メガネのフリンズさんを観察する話


「メ、メガネかけてる?!」
 
 夜明かしの墓へ到着し、勝手知ったる地下室へトントンと降りていくと、フリンズが机に向かい苦手な報告書を作成しているという珍しい光景が見えた。せっかくなので彼が手を止めるまでは静かにしていよう、と思ったら矢先にソレを見つけてしまったのだ。そして思わず冒頭の大きな声を出してしまい、直前に決めた作戦は失敗に終わった。
 
「なん、え、メガネ?」
「おや、こんにちは。はい、……何か変でしょうか?」
 報告書作成に集中していたフリンズは手を止めて、私に向き直ってくれた。ほんと邪魔してごめん、なんだけど、我慢できなかった。美人さんが掛ける眼鏡姿の破壊力すごい。
「こんにちは、邪魔してごめんね。まっったく変じゃないよ。とても似合ってる」
「ふふっ、お褒めいただきありがとうございます」
 私のせいで眉を下げた困り顔をさせてしまっていたが、笑顔のフリンズに戻ってくれた。良かった、と胸を撫でおろす。
 
「明日はイルーガが報告書を取りに来てくれる予定なので、今のうちに少しでも作成しておこうかと。眼鏡については、先日骨董品店で手に入れた品で、こう報告書のやる気を出すため……ですかね」
「そうだったのかぁ……じゃなかった、やる気を出してもらってたところに水差してしまって、本当にごめんね」
「いえ、元々貴女が来るまではと思っていたので、問題ないですよ」
 そう言われても、うーん……やはり気になってしまう私である。
 
「ふむ。そんなに気になさるのであれば、今書きかけの報告書だけ終わらせてしまいますね。少しだけお待ちいただけますか?」
「うん!大人しくしてるね」
「はい。――いえ、貴女はこちらへ」
 そう言ってフリンズは、ニッコリ笑いながら自分の膝を叩く。
「いや、それは邪魔になるのでは?」
「そんなことありません。あり得ません。僕の報告書作成のやる気が増えます」
「増えるのかぁ」
 そうまで言われたら、と私がおずおず近づくと、さっと彼の膝の上に横向きで乗せられてしまう。
 
 満足気に口角をあげつつ、また報告書に向かうフリンズ。この近距離で彼の眼鏡姿を観察できるのは役得すぎる。せっかくなのでよく観察することにした。
 黒い眼鏡かと思っていたのだが、眼鏡のふち部分は部屋の照明が当たる角度によって色が変わるようだ。貝殻の素材、とかだったような?彼が少し動くたびに深い青や紫と見え方が変わる。とても綺麗。
 
――そんなに見つめられると、穴が空いてしまいそうですね」
 報告書の方に顔を向けつつも、フリンズが私に目線だけ送ってくる。
「とっても綺麗だから、これはずっと見てても飽きないね」
「そんなに気に入って頂けるとは、手に入れた甲斐があります」
 眼鏡が綺麗なのも勿論だけど、そうじゃないのよ。フリンズが掛けているから、という付加価値が大きいと思うけどね。――そんなことを考えていると、ふと何かに気がつく。あれ?なんか、これは。
 気になって思わず身を乗り出してしまい体勢を崩し掛けた私を、「おっと、」とフリンズが背中に手を回して支えてくれた。
 
「どうかしましたか?」
「フリンズ、目を閉じて」
「え?――はい」
 素直に目を閉じてくれたのを確認して、眼鏡に手を伸ばすと、あるはずのレンズには指が当たらず、彼の睫毛に触れる。
 
「あぁ気付きましたか、実はレンズが入ってないんですよ」
「おもちゃじゃん!」
「ははっ、そうとも言えますね」
 目を閉じたままの彼は、少し大袈裟に笑った。そのままフリンズの長い睫毛をさわさわ触れていると「くすぐったいですよ、」と怒られ、手を取られてしまった。
 
「さて、丁度きりの良いところまで書き終えましたので、これで終わりにします。残りはまたあとで考えます」
「それは……イルーガに怒られるんじゃない?」
「その可能性もありますが、瑣末なことです。今は貴女との時間の方が大切なので」
 真っ直ぐにこちらを見ながら歯の浮く台詞をサラッという彼に、私の顔が紅潮するのを自覚する。そんな私の反応をフリンズは楽しんでいるようである。
 囚われたままだった手の指の間には、彼の指が差し込まれ、深く絡ませてくる。
 
「さぁ、これから何をしましょうか」
「うーん……なんでもいいけど、今日はその眼鏡は外さないでね」
「おやおや、そんなに気に入りましたか」
「うん。たまには、ね?」
 そう言って私は、微笑む彼の頬に口付ける。額に眼鏡のふちが当たり、二人で目を合わせて笑った。
 
 
 
『トッピングをここに一つ、』