタと声を上げて笑う。持っていたペンでティームの制服を汚さないように遠ざけて、首に回した方の手で黒髪をくしゃくしゃに混ぜ込んだ。
「なんだよ、本当のことだろ」
「ふざけんな」
「か細い声で弱々しく言われたこともないし」
「うわあああ、もうやめろ」
 いつも通りの指の動きに小説の中の『長い指』を連想してしまい、更に暴れてウィンの腕から抜け出した。安全な距離であるラップトップの前の椅子に戻ると頭皮に残る感触を不埒な連想ごと首を振って振り落とす。
「その紙を捨ててさっさとチェックに戻れ」
「誰かの忘れ物だろ。俺が店に戻してく、」
「先輩ハウス! 寧ろダストへゴー!」
「はいはい。当事者が返しにきたら持ち主も流石に気まずいか。添削もしちゃったしな。諦めてもう一回プリントアウトしてもらおう」
 ティームにのし掛かられベッドに沈んでいたウィンが楽しそうに笑いながら身体を起こしてゴミ箱の前で紙をちまちまと破いた。
 レポートの続き、何をしていたのか思い出すとこから始めないと。えっと、どこまでやってたっけ。
「さっきの小説結構面白い事してたよな」
「うるさい」
「お前も見たんだろ。なぁ、実際にやってみるか?」
 後ろでウィンがベッドに凭れる音がしてまたレポートの読み上げに戻ると思いきや、ニヤけを含んだ声がまた厄介なことを言い始める。
 ティームは先程チラッと見えた文章の中で自分達がしていた『面白い事』が脳内にばっと広がって、代わりにレポートの着地点にしようとしていた文章が見事に霧散していった。
「やらない! 早くチェックして」
 ちくしょうあの話を書いたやつ、どうしてくれるんだ。一番見つかってはいけない人物に見つかった。こうなった時のウィンのしつこさを教えてやりたい。
「ふぅん。レポートの同時提出のお礼、楽しみにしてる」
「そんなのっ、うくっそ」
 いつも以上の好待遇で助けてもらっている以上、無いと言い切れず、自分でもお礼は後でと思っていたところで。
 ティームは己の恋人が読心術でも持ってるのかと相変わらずの厄介さに奥歯をギリギリと噛み締めた。
 
 
 
 おかげで二本目のレポートを書き上げてみたらボロボロだった。ウィンのチェック無しではレポートの形を保てなかった。
 なんとか二本とも教務課に受理してもらい、部屋へ戻る。
 こういう時に限って何も言わず笑っているだけのウィンを肩にのっしりと懐かせたまま、ティームは忘れてないよ! と大声で言いネクタイをしゅるりと解いてウィンに押し付けた。