執政との話を終えると、トルガはここ数日滞在することになる客室へ戻った。暖炉には火が入っているが、眺めのいい部屋は凍えるほどに寒い。
外のメイドに声をかけた。
「体が温まるものを頼む」
メイドが何かいい、従者がその言葉をトルガに伝える。直接声をかければいいだろうと思うが、ジョアンの差し向けた従者だからそんな融通は効かないだろう。
「お酒を召し上がりますか?」
「酒はいい」
このあと、晩餐に招かれるだろう。酔ったときの正気の度合いには自身があるものの判断が鈍る要素は一つでも減らしたかった。
ひとまずディルストーンとの会合は終わった。しかし、相手と自分の立場を考えれば、二人の間に交わされる会話の全てが政治的な駆け引きになりうる。
しばらくすると、メイドは部屋に戻ってきた。彼女は入室したあと、盆の上のものをテーブルに置き、声を立てず影のように立ち去るつもりだったのだろう。
そのような教育を受けていたはずだ。
ドアの前でトルガは彼女を待ち受けた。思ったよりも近い位置で客人と出会したメイドは驚いたように肩を震わせた。お盆が傾き、マグが傾いて中身が揺れる。
「っと、危ない」
とろみのある液体は済んでのところで溢れずに澄んだ。ゆらめく水面からは、白く湯気が立ち上っている。甘い砂糖とバター、それに寒い地方で飲まれるお茶の香りがした。
メイドがそれ以上よろめかぬように、開いた方の手で腰を抱き寄せ、扉にそっと押し付ける。逃げ道がなくなった彼女の吐息が胸板のあたりをくすぐった。こぼしたら叱られるのは彼女で、マグを安全なところに置いてもらうまでは我慢してもらうしかない。
手にとったあと、飲み口を彼女の方に差し出した。
「飲む?」
それは毒の混入を警戒して無関係な人間に試させようとしただけだったのだが、頬を赤らめ恥じらったように顔を背ける動きは予想外であり、見覚えがあるものだった。
初心な反応は、長らく張り詰めていたトルガの心を慰めた。
同時に公務中は抑えるべきいたずら心も呼び起こした。
微笑みかけ、顔を覗き込む。
「飲まないの?」
どちらにしろ、毒味はしてもらわなくてはならない。その最中に少し楽しんだところで、悪いことはないだろう。
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