リオセスリさんと異国で出会う話

※2025年誕生日メール

「こ、公爵?!」
「あぁ奇遇だな、お嬢さん」
 ふと顔を上げたところ、挨拶代わりに片手を挙げて近寄ってくる人影が目に入った。それはまさかの人物だった。
 
 フォンテーヌで工房助手をしている私が、直近の依頼のために訪れていたナド・クライ。こんな遠い土地でリオセスリさんと出会うとは、本当にびっくりした。
「水の上でお嬢さんに会うことすら最近無かったが、まさか異国の地で出会うとはな。仕事の依頼関連か?」
「はい、そうなのです。依頼内容で虹結晶が必要と分かり、現物を見て考えようかと思いまして」
「なるほどな、仕事熱心にも程がある。けど、お嬢さんらしい」
 隣に立ったリオセスリさんは、私の手元にある鉱石を見ながら、私の頭をポンポンと優しく撫でた。ちょっとくすぐったい。
「実物を見るのは初めてだな。俺も何か作れるか考えてみるか」
「公爵、――リオセスリさんなら新素材でも関係なく、何でも作れそうですね」
「ハハっ、本職のお嬢さんほどではないさ」
 素材とお互いの顔を交互に見て、二人で目を合わせて笑った。
 
「リオセスリさんもお仕事ですよね?」
「あぁ、ちょっとした仕事と用事があってな。それ以外にも気になる場所を見つけたんで、空き時間を見つけてはナド・クライを楽しんでるよ」
「ふふっ、それは良かったですね」
 ニッと口角を上げた不適な笑みをこぼすリオセスリさんを見て、つられた私も口元に手を当てながら笑ってしまう。
「せっかく会えたところだが、これから仕事の待ち合わせがあってな。夕方には終わるんだが……お嬢さんの時間が合えばどこかで食事でもどうだ?」
「はい、ぜひ!」
 願ってもない申し出に、間髪入れずに返事をした。
 
 
 ***
 
 
 夕刻、フラグシップで待ち合わせて少し早めの夕飯を取ることにした。このお店の「ベリーとお肉のソテー」は絶品でとても気に入っている。今日はリオセスリさんもいるので、少し奮発して「ベリーの小径」という可愛いドリンクも注文した。
 リオセスリさんの前には「辺境の地」という2色のグラデーションが綺麗なカクテルが置かれている。お肉のソテーを取り分けながら、ふと思い出したことを口にする。
「そういえば、このお店に紅茶があるかまでは、確認してませんでした
「ふむ、異国でアフタヌーンティーを嗜むのは難しいからな。問題ない、水の下に戻るまでは我慢するさ」
「やはりそうですよね。よし、時間がある時に紅茶屋さんを探してみようかと思います」
「そいつは良いねぇ。お土産にも良さそうだ」
 お土産相手にはシグウィン看護師長の顔が浮かんだ。彼女にも最近会えていないが、元気にしてるだろうか。フォンテーヌに戻ったら挨拶に行こう、と心に決めた。
 
 そこからは美味しい料理とドリンクに舌鼓を打ちつつ、お互いの近況を報告したり、ナド・クライで見つけた新素材の話などを楽しんだ。話を聞く限り、リオセスリさんは相変わらず忙しそうである。
 
――おっと、もうこんな時間か。そろそろ出るか。遅くなりすぎるとお嬢さんが心配だからな、宿まで送るよ」
 彼が手元のグラスを回すと、カランっと氷の音が響く。
「えと、大丈夫ですよ。すぐ近くなので」
「俺が送りたいんだ。断ってくれるなよ?」
 グラスを見ていたはずの彼は、目線だけをこちらに寄越した。彼にこんなことを言われて断れる訳がなかった。
 
 いそいそと店を出る準備をしていると、リオセスリさんがデミアンさんに声をかけて立ち上がっていた。あっ、と思った時には遅かった。
「は、半分出しますので!」
「ハハッ、ここは俺に出させてくれ。楽しい夜の御礼にな。……もし気になるようであれば、フォンテーヌに戻った時にでも、今度はお嬢さんが奢ってくれればいい」
 そこまで言われてしまうと、追加で何か言えるほど私は強くなかった。――よし、今度気合い入れてホテルドゥボールの数量限定ケーキを手に入れるぞ……と心に決めた。
 
 連れ立ってお店を出てから、宿までの短い距離を二人並んで歩く。
「改めて、ご馳走様でした。楽しい時間をありがとうございました」
「こちらこそ、楽しい時間だった」
「ナド・クライには、あとどのぐらい滞在されるのですか?」
「実は、俺は明日にはフォンテーヌに戻る予定なんだ。お嬢さんの方は?」
「私はもう数日の予定ですね。この機会に新素材を色々試してみたくて」
「そうか、仕事熱心でお嬢さんらしいな」
 リオセスリさんは斜め下にいる私を見ながら、また頭をポンポン撫でた。くすぐったいが優しさを感じる。そうしてる間に、目的地へ到着してしまった。
 
「ではまた、次はフォンテーヌの水の上で会おう」
「あ、えっと、……少し待ってください」
「構わないが、どうした?」
 自分の鞄の中を探り、目的の品を急いで取り出した。
「あの、もうすぐリオセスリさんの誕生日でしたよね? プレゼントさせてください、こちらをどうぞ!」
「ほぉ……これは――
 リオセスリさんに差し出したのは、昼間手に入れた虹結晶で作った造花である。ナド・クライの花屋で見かけた白鉄合金の花をヒントに、私も作ってみたのだ。
「新素材の試作品で申し訳ないのですが……
「そうか、忘れていたが俺の誕生日か。すごいな、これは良い」
「はい、お渡しできて良かったです!」
 リオセスリさんの手に渡った虹色の造花は、月明かりに照らされてキラキラと輝いた。気に入ってもらえたようで何より。
 
 不意に伸びてきたリオセスリの手が、いつもの頭の上ではなく、私の頬を撫でて後頭部へ向かう。少し屈んだ彼は、私の頭を引き寄せて、額にキスを落とした。
 
――なっ?!」
「ハッ、いい反応だな。プレゼント気に入ったよ、ありがとな」
 スッと離れたリオセスリさんは、おでこを押さえて顔を真っ赤にしている私を楽しむように笑っている。私の方は頭真っ白である。
「ではまたな。良い夢を」
「あ……はい、また……
 先ほどの衝撃がまだ受け止められず、声が震える私を置いて、リオセスリさんはナド・クライの夜に消えていった。それから私は宿の自室へ戻り、着の身着のままベッドに倒れ込んだ。
 
 
 ***
 
 
 ――後日、公爵不在の執務室を訪れたシグウィンは、机の上に見慣れない造花が飾られているのを見つけた。
「あら? 誰かからの贈り物かしら。うふふ、きっと公爵がとっても気に入ったのねっ」
 ツンっと指で突くと、花弁が揺れてキラキラと輝いた。
 
 
 
『旅先での記念、ということで』